68 ミブの教会
「おっかいもの♪」
ミアの口ずさむ歌は変わらずに軽快だったが、スキップする足元は地面から殆ど離れていなかった。
それは……。
「あ、あんなに必要なのか?」
「女のアタシの目から見ても異常よ」
ミアは服や装飾品をこれでもかと買い込み、鉱夫が使う体よりも大きなリュックをパンパンに膨らませていた。
「どう思う? ドローン」
「ひたすら買うだけでやんしたねぇ……お蔵入りでやんすかね」
企画も対決軸もハプニングもない、単なる買い物。二人の予想は「コメント欄荒れそう」だった。
食事をと言うミズリに、準備してあるからとの鉄腕の言葉に、待ち合わせの場所へと誘う。
向かった先は、やや寂れた区画。
十字を丸で囲った見慣れた意匠が見えてくる。
なんじゃ教会か。と思ったミズリだったが、ふと思い出してみると、この街に、いやこの国に来て一度も教会の意匠を見ていなかった事に気付く。
愕然として今一度周囲を見回すミズリ。だがその視界にウージー教の意匠は無い。
「教会の意匠すらないのは流石におかしいじゃろ。国教のはず……」
「その事も中で説明する。知ってる範囲で良いからビア王国やハラ帝国の様子も聞きたい」
鉄腕に先導され、一行は手入れの行き届いていない、寂れた感さえ滲む教会へと辿り着いた。
「よう鉄腕の、遅かったじゃねえか」
「また出たぞ。四天王が」
教会内部は外のイメージよりは活気があり、礼拝堂の椅子が取り払われた代わりにテーブルが並べられ、宅配された沢山の料理が待っていた。
勇者と思しき者が十名少々、荷物持ち兼案内役であろうこの世界のヒト数人がテーブルに付いて食事を始めていた。
ガヤガヤしていた食事が、アスカらに気付いて次第に静かになる。
「そのままで聞いてくれ。ビア王国の同志、アスカパーティだ」
鉄腕に紹介されたアスカらが、順に自己紹介するとよそ者を見る警戒感は和らいだ。
「ビア王国から越境だと?」
「セトさんの名代って事か?」
「逆ルートで王国へ行ってみてえ」
「ビア王国で同志は何人になった?」
質問で騒がしくなりかけた場を落ち着かせようと鉄腕が成り行きを説明するが……。
「アスカ達はハラ帝国に行ってて最近のセトさんの計画の進み具合を逆に聞きたがってるんだ」
「帝国だと?」
「キドゴ山脈を超えたのか!?」
「どうやって国境警備を……」
余計に騒がしくなってしまった。
パァン!
炸裂音に教会内の者達は、思わず首を竦めた。
何名かが音の主を見ている。
ソレはただ両手を打ち合わせただけだった。
顔前で合わせた両手を離し、赤い革に爪のある手で被っているフードを掴む。
パサリとフードを払うと、そこに現れた頭は白い有鄰目を持った赤トカゲだった。
舌がチラチラと口から様子を伺い、その表情は読解に苦しむ。
「俺は赤鱗。ミブ王国じゃ一番レベルが高え。お陰でもう二次変化のままの方が楽な位だ」
厚みのある体躯。太い指から生える爪。長く立派な尾。そして生中な刃など通さなそうなゴツゴツした赤い皮膚。
赤鱗と名乗った勇者は、変わらず舌をチロチロさせながら、自分のテーブルにアスカと鉄腕らを招いた。
鉄腕らは赤鱗の横に腰を下ろし、アスカらは対面に座る格好となった。
「メシをお預けにして話を聞こうって程非常識じゃねえ。食いながらお互いに情報交換といこう。客人に食事を運んでくれ」
そう言って赤鱗は懐から鞘に収まったままのナイフを出す。
「食いながらでいい。このナイフを回して……刃先の向いた方が質問。回答が得られたと思ったらナイフを回す。この繰り返しで行こう。情報は後で共有するから、皆も食事を続けて構わんぞ」
給仕として雇われているらしいこの世界の人が、アスカらの前に皿を運び次々に料理を盛り付ける。
鶏肉を油で揚げたもの。穀物を粉状にして焼いたパン。ヨーグルトが掛けられた刻み野菜。保存食にも使えそうな肉と煮凝りのゼリー。そして白いくせに刺激的な香りを放つシチュー。種類も量も豊富な料理が食欲を刺激する。
珍しい異国の料理にドローンは目を輝かせ、ミアはハンカチの端を襟元に押し込む。
グラスにワインが注がれ、給仕も合わせた全員がグラスを眼前に掲げ、アスカらもそれに倣う。
「同士に!」
「「「同士に!!」」」
赤鱗による乾杯の音頭で、場は再び賑やかになり殆どの者はそれぞれのテーブルに散っていった。
「始めてくれ」
アスカら、鉄腕、赤鱗の他数名がこのテーブルに付き、アスカが回したナイフが止まるのを見守っている。
程なくして回転は弱まり、刃先はアスカに向いた。
アスカとミズリが視線を交わして、ミズリが少しだけ佇まいを直して口を開く。
「国教の筈のウージー教の意匠や教会が極端に少なく感じるが、政策に変化でもあったのかの? 勇者のレベルアップやらはどうしとるんじゃ?」
ミズリは教会に入る前に交わした話題を、まず聞いてみる事にした。
「説明しよう」
赤鱗の隣に座る男がグラスを置く。
黒い肌に黒い髭を蓄えた男は、左拳が石の様にゴツゴツしており、それが一次変化の状態化した姿であるようだった。
「叫び教というのを聞いたことはあるか?」
食事に夢中かと思っていたドローンとミアも含めて、アスカら一行がそろって首を横に振る。
「ここ数年で急速に勢力を拡大させ、この国を騒がせている宗教なんだが、ミブ王国だけなのか?」
石拳の男は信じがたいとばかりに両手を広げ、肩を竦めた。
「どのような教義なんじゃ?」
「本当に騒がしい教えなんだ。曰く、大声を張り上げれば魂が持つ本当の力が発揮される……と」
「本当なのか?」
「「「デタラメだ」」」
ミズリの疑問は、食い気味に全否定された。
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