64 異国とゲスト
「止まったでやんすか?」
「ようやく止まったようじゃの」
戦闘モードを解除した子犬サイズのドローンと、はぐれないように皆を掴んでいたミズリは、怪我の有無を確認しあう。気を失っているアスカと、呆けているミアもどうやら無事なようだ。
ほっと一息つくと、揃って上を見上げた。
二人の視線の先にあるのは丸い青空。青空の周囲を覆うのは、所々硬質な光を反射する井戸状の壁。
「結構落ちたでやんすね」
「掘った。が正解じゃが」
「びっくりしましたよぅ」
直径五メートル深さ三十メートル程の縦穴の底に、一行は折り重なるように横たわっていた。
ミアが突然目覚めて転移法術を発動させ、見知らぬ山岳地に転移したかと思ったら、継続中のアスカを中心とした光の拡張と縮小は、足元の岩盤をスカスカにして崩し始め、坂を滑り落ちるような速さで真下に掘り進んだのであった。
「旦那……動かしても大丈夫でやんすかね?」
その言葉にミズリがアスカの額に手を当てて、エーテルの動きを探る。
「まだ波立っておるが、流れに滞りは無いな。多分じゃが……大丈夫じゃろ」
その時。ミズリの手の温もりに反応したか、アスカが目覚め、ゆっくりと目を開けた。
「旦那!」
「アスカ!」
心配そうに顔を寄せる二人に、アスカは柔らかく笑い、手を上げて大丈夫だと伝える。
「済まない。あれが力に飲まれるって言うんだね。はしゃぐって言っちゃうホルスも凄いよね。全部覚えてはいるんだ」
アスカはホルスにのされた事も、ミズリがレベルアップの儀を行った事も、レベルアップが連続で起こった事も、全て認識していた。
「みんなを取り込まずに済んで良かった。……声がしたんだ。意識を保てば拒絶できるって」
アスカはゆっくりと右手を開閉させ、腿の辺りを揉むように掴む。
「幽体は欲望にあんなに引っ張られるんだねぇ。先手を取る為だけに使うのは考えないとだね」
脚の感覚を確かめるように、ゆっくりと立ち上がったアスカは、上を見上げて「で、ここは?」と聞いた。
「ごめんなさい……。私が転移術使ったんですよね? どこでょう? どうやって脱出しましょう……」
申し訳無さそうに心細そうに、口元に手をやって小さな空を見上げるミアだったが、ドローンがキラーンと爪を光らせ口角を上げた。
「あっしはモグラとコウモリの混種でやんすよ」
そう言うとドローンは、壁の柔らかい所を探して横穴を掘り始めると、井戸の周囲を螺旋状に登るスロープトンネルを掘り上げ、一行を地上へと導いた。
一帯に広がる白い岩盤。崖下に広がる針葉樹の森。
「ここは……」
「ヌビア領。貴方達がヌビー王国と呼んでいる土地よ」
アスカの独り言に応えるように発せられた大人の女性の声。
「「誰だ!!」」
「……この声……」
一行は周囲を見渡すも、声の主の姿は無い。
「私はその世界に肉体を持たないわ。見る努力は無駄ね。でも概念なら……アプチャーに手を借りて……」
「アプチャー!?」
素っ頓狂な声を上げたアスカの眼の前に、光の塵が漂い始め、ペンで書くように動いて微かな輪郭を形作る。
「こ……これは……」
「きれい……」
一行の前に描かれたのは、目を閉じた妙齢の美女だった。体はあまりペンが行かず曖昧なままだ。
「アプチャーなのか……?」
「違います!!」
アスカの言葉に、食い気味に否定した光の美女は、瞼を閉じたまま言葉を続けた。
「アプチャーは貴方を気に入っている光精の名でしょう。私は楽しそうにヒトに協力するその子に、そして使役する貴方に興味を持った風の精霊」
「精霊ですって!?」
驚きの声を上げたのはミアだった。
