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84『冷酷な薬師』

 今回のお話には個別の病気、症状、状況などに過度な表現、そしてそれに関しての批判などが出てきますが、これはすべて小説上のフィクションです。

 気分が悪くなると思われた方はブラウザバックをお勧めします。

 この件についての批判はお受けしませんのでよろしくお願いします。




「公爵様、大丈夫ですか?」


 衝撃のあまり固まっていた公爵に、アンナリーナがハーブ茶を差し出す。

 これは鎮静の効果のある茶である。


「や、薬師殿、それは一体……」


 たじろぐ公爵の後ろで、従者の方が気色ばんでいる。

 その、だだ漏れの殺気にアラーニェが反応した。


「アラーニェ、お止め」


「申し訳ございません、リーナ様」


 アンナリーナは吐息を一つ吐いて、公爵に向き直った。


「公爵様、私はツベルクローシスが感染していないか、あの時、あのホールにいた全員を【解析】にかけました。

 その時、お嬢様のお身体の状態がわかったのです」


 半分嘘で半分本当である。

 彼の娘であるサリアに関しては、悪意を持って【解析】した。


「少し説明が長くなりますが、よろしいですか?」


 公爵は頷いた。


「まず、女性の身体についてご説明します。

 ……女性は子供を産むために、毎月卵を排卵しています。

 この卵が受精して胎児となるわけなのですが、実はこの卵の核となるものはこの胎児の頃に、すでに作られているのです。

 女性であれば誰もが有する卵。

 これの核が一生分、卵巣という臓器にあるはずなんです」


 ここでアンナリーナは一度話を切り、茶を飲んで口内を湿らせた。


「サリア様にはそれがなかった。

 卵巣は空っぽで老化が進んでいました。

 原因はわかりません」


「そんな! どうにかならないのか!」


 アンナリーナはゆっくりとかぶりを振る。

 公爵はテーブルに手をついて項垂れていた。


「リリス様がご丁寧に説明して下さいました。

 サリア様は卒業後、国王陛下の側室になられるという事を。

 でもこの場合、かなり問題がありますよね?」


 公爵が顔を上げ、何か恐ろしいものを見るようにアンナリーナを見た。


「子供を産めない側室など無用の長物。失礼……。

 しかしこの時期から入内が決まっているということは、これは政治的な縁組なのでは?

 私は、この国の貴族に明るくありませんのでよくわかりませんが、政敵?ほかの公爵家のお嬢様も入内なさるのではありませんか?」


「どうしてそれを……」


 先ほどまで、嬉々として食事をしていた公爵の面差しは、今はもうない。

 わずかな間に憔悴しきった男がここにいる。


「お嬢様の【解析】念のため、ほかの方にもう一度視ていただいて下さい。

 ユングクヴィスト様も同じ結論を出されていますから……翻りはしないと思いますが」


 一切の感情を挟まない、見かけは少女なアンナリーナの冷静さに、いや冷酷さに従者の男は息を呑む。

 どのような生き方を……生い立ちをすればこうなるのか?

 それとも特別な【薬師】とはこういうものなのか。

 彼女の言葉一つで、公爵家の姫君のこれからが決まる。


「公爵様、どちらになさいます?

 公爵としてのお立場か、父君としての情か」


 従者は呼吸することも忘れて、ひたすら祈る。どうかお嬢様をお見捨てになりませんようにと。


「私は父としてよりも、立場の方を重んじよう」


 従者の願いは潰え、落胆する。


「公爵様、入内が決まっているのはサリア様ですか?

 それともエレアント公爵令嬢なのでしょうか?」


「薬師殿? それは……」


「サリア様ならしょうがないですけど、もし入内が公爵令嬢に発令されたものなら、すげ替えがききますよね」


 公爵は目から鱗が落ちた気がした。


「それは……」


「もしおられれば妹君とか?

 例えば姪や、妾腹のお嬢様とか?

 あと3年もあればお妃教育も間に合うのではないですか?」


 アンナリーナの話を聞いていて、目の前の視界が晴れていくような気がした公爵は従者に素早く目配せした。

 その意味を正確に理解した従者は早速部屋から出ていく。


「薬師殿、ご助言感謝する。

 これからもよろしくお願い申す」


「こちらこそ」


 二人とも口には出さなかったが、今回のツベルクローシスをサリアの取り巻きであるリリスが発症した段階で、恐らく入内はアウトである。

 サリアの命運はここで途切れ、公爵家は新たな娘を入内させることになった。


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