69 情報交換?
「デタラメなのに何故広まるんじゃ?」
ミズリのまっとうな質問に石拳と赤鱗が腕を組む。
「これは俺たちの感想なんだが……」
言い淀んだ赤鱗は、そばに控える給仕をチラリと見ると、身を乗り出して声を密めた。
「この国のヒトって、信じたい事を都合よく……って感じだよな?」
鉄腕ら同席の勇者らが頷く。
小声で話す赤鱗の話では、この国のヒトはとにかく騙し騙され合っているとの事。
嘘をつく事に抵抗が無く、自分の言った嘘が分からなくなって自分で信じてしまう。そんなヒトも居るらしい。
「偽物屋の数は凄かったね」
アスカは露店に並べられた偽物の数々を思い出す。
「美味い思いをした奴が居ると、こぞって真似しますね」
「大声で喚き散らされると誰だってうんざりして立ち去るもんだが、それを魂の力だと何故か信じちまう」
「叫び教のせいでレベルアップの儀をしない勇者まで出てきてな。四天王の登場で遅れていた成長が更に遅れてる」
「モンスター相手にウオーとかアアアアとか大声で叫んでは、死に戻りしてるよ」
「しかも叫び教に入信させると入れた数でランクが上がって、お布施の配当が上がるシステムだもんで、とにかく大声で言い負かして入信させてる。ウージー教から鞍替えして、より身銭の入る叫び教にする教会まで出てくる始末だ」
「お陰で地方じゃレベルアップもままならなくてな。前線からこんな所まで戻らなきゃならん」
「しかも重レベルアップを繰り返したせいでコレだ」
石拳はその左手をゴツンとテーブルに置いた。
「てっきり一次変化かと」
「叫び教のせいでレベルアップ出来る教会が減る。溜まった経験値のせいで重レベルアップしちまう。教会を取り込んじまって益々レベルアップする場所が無くなる」
鉄腕の話しだと、ミブ王国では神官は大変貴重で、レベルアップの儀でも神官が勇者に近付く事は無いとか。
そのお陰で重レベルアップで周囲を取り込んでしまっても、人的被害が無いのは不幸中の幸いだと。
「酷い悪循環でやんすね」
「全くだ。効率を落としてでもマメにレベルアップしたり、レベルアップ前にたらふく腹に詰め込めば、取り込み予防になるってアドバイスしてくれたのは、セトさんだ」
「って事で、あんたらも欲張らずにチョイチョイ帰ってくるんだぜ」
「あー……。なるほどねー」
何か騒ぎになりそうだったので、アスカはミズリが教会無しでレベルアップの儀を行える事を、黙っている事にした。
パーティの感覚共有で伝わったのか、ミズリ、ドローン、ミアが一瞬だけ目を合せる。
「大声で言い負かすのが教義で布教活動なら、もっと街中で言い争いに遭遇してもよさそうなもんじゃが……」
「ああ。それは今日が週一の休息日だからだ。静かな曜日に合わせて俺達も集まってるんだ」
なるほどと頷くアスカ達。
「本当に叫び教はミブだけなのか?」
念を押す石拳に、ビア王国では一切聞いたことが無い事と、ハラ帝国では街に行けなかった事を告げる。
「じゃあ次だね」
アスカはそう言って鞘に入ったままのナイフをテーブル上で回す。
刃先は次第にゆっくりになり、そして再びアスカを指した。
「ふむ、そちらの質問だな」
アスカらは短い相談の後、ドローンがナプキンで口を拭い直して発言する。
「ミブ王国は鉱山資源で急速に隆盛したと聞いてたでやんすが、鉱山で一人の鉱夫も見なかったでやんす」
ドローンが空撮で上空から見た鉱山一帯は、新しい縦穴があるのに横穴で坑道を支える木材が乱雑に放置されていたり、錆びたツルハシが寄せてあったり、途中で作業を止めたような、投げ出したような、不自然さがあった。
「以前は鉱夫が掘っていた。だが一年程前に労獣使いが流れて来て、キツイ鉱山仕事は労獣の仕事になったんだ」
ドローンは首を傾げる。
「労獣? 見なかったでやんすね」
「四天王が現れたからだ」
赤鱗が引き継ぐ。
「先ず蛇の四天王が現れた時に、労獣は恐慌を来たして散り散りに逃げちまった」
労獣使いは数日掛けて労獣を探したが、四天王の現れた場所には決して近づかなかったらしい。
「本能でやんすかね」
「俺ら勇者にゃ、ねえ感覚だな」
「……で、鉱夫が戻るかってえと、一度キツイ仕事から逃れちまうと、もう楽に人を騙して暮らす方が……ってな」
「それであんなに露店が多かったんでやんすね」
「叫び教の地方拡大で、田舎の信徒は大きな教会の式典に来るから、カモにゃ今の所困ってねえが、次のねえ商売を争ってやってもな」
鉄腕が腰の剣を抜いてテーブルに置く。
「今じゃ鍛冶師の質も量も下がる一方でな、若いヤツらは先達勇者の使った武器を払い下げて貰ってるよ」
ナイフが回転し、刃先をアスカに向けて止まる。
「……またか、仕方ない。決まりだからな」
アスカが、いよいよ本命の質問をする。
「セト様の計画だけど、どのくらい進んでるのか知ってる人いるかな?」
アスカの質問に頷いた赤鱗は、教会内の皆に聞こえるように声を張り上げた。
「ここ二週間でセトさんに会ったヤツは居るか?」
「「「……」」」
誰もが顔を見合わせるだけで、声は帰って来ない。
「ご覧の通りだ。同志はもう教えたが、進捗は分からん。セトさんが姿を見せなくなった丁度その頃に、ビアの王都じゃ街がぶっ壊れる程の騒動があったらしいじゃないか」
ミズリとドローンは王都での事件を思い出していた。
桁違いの火力が北の森で炸裂していたのは覚えているが、それにセトがかかわっていた事を二人は知らない。
そして霊体の姿で大賢者アキニーの部屋で顔を合わせたアスカとセト。
死に戻りが阻害された状態だったアスカは、セトがどんな状況で霊体になっていたのか、あの時考えが及んでいなかった。
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