66 ミブの者
針葉樹の茂る森。突風に舞う木の葉に導かれたアスカ。
その視界が開けた時、そこに居たのはうずくまるドローンとドローンに向き合う上半身裸の男だった。
男は褐色の上半身を晒し、チリチリ髪を後頭部に結い、そして鉄管を束ねたような両腕を突き出している。
鉄管の腕には雷術が引き絞った弓のように帯電しており、今まさにドローンに向けて発射されようといていた。
「ま! 待て!」
だがアスカの声が届くより早く、鉄管の一つから導線を引いた飛翔体が飛び出した。
僅かに間に合わない。そう思ったアスカは眼光鋭く歯を食いしばると、肉体の1メートル先に霊体を繰り出し、飛翔体を叩き落とす。口角が上がり、一瞬欲望に引っ張られそうになる黄色い霊体。だがアスカは素早く自制を取り戻し、霊体を肉体へと引き戻す。
叩き落された飛翔体が地面に跳ね、両腕を突き出して構える男とドローンの間にアスカが割り込むと同時に、男の腕から強烈な放電が開始され、青白い光が周囲を包む。
放電を相手に命中させる為の導線がアース代わりとなって、放電は大地へと吸収されて周囲には焦げた匂いだけが残った。
「あ? ここらじゃ見ねえレアモンスだ。譲らねえぜ」
両腕が束ねた鉄筒で出来た男は、褐色の上半身をピクピクと痙攣させながら、アスカを睨む。
「コイツはドローン! 俺の仲間だ!」
「仲間? お前……同業? って事は従魔か」
「そう。俺はビア王国の勇者アスカだ。ドローンは仲間で家族だ」
「……」
鉄筒腕の男は、暫くの間無言でアスカを睨んでいたが、ミアを抱えたミズリが到着するとこう言った。
「どう思うよ?」
暫しの沈黙の後、アスカの後ろの枝上から、落ち着き払った女の声がした。
「あれはビア王国文官の制服。なぜこんな所に居るのか疑問だがけど、言葉は嘘ではないようね」
言葉に振り返ったアスカの視線の先。枝上で4つの方陣を同時展開して気配を完全に消していた女が姿を表した。
波打つ黒髪を胸の位置で切りそろえた痩身の美女が、アスカを見下ろす。
「ドローン。大丈夫か?」
状態が緊迫したものでは無くなったと判断したアスカは、前後の男女から視線を切り、ドローンを気遣った。
「怪我はないでやんす。ただあの雷術……行動阻害が……やけに長いでやんす」
痺れの残る腕をさすりながらドローンは立ち上がり、アスカに無事を伝えた。
「なんだよ。てっきり経験ボーナス付きのレアモンスターかと思ったのに。オレはコフィ、鉄腕を名乗ってる。そっちのはアフィアだ」
そう言うと鉄腕と名乗った男は、腕を一時変化の鉄管からヒトの腕に戻して、アスカに差し出して握手を求めた。
「ちゃんとドローンちゃんに謝って下さい」
ミズリの腕から降り立ったミアが、鉄腕を睨みつける。
そのミアをじっくりと見た鉄腕は、枝上から隣に降りてきたアフィアとヒソヒソと相談をし、言葉を選ぶように、慎重に口を開いた。
「専属付きって事はそれなりのレベルだよな? セトさんから何が提案された事はないか?」
思い当たる節がアスカにはあった。
「帰還計画のことかな?」
アスカの即答に緊張を解く鉄腕とアフィア。
「口にしちまえるって事は、文官も承知って事か。そうかそうか、同志って訳だな。従魔の事は改めて済まん。知らなかったんだ許してくれ」
『ノクチュア。あの二人以外で頼む』
『いいわよ』
『みんな、俺に考えがある。ここは任せてくれないか』
『うむ』
『了解でやんす』
『ちょっと待って! 帰還計画ってなによ! セト様とどんな繋がりがあるの?』
アスカは軽く左手を上げて鉄腕に合図してから後ろを振り返ると、その背中で混乱したミアを隠した。
『最低限の説明をするよ。セト様は召喚勇者はこの世界の争いに加担すべきではないと。元の世界に帰る方法を発見して仲間を集めていると言ってた。だから……』
背を向けたアスカを見ながら小声で話す鉄腕とアフィア。
「何話してるか聞けるか?」
「やってるわ」
アスカらからの死角。アフィアは自身の背中に方陣を描き、その縁に触れながら注入するエーテル量を調整していた。
その法術は兎耳と呼ばれる術で、特定の方向からの音を増幅して術者に伝える、集音マイクの様な術だった。
アスカから方陣を隠す為とは言え、自らの背中にセットされた方陣は、まず真っ先にアフィアの体内音を拾っており、それをフィルタリングしながらアスカらの内緒話を聞こうというのだから、法術士として相当の腕前である。
だが。
「何も……話して無い?」
目を閉じつつ首を傾げるアフィア。
「そんな馬鹿な」
「服の擦れる音が聞こえるまで拡大してるけど……会話は聞こえないわ」
ここミブ王国で随一の法術使いとされ、一次二次の変化を頑なに使わず戦う勇者アフィア。
賢者にも匹敵すると噂される達人級の法術使いの彼女ではあったが、アスカらの秘話ツールが「隣の精霊界」を使っているとは考えもしなかったのである。
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