王子1
庶民の生活は自由で刺激に満ち溢れている。フットワークが軽い。特に親しくなった三人。
弁護士のトムは苦学生だった。
「弱い人を守るために法曹界に入ったんだ。俺の家は母子家庭でな。父親が浮気性の博打好きで最悪だった。子供の頃に蒸発してそれっきりだ。母は何も言わないが恐らく新しい女を連れて出奔したんだろう。養育費もない状態で母は酷く苦労して俺を育ててくれた。俺が弁護士を目指したのは母に親孝行したかったのもあるが、俺のような存在を減らしたいと思ったからだ。養育費も慰謝料も踏み倒して逃げる夫や父親が世間には多すぎる!それもこれも法律の穴があるせいだ!」
スーツ姿が板についているトムだが、幼少の頃からお金に苦労していたらしく、金勘定にはシビアだった。
最近では労働組合の拡大を目指しているようだ。
画家のジンはトムとは正反対のタイプで、楽観的だ。
「トムは真面目過ぎ。子供なんて親が居なくたって生きられるよ。まあ、『金さえあれば』というのが前提だけどね」
そう言ってはトムを怒らす。
ジンは比較的裕福な家庭で育ったようで、粗野に見えてちょっとした立ち居振る舞いが上品だった。自分の事を多く語らない処もミステリアスで女性にモテていた。もっとも彼の場合、妖艶な美貌と退廃的な雰囲気が恐ろしく魅力的だったので女性だけでなく男性からもいい寄られていた。
「家には帰らなくて大丈夫なのかい?」
気になって聞いた事がある。
何だかんだ言って家族だ。ジンの家族も心配しているんじゃないか、と思ったからだ。
「え~~~。もう何年も帰ってないよ。あっちじゃあ、僕が野垂れ死にしたとでも思ってんじゃないかな?」
「連絡してないのか?」
「家出同然で出てきたから……う~~~ん。かれこれ七年経つのか」
「そんなに連絡していないのか!?親が心配してるだろう?」
「それなら大丈夫!兄弟も多いし、父親も新しい奥さんとラブラブだから僕の事なんて気にも留めてないよ!」
「兄弟が探しているんじゃないのか?」
「あはははは!エドは面白い子だね!同母兄弟なら心配するかもしれないけど、皆、腹違いの兄弟達だ。心配なんてする訳ないよ!逆に財産を受け継ぐ人間が一人減ってラッキーとでも思ってんじゃない?」
ゲラゲラと嗤うジンに絶句してしまう。家庭環境は思っていた以上に酷いものだった。彼が好んで描く「聖母子」は全て慈愛に満ち溢れている。今、ニヤニヤと嫌な嗤い顔をするジンが描いたとは到底思えない優しい画だ。彼の願望が描く絵なのかもしれない。
「僕はね、トムみたいに熱くなれないんだよね」
どこか斜めに世間を見ているのも彼の家庭環境が大きく影響しているのかもしれない。
新聞記者のアンは紅一点の女性だ。
職業婦人の彼女は頭の回転が速くしっかり者だ。
二人の男達と違って極々普通の家庭環境に育った女性で、家は医者の家系。兄が一人いて家を継いでいるためアンはのびのびと育てられたらしい。最初は医者の道を志していたらしく、医学の心得があった。寧ろ、そこら辺の医者よりも詳しいかもしれない。これでどうして新聞記者になったのか謎だ。
「昔、色々あってね」
彼女も多くを語らない。
ただ彼女には「女友達」がいなかった。もしかしたら、そこら辺が理由なのかもしれない。