「私達がエーテルを譲渡して協力を得ているのは各種の精なの。意思疎通が難しくて、簡単な命令しか出来ない。でも精霊は別物よ。高い知能と好奇心を持ち、使役者のエーテルを根こそぎ奪う恐ろしい魔物よ!」
「え?それは……」
「違うわよ」
ドローンの疑問に食い気味で否定する光の美女。
「取り敢えず分からないモノを魔で括るのお止めなさい。不死にも近い時を生きる精霊は確かに好奇心旺盛です。なにせ長命は退屈ですから」
退屈の言葉にアスカが何度も深く頷く「分かる分かるよー」と。
光の美女は、その光を徐々に弱め、そして光を失った。
「ありがとうアプチャー。もう十分よ。私達精霊と呼ばれる存在は、貴方方の世界に在ろうとすればそれなりのエーテルを必要とします。エーテル総量の少ないヒトが制限を設けずに精霊を使役しようとすれば、悲しい事故も起こるでしょうね」
「アプチャー。もう一度頼むよ」
アスカの声に応えた光精アプチャーが、もう一度風の精霊の姿を光のペンでなぞる。
そして……。
「はーい! 異世界通信アスカチャンネルへようこそ! アスカでーす!」
左手にソニーくんを持って、自撮りアップから撮影を始めるアスカ。
「まずはお詫びから。動画を上げる度にアカウントが停止される理由は、現在も調査中です。規約は守ってると思うんだけど、皆さんにはご迷惑わお掛けして申し訳ございません。そして毎回検索して動画を見てくれてる皆んな、ありがとね」
以前は動画数本で停止になっていたアカウントが、段々とと停止までの期間が早くなり、最近では一本上げる度にアカウントが停止されるようになっていた。
アスカはここで一度、深々と頭を下げるた後、キラーンと輝く笑顔を見せて「まいるよねー」と笑う。
「水晶に向かって……何を……? そして私の話は聞いていたのか?」
困惑の風の精霊をひとまず無視して、撮影を続けるアスカ。
「今日は希少鉱物で有名な新興国、ヌビー王国に来ていまーす」
くるりと回って背景を360度回転させると、ドローン、ミズリ、ミアを順に画角に加える。
「今日はいつもの仲間に加えてスペシャルゲスト! 風の精霊さんに来て頂いてまーす!」
「「おーー。パチパチパチ」」
ドローンとミズリに釣られて、ミアも拍手する。
「これは一体……?」
「あの水晶が記憶した映像を、異世界に送れるんでやんす」
「誰に?」
「誰でも見れるんでやんすよ」
「異世界の誰もが見られる映像ですって?」
初めて反応が遅れる風の精霊。
「だから楽しむでやんすよ!」
「楽しむのですね!」
ドローンの耳打ちで笑顔になった風の精霊に、アスカの質問が飛ぶ。
「精霊さんのお名前を教えて下さーい」
「ふふっ。教えましょう。我ら精霊に名前はありません。霊体が直接意識されるので、名前を呼ぶ必要が無いのです」
「と、言う事でお分かりですね? そう、コメント欄で名前を募集しまーす! アカウント停止寸前までログは記録出来てるので、皆さんコメント宜しくねー」
「よろしくねー」
ソニーくんに向かって、アスカを真似て手をふる風の精霊のテンションに呼応するように、光を増すアプチャー。
輪郭をなぞる光のペンが、太く早くなる。
その様子をにこにこ見ていたミズリが、突然「パン」と両手を合わせる。
「あ! 思い出したぞ、この光のペン! レベルアップせよの文字と一緒じゃ!」
キョトンとする一同に、ミズリはホルスに倒されたアスカが、重レベルアップに至る迄の様子を語った。
「……って事は、俺を救ったのはアプチャー!?」
「アイディアは私です!」
食い気味に言ったのは、やはり風の精霊だった。
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