63 四天王ビアタン
ホルスと水竜が、中近距離織り交ぜながら戦う様子を、頷きながら観戦する者が居る。
ケトニス。後ろ左脚を木で義足化した、体長三メートル程の熊の特徴を持つ魔獣である。
彼は水竜の成長した戦いぶりに満足しながら、四天王なる者に出会った数ヶ月前の事を思い出していた。
あれはよく晴れた日。盟主アウグストゥスが、盟主選戦の下準備に領地巡礼へと旅立つ日だった。
千年に一度。大陸の王達の中から王の中の王たる盟主を選ぶべく、我こそはと思う者が現盟主に挑む戦いの場。それが盟主選戦。
現盟主は領地を巡って各地の王を説得し、協力と言う名の選戦不参加の約束を取り付けるのが慣わしであった。
南へと飛び去る盟主と補佐官達一行を、部屋の窓から見送ったケトニスは珍客の訪問を受けた。
盟主と一緒に飛び立った筈の補佐官の内の一名。補佐官アルゴスと彼に率いられた四名の戦士だ。
身体の一部に盟主様の特命印があるのを見て、ケトニスは五名を部屋に招き入れた。
その五名は、補佐官で狐の特徴を持つアルゴス。カバのモス。蛇のターン。鷹のズー。そして水竜のビアタンだった。
補佐官の話しでは、蛮族の暗殺者の成長を阻害する為の人選がつい先程なされ、その場に居た中で蛮族の言葉を理解する四名が人員として選ばれたのだとか。
そして蛮族の暗殺者と戦った経験があり、比較的蛮族に詳しいケトニスが相談役として盟主アウグストゥスから指名されたとの事であった。
選ばれた四名は、盟主様の勅命とあってケトニス同様、興奮気味だった。
各地の町や村から盟都ナイロートに派遣されるのは、族長や戦士長の子弟が多く、後に一族を率いる立場になり、調停や仲立ちが必要になった時に、この頃の知己が頼りになる。
言わばエリートの社交場としての盟都派遣と言える。
ケトニスは顎に手を当てて考える。
盟都に派遣されるのだから、一族内での実力は疑い無いんじゃろうが、さっきその場で決めたと言っとらんかったか?
しかも蛮族の言葉が判るだけで選んだとか、言っとらんかったか?
う〜む。盟主様のなさる事、無論異議など無いが……。
自己紹介の後に、補佐官のアルゴス殿が「気楽に行きましょう」と言うておる。
盟主様の勅命を気楽にとは、どういうつもりか。全身全霊で当たって然るべきじゃろうが。
ワシはまず、蛮族が自らを「ヒト種」と称しておる事と、暗殺者がヒト種社会では「勇者」と呼ばれておる事。それとヒト種がかつての約束を微塵も守らない種だと伝えた。
アルゴス殿はヒト種の言葉になぞらえて、四名を四天王と名乗らせると言った。たしか四名の強者という意味だった筈じゃ。
ヒト種の言葉は判るが、勇者という異世界からの招きヒトの特徴や行動原理を説明すると、四名は各々が質問と意見を言い出して騒がしくなった為、決闘式でまずリーダーを決める事になった。
場所がワシの寝蔵である洞窟内という事もあったが、モスが勝ち抜いてリーダーとなり、四天王はまとまりを手に入れた。
その決闘式の最中。腹部の棘を伸ばして陸をてくてく歩く水竜ビアタンは、地形適正で圧倒的に不利ではあったが、ワシはエーテル操作に秀でたモノを感じたんじゃ。
そして四天王として最初の出陣。大陸南西部のターヤ海で、何度倒されても海底神殿に引き寄せられる勇者達を、数え切れぬ程光の塵にして自信を得たビアタンは、派遣を少し早く切り上げての特訓をワシに申し出た。
力を持つモスと幼馴染なせいか、発言しても次第に声が小さくなってしまう程に自信に乏しかったビアタンは、数多の勇者を屠り、特訓を経て大きく成長した。
そして他の四天王が、情報共有の為に盟都に集まった時には、水中と同じ様に空中を游ぐ迄になっておった。
コツを覚えてからの伸びは、ワシも驚く程じゃった。
そして三度目の派遣となる今回。
ケトニスの意識は過去から現在に戻り、素晴らしい速さで「地上」で戦闘する水竜ビアタンを満足げに眺めている。
情報共有で名前が上がっていた、要注意勇者ホルス。ビアタンはそのホルスと互角以上に戦いながら、他の勇者を同時に相手取り、確実に一人また一人と光の塵にしている。
気付けば大盾の陰で勇者達が、腰の袋から部品を持ち寄って、何やら門らしき物を組み上げていた。
組み上がるタイミングで、巨大なエーテルを練り上げている勇者が指示が飛ばす。ロブスキーに守られながら必殺の一撃を練り上げるブレディである。
