王子
「アリスの授業をもう少し優しくしてあげて欲しい」
一流の教育係に言う言葉ではないと自分自身で分かっていながら言わねばならない。
本音を言えば、アリスの授業時間を減らして欲しい処だ。
最初の教育係に訴えた事はある。
その時は「私は、王子妃の教育を施すことは出来ても、愛妾教育を受け持ったことがありませんので致しかねます」と返答されてそのまま辞められた過去があるため、言うに言えない状態だ。
「お言葉ですが、アリス嬢は妃教育以前の問題です」
「シルバー夫人、流石に言い過ぎだ」
「いいえ。マナーが一向に進まないのです。学ばなければならない事は数多あるというのにです」
「それは分かっているが……」
「どうやら、殿下も分かっていないようですね」
シルバー夫人は失望したといわんばかりの表情をする。
この半年で何人もの教育係が見せた顔と同じだ。
「アリス嬢は高位貴族と下位貴族のマナーの違いも分かっていない状況です。そのため、自分のマナーを完璧だと勘違いしていらっしゃいます。確かに、下位貴族のマナーは完璧でしょう。ですが、そのようなマナーは高位貴族には通用しません。にも拘わらず、アリス嬢はその違いを理解することもなく、妃教育を真面目に学ぼうとしておりません」
「それは言い過ぎだ」
「いいえ。言い過ぎではありません。その証拠にアリス嬢は何度も間違えています。あれでは妃教育を学ぶ気が無いと態度で表しているようなものです」
アリスも努力をしているのだろうがどうも物覚えが悪いため教育係たちに誤解を与えてしまっている。シルバー夫人ならばアリスとも上手く付き合ってくれると思ったのだがダメのようだ。
「幾らこちらが熱心に教育を施してもアリス嬢は集中する処かやる気さえ見られない有り様です。このままでは十年かけても妃教育は終わらないでしょう」
なっ!?
それは困る!
「……エドワード殿下。殿下は“淑女の鑑”と謳われたキャサリン様ではなくアリス嬢を選んだことの意味を正確に理解されてますか?」
「勿論だ」
「ならばこそ、マナーだけでもキャサリン様と同格に出来なければなりません。そうでなければ誰がアリス嬢を認めるでしょう。いいえ、それ以前に、我が国が他国に侮られ続ける事に成りかねません。ただでさえ、殿下の軽率な行いのせいで我が国は嘲笑われているのですから、これ以上恥の上塗りは出来ないのです」
「シルバー夫人、それは王子である僕に対する侮辱だ。訂正を求める」
「真実です」
「次期王太子の僕に向かって不敬だと感じないのか?」
「殿下は王太子ではありません」
「今はな。いずれ王太子になるのは僕だ」
「本気で仰っているのですか?」
「勿論だ。僕は父上の唯一人の王子だ。遅かれ早かれそうなるだろう」
「残念です。愚かなのはアリス嬢だけではなかったようですね。エドワード殿下、私は今日を限りで辞職させて頂きます」
冷ややかな目で僕を見るシルバー夫人は王妃様そっくりだった。
何故そんな目で見るんだ?
訳が分からないまま八人目の教育係は辞めていった。
アリスは喜んでいる。
この時の僕は気付かなかった。
国王になるには隣国の宗主国の皇帝の許可がいるという事を。
キャサリンの生母が皇妹である事を。
そして、学園での事実。
学園でのクラスは、高位貴族と下位貴族とで分けられている。
高位貴族の教育を受けていないアリスは当然クラスで浮いていた。それを彼女は「イジメ」と断じたし、アリスの言葉だけを鵜呑みにした僕も「イジメ」だと判断した。その結果、同年代の支持を完全に失った事に気付いていなかった。
僕が事実を知るのはもう少し後のこと。
全てを知った時はもう何もかもが遅かった。
後悔するのはもうすぐそこまで近づいていた。




