67 セトの進捗
アフィアの焦燥をよそに、ミアと共にドローンの怪我を確認するフリをしながら、通話を続けるアスカ。
『セト様の計画が開戦より早ければ、ヒト社会は大陸中央への侵攻を諦めるかも知れない。ヒトが攻め込まないなら盟主とやらも、もう少し寛容になるかも知れない』
『戦争自体を止めるつもりなの?』
『戦争になったら動画撮ってられないかも』
その言葉にドローンとミズリがたしかにと同時に頷く。
『そもそもヒトが約束を忘れて攻め込むのが、定期的に滅亡寸前まで減らされる原因らしいからね。だからセト様の計画がどの程度進んでいるのか知りたいんだ』
三名は視線を交わして頷いた。
「ミズリさん。やはりドローンちゃんに回復を」
「ふむ、そうか……」
演技とは言え実際に回復を掛けるミズリを見てから、アスカは振り返り「すみませんお待たせして」と片目を瞑った。
だが、この何の気無しの演技が、話を妙な方向へと引っ張っていく。
「回復の法術だと!? まさかその爺さん。勇者じゃなくてこの世界の専門職か!?」
「神官? いえ、神官長級かしら」
「「「え?」」」
反応の大きさに驚くアスカ達。
「えっと、セト様の計画の進捗って分かるかな? 俺達ちょっとハラ帝国に行ってて暫くセト様に会ってないんだよね」
「え? 勇者と言えどキドゴ山脈は超えるに能わず。堅物ホルスに目溢し無し。セトさんからそう聞いてたが……なんかお前らいろいろとんでもねえな」
「神官長級の専門職に、専属の文官、見たこと無い従魔……確かに別待遇よね。あなたが特別な存在なのかしら? まだ名乗って貰ってもないけど」
そう言われて、ようやくアスカは名乗っていない事に気が付いた。
ドローンの墜落で慌てていたとは言え、失礼したと恥じ入る。
「俺はパーティリーダーのアスカ。こいつはドローン。彼はミズリ。彼女はミアだ」
風の精霊とアプチャーが紹介してくれないのかとせがんでいる気がしたが、ひとまず我慢して貰った。
「アスカ……アスカ……セトさん言ってたかな?」
「最近だとヤオ・パドゥのパーティが全員同志になったとは言ってたけど、アタシもアスカって名は……」
「ヤオ・パドゥ? はてどっかで」
首を傾げるミズリにドローンがフォローを入れる。
「ナンダガでやんすよ。酒場で遊んだ」
「おぉ! あいつらか!」
王都で執拗に絡まれ、酒場でパンチドランカーと言う古い勝負まですることになった、自尊心過剰、自制心皆無の連中をミズリも思い出し、遊んだと言うドローンの言い方にニヤリとした。
「おお。既に知己だったか。流石だな」
アスカは何か勘違いで評価が積み上がっていくのを感じたが、ひとまず傍観する事にした。
「旦那。やっぱりBANされてたんで、新アカでさっきの動画アップしといたでやんす」
「流石だな!」
「え? 何が流石?」
「業務連絡だ。気にするな」
「「……」」
その後、ビア王国に所属する3つのパーティの名が鉄腕から告げられた。
アスカに面識は無かったが、ミアによるといずれも高レベルで金使いも良い、ガッポガッポなパーティだそうだ。
「セト様の計画はいつ決行とか決まったのかな?」
アスカの言葉に顔を見合わせる鉄腕とアフィア。
二人の反応に、ちょっと聞き方がマズかったかと内心動揺するアスカだったが。
「オレ達は知らないが、何か聞いてる同士がいるかも。今夜同士の集まりがある。ちょっとこの国の教会に問題があってな」
「連れてってあげるよ。ただし勇者の越境は表向きは開戦まで禁止されてるから、その文官には着替えて貰う事になるけど」
視線を受けたミアが背筋を伸ばす。
「お……」
「「お?」」
ミアが両手で胸を押さえ、うつむく。その顔が徐々に紅潮してゆき、そして空に向かって爆発する。
「お買い物ですー! ショッピング! 楽しみで久しぶりで最高ですー!」
「うお。物欲が」
「凄いでやんす……」
パーティシステムによって共有されたミアの感情が、ミズリとドローンに胸焼けに似た感想を抱かせたのだった。
◇
「おっかいもの♪ おっかいもおおのおお♪」
自作の歌を歌いながらスキップ気味に軽やかに先頭を歩くのは、すでに一度目の着替えを済ませて村人Aの格好をしたミアだった。
ここはミブ王国第二の都市「ラーイン」
王都には及ばないが、新興国ならではの規格整備された街並みが美しい。街は碁盤の目に走る道で区域分けされており、西から東へと街を貫くラーイン大通りには、多くの商店とそれに比肩する露天が所狭しと軒を連ねていた。
「あ! これかわいい! こっちの色使い独特ううう」
テンションが上がりすぎて走り出しそうなミアを、保護者の視線で見守るミズリは、ミアに腰紐を付けようか真剣に考え始めていた。
「随分と武具が安いんでやんすね」
子犬サイズでアスカの足元を歩くドローンが、露店の値札をみて感想を漏らす。
「鉱山で発展した国だからかなー。確かに凄く安いね」
露店の地べたに敷かれたカーペットの上に、特価今だけ! オリハルコン製! との札が付いた短剣が売られている。その値段は50コイン。エーテル伝達率の高い希少金属で作られた短剣なのに鋼の剣より少し高い程度でしかない。
手に取って見ようとアスカが伸ばした手を、鉄腕が掴む。
「触ったら買わされるぜ?」
「え? でも持ってみないと買うも買わないも判断つかないよね」
「だからな……」
そう言って鉄腕は右足を大きく上げると、露店のカーペット前に力強く踏みおろした。
ドスン!
振動で揺れるカーペット上の武具。
……カチャン。
短剣やお守りなど、複数の武具が同時に音を立てて、ある物は一部が外れ、ある物は折れてはならない所が折れた。
「……な?」
「「「ええええええ」」」
「ちょっと! なにすんですか! 鉄腕さんとはいえ商売の邪魔はだめですぜ!」
声を上げて笑う鉄腕に、非難の声を上げる露店の店主。
アスカら三名は、あっけに取られている。
「安いには安いの訳があるのさ。露店の武具はほとんど偽物よ」
アフィアに説明され、改めてぐるりと周囲を見渡すアスカ。
「この露店全部が偽物売り……」
「最近は役人が少しだけうるさくなったから、売る方も知恵を使っててね……ほらあの札、よくご覧よ」
アフィアの指さした『特価今だけ! オリハルコン製!』の札に顔を近づけてよく見るアスカら三名。
その札には『特価』と『今だけ』の間に小さな点が書いてあった。
「今だけオリハルコン。売る時だけエンチャントでエーテル付与して売るんだよ。嘘はないって言い張って金は返さないんだ」
「「「うわぁ……」」」
心底残念そうな顔で、鉄腕と言い合う露店の主人を見る三名。
その時、遠くからテンションの高い声が聞こえた。
「アスカ!! 来て! 伝説の剣が凄く安いわ!」
「「「ま、待てーーー! 触るなーーー!」」」
三名はどこかでカモになる寸前のミアを探して走り出すのだった。
読んで頂きありがとうございます。
いいね・ブックマーク、励みになります。




