65 風の精霊
「あれは私のアイディアです」
大事な事なのか風の精霊は、二度言った。
「普通は辺りを照らすくらいしか、光精への指示はないでしょう。ですがアプチャーは名を呼ばれただけで「目眩まし」という意図を正確に汲み取り、連続した閃光をしかも分裂させながら発露しました。これはヒト種と精の関係では実に珍しい事です」
褒められて喜んでいるのか、風の精霊をなぞる光のペンが素早く動く。
「相当な時間を専属のような扱いをされなければ、ああはならないでしょう」
「あーあの頃か」
アスカは初めの洞窟に籠もった日々を思い出していた。それは勿論光精と共に過ごした時間でもある。
「しかし精霊とは驚きじゃな」
フロントダブルバイセップス、サイドチェスト、バックダブルバイセップスをしながら画角に入ってきたのは、上半身を晒したミズリだった。
「……神官……そのポーズは何かの儀式ですか?」
「いや、これをするとコメントが伸びるんでな」
「大丈夫です精霊様。何を言っているのか分からないのは私も一緒です」
困惑の精霊にミアが同調の意を示すが、精霊の表情を見るにそれが慰めになったとは思えない。
「話を戻すが、あの時。アスカがホルスにやられた時に出ていた死に戻りの光は、精霊様がアプチャーにやらせていた擬態だった。そういう事で宜しいか」
頷く風の精霊。
「でも精霊さん。俺たち勇者は何度死んでも登録した教会で復活するよ。あ、パーティがその場に残されるのがまずいのか」
「あの時は咄嗟にアスカを助ける事を選んだんじゃが、考えてみればワシら全員を巻き込む攻撃で自決すれば、あそこからの離脱は可能じゃったんじゃな」
アスカの自問に答えるミズリだったが、精霊が首を振る。
「それは正しい選択とは言えません。復活とは言いますが私達精霊が物質界で存在するた為のエネルギーを失って消失するのと、死を経験するのとは別物です」
「え、どう言う事?」
皆がいい感じで食いついたので、精霊は少し気を良くしたように話し始めた。
「本来メンタル体までの体が経験する死は一度切り。各体を失ったコーザル以上の体は、三千世界にある魂の揺りかごに戻り、記憶を一旦精神の棚へと完全移行し輪廻の時を待ちます」
分かったような顔のアスカとミズリ。首を一緒に傾げるドローンとミア。
「ところが勇者の復活とは、歪な形でコーザルの帰還を阻止し、再構築された体に戻される術に捕らわれている状態。そして一緒に紐付けされているパーティのメンバーもまた、何度も死を経験する事となります」
「別にいいじゃないか。何度死んでも動画の続きが撮れるし、死んだ回って再生数多いんだよねー」
「本来蓄積されるべきではない死の記憶はコーザルを蝕み続け、結果崩壊します」
「崩壊!?」
身を乗り出す三名に対して、ミアが小さい顎に手を当てて呟く。
「確かに死に戻りの多い勇者は段々復活が遅くなって……精神的にケアが必要になる人が出てくるわね。その先は復活しなくなる人と異常行動をする人に……」
「異常行動じゃと? あまり聞かんが」
「噂だと、秘密裏にセト様が始末しているとか……」
「「「えーー」」」
三名のドン引き具合にミアは慌てて「あくまでも噂ですから」と火消しに回る。
「術を組んだ者がコーザルの傷を理解していないか、考慮する必要がないか。いずれにせよ死に戻りを移動手段と考えるのは悪い考えです。いつ崩壊が始まるか個体差もあるでしょう。場合によっては次の死に戻りが崩壊の始まりとなるかもしれないのです。ましてこの世界のヒトは弱い」
死に戻りが他人事だったミア。初代勇者のパーティだったにも関わらず部分的にしか知らなかったミズリ。興味深そうに頷くドローン。そして再生数が稼げるネタとして、死に戻りを最も軽く考えていたアスカ。皆がそれぞれに精霊の話に認識を改めさせられる。
「隣の世界とも言える精霊界の人から、死に戻りの衝撃の事実が明かされたでやんす。これからはより死なない立ち回りが必要になるでやんすが……」
ドローンが解説調に口を開き、動画の撮影中だったことを一同が思い出す。
「ライフケア担当としてミズリさん。緊急離脱手段としてミアさんの活躍が期待されるでやんすね!」
撮影時間が十分を超えたとのドローンの合図に、アスカが締めに入る。
「そうだねー。この動画が面白かった方はチャンネル登録を、いいねと通知ボタンも宜しくね。コメント欄に風の精霊さんの名前も宜しくお願いします! では最後に初めての土地ミブ王国の様子を空撮でご覧頂きながらお別れしたいと思いまーす。またねー」
アスカの締めの言葉と同時にソニーくんを渡されたドローンは、胸甲の受けにジングルを取り付けて上昇を始める。
アスカ達の姿が徐々に小さくなり表情が確認できなくなるまで上昇しすると、切り立った白い岩盤とその下に広がる森林へと画角をパンしながら、ドローンは旋回するように森林上で高度を上げる。
もう戻っておいでと、アスカがドローンに声を掛けようとしたその時。
森林から一条の雷が飛び、ドローンは被弾したのか自然落下を始めた。
「ド……ドローン!!」
「迂闊じゃった! 敵か!」
「ドローンちゃん!」
慌てる三名に冷静な声が掛けられる。
「あの者と今すぐ疎通したいのですか?」
「出来るか?」
アスカに問われた風の精霊は、閉じられた瞳をほんの少しだけ開き、そしてまた瞑った。
「あの者の周囲の風とここの風を、精霊界を通じで繋ぎました。普通に話せる筈です」
アスカは両手を合わせて感謝の意を表すと、同時にドローンへと語りかけた。
「ドローン! ドローン! 聞こえるか! 無事か!」
「ああ、そんなに意識をそっちに向けては……アプチャー経由では私の存在が……」
「感謝しますぞ風の精霊様。今は緊急故すまぬ。ほれミア、行くぞ」
既に崖を飛び降りているアスカを追うよに、ミアを抱えて走り出すミズリ。
「皆で会話出来るようにしておきますね。またこうしたい時は……なにかコレに名前を付けて下さい」
「ノクチュア! コレの名前はノクチュアだ! ありがとう精霊さん!」
崖の下に降り立ったらしく、息を弾ませながらそう告げるアスカ。
「ノクチュア……。早く私も名前が欲し……」
「ドローン! 返事をしろ! どこだ! 精霊さん! わかるか!」
「直接私にエーテルを流して下さい。方法は感じる筈です」
森林の木々を縫って走りながら、周囲に視線を走らせながら、アスカは心をつつかれるのを感じて扉を開くようにそれに応えた。
「ああ……なんて美味しいエーテル……」
その声と同時に、森林を風が吹き抜ける。アスカの眼の前で舞った葉が樹木と枝の間を縫って飛び、アスカをドローンの元へと導く。
凄まじい速さで飛ぶ葉の向こう。折れた枝が見える。
「そこか!」
「だ……旦那……」
ドローンの弱々しい声がノクチュアを通じで皆の耳に届いた。




