61 重レベルアップ
「レベルアップの儀式だと!?」
ホルスの嘴から漏れた言葉が、この事態の意外性を物語っていた。
「勇者では無く、専門職……それも教会施設を必要としない程の高僧だと言うのか……」
最初の勇者アランの伝説は、ハラ帝国でも当然語り継がれている。
そして当時のパーティ構成が、一人の勇者と複数のよりすぐりの専門職だった事も。
その後の勇者派遣乱発で多くの高僧が失われ、蘇生やレベルアップが教会という増幅装置無しには不可能になってしまった事も。
だが。
失われた筈の術が、眼前で再現されようとしている。
目に映る様子を紙束へと詳細に記すブレディの筆が震えている。
「王国の懐の深さよ……」
少し前に感じた想いを再び噛み締めながらも、ブレディには疑念もあった。
「……長い……」
確かにレベルアップが可能なら、それは肉体治癒の一助になるかも知れない。だがそれは到底間に合わないとブレディは思った。
死に戻りの兆候を表す光の塵が出始めて、肉体が失われるまでの時間はおおよそ三十秒。そしてブレディの知るレベルアップの儀は約一分。
アスカを抱えたミズリは、光の塵が現れてもまだ少しの間回復加速の類の術を使っていた筈。
つまり時間的に間に合わない筈なのだ。レベルアップの儀が成立する前にアスカの肉体は失われ、登録した教会へ死に戻りする……その筈なのに。
「長すぎないか?光の塵……」
「そう言えば確かに……」
ブレディの側で、二次変化を維持するロブスキーが大きく頷く。
失われし術の再現。異様に長い死に戻りの光。ホルスがそこに有る事の安心感。
三つの事柄が絡み合い、ブレディを初め帝国勇者達はその場に留まったまま、事態を見守っていた。
「……により、この者に成長をもたらし給え!!」
消え入りそうな光の塵の中。長い詠唱を続けていたレベルアップの儀が、遂に結びの言葉を迎える。
そして……。
周囲から淡い光が尾を引いてアスカに集まり、アスカが発光する。
「するのか……」
「こんな所でレベルアップが?」
「これは、戦い方が変わる……」
何度も見たレベルアップの様子に、帝国勇者達は不安と期待を確信と興味に変え、半歩アスカらに近づいた。
「旦那……」
不安そうに、気遣わしげにアスカを振り返るドローン。
その視線の先。集まった光はアスカに定着し、静かに光量を落とし、明滅した後……激しく発光して弾けた。
「……え?」
ドローンの目が見開かれると同時にホルスの鋭い声が飛ぶ。
「離れろ!」
光はアスカへの収束と拡散を繰り返しながら、その範囲を拡大させてゆく。
「重レベルアップだ!離れないと取り込まれるぞ!」
「な!」
「う、うわああ」
「兎に角距離を!」
ホルスの号令一下整然とは言えぬものの、帝国勇者達は離脱を開始。距離を取ったホルスに、紙束と筆を持ったブレディが近付き、伺いを立てる。
「ホルス様。重レベルアップとは如何な物でしょうか」
険しい視線をアスカに向けたまま、ホルスはブレディの問に答える。
「経験を溜め込みすぎた状態でレベルアップすると、各体の成長に伴う再構成が短時間内に繰り返され、再構成に必要な物を周囲から強引に取り込む」
「強引に……ですか……」
「オレの時は教会が一つ……海綿の如くスカスカになって崩れ落ち、教会の者も姿を消した。その者達がオレの中に……居るかは分からんが、行方は不明のままだ」
「そんな事が……。 そっ! それで我らは、こまめにレベルアップしろとしつこい程に言われるのですか!」
ホルスは言葉にしては何も発しなかったが、組んだ腕を解き右手を左胸に当て、自分の中に取り込まれたかも知れない命を悼んだ。
幾度となく収束拡散する光の半球内に有るドローンとミズリは、発光を繰り返すアスカに手を当てて祈るように見守っている。だが彼らは外側から見える異様な光景を自覚しているだろうか。
収束する光が触れた物は、樹木だろうが地面だろうが、指大にヘックス型の穴が空き海綿のようにスカスカになってしまう。
事実、足元の地面はえぐれ、近くの樹木は自重を支えきれずに倒れ始めている。
だが……。
「仲間を取り込む事を拒んでいる……?」
だがアスカのそばで祈るミズリやドローンとその胸で未だ目を覚まさないミアに空いた穴は、再び光が膨張した時に元の位置より一旦外側にまで六角の棒状に飛び出し、またアスカ側へと引き寄せられるピストン運動を繰り返し海綿の如きスカスカにならずにいる。
ブレディにはその様子はまるで、仲間を取り込んでしまう事を懸命に拒否しているかの様に見えた。
それ程注意深く観察するブレディだが、ドローンの胸で眠るミアが鼓動のリズムで収縮と拡散を繰り返す光に反応する様に、まぶたの奥の眼球が微かに動き始めた事までは気付かない。
「何度レベルアップを……どれだけ溜め込んだら……」
言い掛けたホルスが、はっと息を呑んでアスカから少し離れた地点を睨む。
「ホルス様……。どうかしま……」
ホルスは右手を上げてブレディの言葉を制し、視線を更に険しくした。
その視線の先にあるのは直径30センチ程度の水溜り。
一見何の変哲もない水溜りに見えたソレは、しかし良く見ると表面に不自然な波紋が幾度となく生まれている。
ホルスが腹に響く声で怒鳴る。
「何奴か! 姿を見せろ!」
水溜りの水面は静かに森の枝を映し、波紋も無い。
「素直には出てこぬか。ならば……法は精、技は雷、天罰の雷!」
ホルスの唱えた法術は、頭上に極小の暗雲を生み出し、そこから水溜りへと狙いすました一条の落雷を降らせた。
落雷が地面を焦がし、水蒸気が立ち上る。そして小さな水溜り周辺の広い範囲で、帯電した電気がバチバチと蛇の様にのたうち走ったその時。
水面から胴回りは1メートル、全長は10メートルはあろうかと思われる蒼い水竜と、体長3メートル程の後ろ左脚が木で義足化された熊が現れた。
「「「なにいいいい!!」」」
度重なる現実離れした光景に、帝国勇者の小隊はパニック状態だった。
隊列など組みようも無く、本能に従って自分の生命を守る行動を取り、各々散らばって身を隠す。
『近づき過ぎじゃ』
『だって……アレ多分ズーの弟子よ。何が起こってるか見なきゃ……』
義足の熊と蒼い水竜の会話は彼らの言語で交わされ、ホルスらには意味不明だった。
「でかいな。狭間への隠術といい何者だ。言葉を理解する程度の知能はありそうだが?」
小さな水面から二体もの魔獣が現れても、落ち着きを失わないホルス。
その後方では、反射的に距離を取ったブレディとロブスキーが警戒も顕に武器を構えている。
義足の熊は少し下がると木の根に腰を下ろし、愉快そうに蒼い水竜を見た。
視線を受けた水竜。
「アタイは……四天王。勇者を屠る者だ」
蒼い水竜は、聞き取りやすいハッキリとした人語で、周囲にそう告げた。
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