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第四話 出会い

出会い


 そこには女性の字で「東の庭園で待つ」という内容が書いてあった。だがこれは――ニゴン語ではないか。



「なぜ、って顔をしているわね?」


 クスリと笑いながら、その白く綺麗な人差し指と中指を立て軽く左右に振る。


「判断材料は2つ。私はこの学校へ入学した生徒の情報は色々集めているの。学校生活で役立つからってのもあるけど、人探しが主な目的。そう貴方みたいな人をね」


 そう言いながら彼女は、どこからか取り出した【扇子】で私を指しながら話を続けた。


「今年の入学生の情報も色々手に入れたわ。変わった行動を取る生徒は何人かいたけれど、その中で目に留まったのは「毎日入浴する」という変わった習慣を持つ貴方よ。この国では毎日入浴をする習慣はないものね。これが1つ。とはいえ、そういう人が居ない訳でもない。だからもう少し貴方の情報を集めてみたの。そしたら――」


 と、何やらその端整な顔をクシャリと歪ませ、笑みを堪える。思い出し笑いでもしそうなのか。私のことを触れようとしてのこの反応。良い予感がさっぱりしない。


「貴方が……ぷっ、食堂でぷぷっ…大声で「いただきます」っていちゃった話を聞いたのよ」


 止めてくれその話は。

 ひどい人だ。半年経ってようやく皆が、そして私自身が忘かけていた話を持ち出すなんて本当にひどい。


「アッハハハハハ! いただきます、はいいわよ。きっと誰も意味は分からないでしょうけど。けど、大声ってのが傑作ね。なーんでそんなことしたのよ」


 なんでもなにもない。皆で食事のときは【大きな声で「いただきます」】だとその時とっさに思ったんだから仕方のない話なのだ。

 あれは学校が始まり、初めて新入生が一堂に会し食事をしたときのことだ。彼女の言う通り、私はいきなり大きな声で、しかもニホン語で「いただきます」と言ってしまったのだ。

 その後は大変だった。いきなりの大声に寮監からは睨まれることになるわ、「それは君の家の習慣かい?」なんて一部にはバカにされるわ、真似する奴は出てくるわ、ここ最近ようやく皆忘れ去ったものだと思っていたことだったのだが。


「やっぱり軽い【黒歴史】だった? ごめんね~。でも、おかげで貴方が転生者だと確信が持てたわ」


 笑うだけ笑っておきながら、まったく誠意の見えない謝罪をされた。黒歴史ってなんだよ。

 私の不満に気づいたのだろうか。あら、と小さくつぶやくとその目を大きく見開き、琥珀色の瞳に私の姿を焼き付ける様にマジマジと見つめる。

 私の顔に何かあったのだろうか。私が彼女に問いかけようとしたとき、不意に月に雲がかかり彼女の表情を隠してしまった。当然彼女からも私の顔は見えなくなったのだろう。


「明日、連絡を入れるわ。また会いましょう」


 そう言ってくるりと背を向け言った。


「おやすみなさい、エリック・ピープス」



 女子寮の方へと歩いていく彼女の後姿を見ながら私は考えていた。

 あの人の手紙には時間の指定がなかったのだが、もしや私が食事をしている間ずっと待っていたのだろうか。


 再び顔をのぞかせた月の光が彼女の後姿を照らし出す。


 結局彼女は何がしたかったのだろう。

何やら私に対して一方的な決めつけを行い、やたら芝居くさい態度で自分の考えを開陳した挙句、私の恥ずかしい記憶を穿り出して去って行った。


 赤い髪を揺らしながら、まっすぐと歩いていくその後姿。


 そういえば、彼女は私の名前を知っていたなと気づく。私の情報を集めたと言っていたので当然だろうし、私も彼女の名は知っているのだからおあいこであろう。

 もっとも、私が彼女の名を知っていることと、彼女が私の名を知っていることとは全く理由が違う。彼女は私を意識して認識したのに対して、私は意識せずともその名を知っていたのだから。


 なにせ彼女、アンジェリカ・エクルストンは、この国に20家しかない侯爵家の中の1つレインフォード家の令嬢なのだから。3つの王族系公爵家、8つの公爵家、それに次ぐ侯爵家の人間ともなればその名を耳にすることになるのは当然だ。

 爵位でいえば、4年生にステイナーウッド公爵家のご令嬢もいるのだが、こちらは体があまり強くないとのことで活動が活発ではなく、下級生のわれわれの耳にはいまいち話が伝わってこない。対してエクルストン嬢は大変活発な方で、1つ下の学年であるわれわれにもよく知られている。


 彼女の姿が建物に隠れ見えなくなると、私もその場から元来た道へと歩き出した。


 さてどうしたものだろうかと私は考えながら歩いていた。彼女の話は訳の分からないことが大半だったが、どうやら目を付けられたのは間違いなかった。本人が言っていたとおり、明日また接触をしてくるのだろう。

 会って、そしてまた妙な話をしかけてくるのだろうか。まあそれで忌避するほどのものでもない。それよりも、侯爵家の人間と交友を持てるというのは悪い話ではない。この学校で、私たちが求められることの1つに他の貴族との人脈作りというものがある。その点で言えば、侯爵家との繋がりは最上の結果と言えよう。


 この時点で私は彼女が接触してくればまた会おうという気になっていた。

 ただ、なにか、そう直感と言っていいだろうか。心の片隅に引っかかるものがあった。良い感触ではないが、明確なものでもない。


 私は別に勘が良い訳ではない。ならばそれに惑わされ、せっかくの機会を潰すこともないだろう。そう自分に言い聞かせ、足早に寄宿舎への道を急いだ。




 余談。

 寄宿舎では女性寮へと突撃したトムが寮監のマクレラン先生から説教を喰らっていた。しばらく自由時間の外出禁止とトイレ掃除くらいはさせられるな。バカなやつ、と他人のふりをして通り過ぎようとしたところで、なぜか私にとばっちりが来た。

 マクレラン曰く「友を見捨てるなど貴族にあるまじき行い」とのことだ。どうすれば良かったというのだろうか。

 結局私も3日間の外出禁止と寮内奉仕を命じられ、彼女からの呼び出しは延期となったしまった。


2話3話の半分程度の文量ですが、区切りのよいところで。

次話も書きあがり次第投稿予定。

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