「順次転移門で退避! 帝都に警報を出してくれ!」
「ご無事で!」
「ご武運を!」
勇者達は迅速かつ整然と転移門をくぐり、足手まといにしかならない戦場を後にした。
ブレディの周囲。空間が歪む程に圧縮されたエーテル。慎重に立ち上がるブレディが肩口で大剣を立てると、渦巻くエーテルは大剣と重なった。
「ロブスキー! お前も行け! ホルス様!」
ロブスキーが閉じる寸前の転移門に飛び込むと、ブレディは四天王と接近戦を演じるホルスに離脱を促した。
ブレディと視線を交わし、距離を取って翼で全身を覆うホルス。
「放て!」
小隊員とロブスキーが離脱し、ホルスが放てと命じた時。
ブレディは自身の二次変化を解放。
下半身を覆っていた防具が弾け、腰から下が逞しい馬の姿に変化したブレディは、四つの蹄で泥地を蹴り、水竜に猛然と迫った。
肩口の大剣が曲がって見える程に、空間が歪み、過剰に圧縮されたエーテルは白く光り、その長さを大剣の二倍に迄長大化させている。
ヘルメリー。
ブレディの最大最強の技である。
出力調整が異様に難しく、オヴァースラッシュ未満から湿地一帯の泥濘化まで、その威力の振れ幅は正に「一か八か」の二つ名に相応しい技であった。
そして今回。ホルスの見立てでは、練上がったエーテルから感じられる想定威力は最高値を更新する。
ホルス自身ですら、直撃すれば唯では済まないと思える程の最高のヘルメリーが、水竜の四天王に迫る。
『ビアタン! 来よったぞ!』
『判ってるわ!』
応えたビアタンは迫るブレディに向き直り、眼前の空間に高速で方陣を描き、それを立体的に重ねてゆく。
逆円錐状に重ねられた方陣。
ビアタンに近付く程に細くなるその途中には、四方八方へと円錐の角が生えており、まるで棘の付いた金棒のようでもある。
方陣がまだ生成されている最中、ブレディのヘルメリーが、練り上げられた膨大なエーテルの濁流が、大剣の形をした破壊が、ビアタンに振り下ろされる。
光を伴った斬撃が、ビアタンの描いた多重方陣の一枚目に触れる。
方陣は一枚目から順に白、青、黄と発光しつつヘルメリーのエネルギーを吸収し、棘の先端に位置する方陣は暗い赤に発光。
方陣はグラデーションに輝いた。
そして空間を歪め発光させる程に圧縮されたエーテルは、ビアタンの描いた方陣により霧散化し、運動エネルギーだけになった大剣は、泥の大地にドスンと深く刺さった。
「なにぃ!!!!」
ブレディは叫び、目を見開いて正面を睨んだ。
朝日に消える薄氷の如く、眼前から消え行く多重方陣。
その向こうには、蒼い鱗を煌めかせる水竜の姿があった。
「そんな……バカな……」
渾身の一撃を無効化されたらしいブレディは、ヒトの姿に戻り、大地に刺さった大剣にぶら下がるようにへたり込んだ。
「バカな……あれは……」
絶句するもう一つの背中。その背中の翼が、ブルりと震える。
「あれはオレの翼の特殊効果、術解ではないか……我が賢者オドゥオールですら再現出来ぬと……それを……」
呆けたのは半瞬であったか一瞬であったか。
ホルスは瞬きの後、自らの身体を貫く数十の氷針に気付き、氷針が氷柱に成長するに連れて肉体が裂けるのを見た。
「わ、忘れぬぞ……水竜の四天王……」
ホルスは自らの手が光の塵となって透けてゆくその先に、やはり光の塵となって消え行くブレディの姿を見、意識を失った。
『あ、キメ台詞わすれた』
ケトニスの方に振り返り、ペロっと舌を出したビアタン。
振り返られたケトニスは、ホルス以上に呆けていた。
『ビアタンよ、今のはもしや……』
『そ。あの翼が術をエーテルに分解するのを方陣で再現してみたの! 上手くいったと思わない!? あ、重ね過ぎたかもだけど』
ケトニスは右手で目を覆い、不思議と込み上げる笑いに耐えた。
素質はあると思った。だがこれは……王の素質だ。幾十かの周期を重ね精神と魂を熟成させたなら、盟主を伺う程になるかも知れない。
ケトニスは驚きと興奮で、転移して行った僧と魔獣に感じた何かを失念した。
後日に何かを思い出せずにいると感じるケトニスだったが、結局次の機会までその何かを思い出す事は出来なかった。
※決闘式(作内補足が大分後になる為、簡単な補足)
決闘式とは連盟全土で一般的な「戦って勝った方の主張が正しい」とする決定方式。
アルゴスとケトニスは四名の実力も見ておきたかった為、決闘式を行った。




