76『領都から王都へ』
そんな状態でも、体調不良は3日もすれば改善する。
アンナリーナは何も言わないし、テオドールの方も、何も聞かない。
だが、テオドールの過剰ではない気の遣い方はアンナリーナの胸を打つものがあって、大人の男の包容力についつい甘えてしまう。
「もっと、もっと甘えればいいのに」
熊男が、普段ではあり得ないくらい目尻を下げ、世話を焼く。
さらに、アンナリーナが泣き続けていた時と同じように、一緒に風呂に入ってくるテオドールに困惑してしまう。
それは、そんな浴室での事だった。
いきなりテオドールが髭を剃り始め、アンナリーナにとって初めて素顔を現した時、それは始まった。
向かい合ってバスタブで浸かっていると、突然身体を持ち上げられ胡座をかいている太腿の上に乗せられる。
びっくりして見上げるアンナリーナの顎を指で持ち上げ、唇が重なった。
……それは触れるだけのキスだった。
何度も何度も、優しいタッチで触れてくる、そしてペロリと舐められて、唇は離れていった。
「弱みにつけ込むつもりはないんだ。
嫌なら言って欲しい。
……だが、もし今拒否されても俺は諦めないがな」
「熊さん」
アンナリーナの精神の、アラフォーの部分がもう恋愛はこりごりだと言っており、だが14才の年相応の部分は甘えたいと言っている。
結局、14才のアンナリーナが勝ち、また涙を流した彼女はテオドールに抱きついた。
そうして辛い想いを吐き出そうとする。
前世と合わせて初めての失恋は、彼女の心を深く傷つけていた。
テオドールに甘やかされているうちに、時は駆けるように過ぎて行き、そろそろ王都に向かう期日を迎える。
アンナリーナの能力をなんとなく知っているクラン側は何も言わないし、領都の出入りを綿密に記録しているわけでもない門の兵士たちはとっくに出発したと思っていた。
「熊さんの部屋とは自由に行き来出来るようにするから。
寮の部屋は中々豪華なようだよ?」
「まあ、おまえの事だから心配はしていないが、でもやっぱり俺もついて行った方がいいんじゃないか?」
「どうせ寮内には入れないんだもの。
あっちで変に姿を見られない方がいいよ」
旅装であるいつものチュニックとレギンス。そしてブーツ。
そこにローブを羽織り、アンナリーナはにっこりと笑った。
「夜にはまた、テントと繋ぐから心配しないで。では、行ってきます」
前回、受験の為に訪れた時に設置した、王都近くの森の中の転移点。
その場に立ったアンナリーナは、ハンネケイナとはまた違った空気に深呼吸する。
「たったひと月とちょっとなのに、ずいぶん寒くなったのね」
「こちらは北の山から吹き下ろす風で、冬の寒さが厳しいのです」
ナビが応えてくれる。
「雪も降るのかしら?」
「はい、積もることもあるようですよ?」
「それは楽しみだね」
王都の防壁を守る兵士はアンナリーナの事を覚えていた。
「おや、嬢ちゃんこんにちは。
とうとう入学かい?」
「はい、これから5年間お世話になります」
そしてクッキーの入った箱を押しつける。これは簡単な手土産として用意しておいたものだ。
次はギルドに向かい、ここではギルドマスターに挨拶する。
ここではギルド員には先ほどのクッキーを、マスターには【異世界買物】で購入した高級ブランデー詰め合わせセットを渡す。
現金なもので、彼は途端に愛想が良くなった。
そしてようやく、アンナリーナは学院の門をくぐったのだ。




