96『護衛の夜』
次にアンナリーナは、近くに作業台と携帯用魔導コンロを出し、鍋を乗せた。
「今日は着くのが遅れたので、あり合わせになってすみません」
実は今回の依頼では、アンナリーナの方からの提案として、すべての食事の準備を賄うとしていた。
食費はとりあえずの一時金としていただいている。
出来上がりの熱々の状態でインベントリにしまわれていたビーフシチューはコンロの上でふつふつと煮立っている。その横でパンを温めた。
あらかじめ作ってあったポテトサラダを出してテーブルに並べる。
テオドールがスプーンとフォークを渡して皆は席に着いた。
「御者さん、寒かったでしょう?
今、温めたぶどう酒を出すね」
そう言って薬缶からぶどう酒を注いだカップを渡すとダージェとテオドールが恨みがましい目で見てくる。
「ダージェさんはどうぞ。
熊さんは、今はちょっと辛抱してよ。
いくらセトやイジを出すって言ってもね」
「セト? イジ?」
不思議そうなダージェに、アンナリーナは襟元をくつろげてトカゲを見せる。
「私の従魔です。
イジは後で出しますね」
今、アンナリーナたちの周りには堅固な結界が張ってある。
そして夜番としてセトとイジを配置すれば、その気配だけで普通の魔獣は近づいてこないだろう。
盗賊の場合は……言わずもがな、である。
「リーナさんこれ、この料理!」
「これが便乗馬車を避けたい理由のひとつです。
普通じゃない事は理解してるんで」
アンナリーナはテヘヘと笑う。
「さあ、冷めないうちに召し上がって下さい。パンはお代わりありますからね」
事前に耐寒魔法をかけていたテオドールと違って、心底冷えていた御者が喜びの声を上げてぶどう酒を手にする。
「おお、このシチューにぶどう酒は良く合いますな」
真冬の寒い時期の移動だ。
身体が冷えるのを見越して、専用の薬缶を用意するほどぶどう酒は仕入れてきた。
ワインと違ってアルコール度の低いぶどう酒は、この世界では幼児ではない子供も飲むことが許されている酒だった。
温かい酒と温かい料理を食べて、身体が温まった御者が舟を漕ぎだした。
「御者さん、御者さん。
寝床は用意出来てるから、こっちで寝よ?」
テオドールが肩を貸してテントに向かう。
少し腰を屈めて入った中は、小さな魔導ストーブで温められている。
中には寝袋と毛布が用意されていた。
「御者さん、こちらで休んで下さい」
テオドールが寝袋に入るのを手伝い、横になった御者に毛布をかける。
すぐに彼はいびきをかきはじめた。
「私、この後やる事があるので。
シチューのお代わりとか、もういいですか?」
テーブルの、自分の分と御者の分の食器を下げて、自分たちのテントに向かう。
扉を抜けてツリーハウスに入ると、防寒の準備を調えたイジが待っていた。
「寒いなか無理させるけどごめんね。
セトも」
「問題ありません、ご主人様」
グレーオーガのイジと、3m強に巨大化したセトを見て、ダージェは今度こそ言葉を失った。
「これが、便乗を避けたい2つ目の理由です。
彼らは私の従魔で、今夜から夜番は彼らが行います。
……今夜ははじめてなので、熊さんよろしくね」
アンナリーナ の、護衛依頼はじめての夜だった。




