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勇者系チューバー・今日も異世界生配信!  作者: クバ
第二章 WORLD
59/69

59 欲望体

 アスカの意外な一言に、周囲に群がりつつあった帝国勇者の小隊員はその足を止め、誰からとなく後ずさり始める。


 ややうなだれ、顔に掛かる金髪で見えなかったアスカの表情が、顎を上げる仕草で顕になる。


 ギラギラと見開かれた目。鋭く切り上がった口角。恍惚と上気した頬。その顔は何かに取り憑かれたかのような表情だった。


「さっ……下がれ!」

「距離を取って……隊長!」


 アスカの正面側に居た者から順に、逃げるように距離を取り、大盾を構える味方の後ろに回り込む。

 アスカがぐるりと一回りして周囲を見渡すと、帝国勇者の小隊は大盾の列を作って一箇所に集まっていた。そう……ヒュドラと対峙していた時と同じように。


「旦那!? 次って冗談でやんすよね? もう戦いは終わったでやんすよ」


 冗談めかしとも説得とも取れる、やや曖昧な声色で問いかけるドローンに、アスカはギラついた目を向けて言い放つ。


「俺にもっと戦いを! 俺つええを! それでチャンネル登録もイイネも倍増だ!」


「どうしたんじゃアスカちゃん……」


「……敵対……そう捉えていいのだな?」


「お、おい! アレは正気を保っているのか!? まさか飲まれたのか……力に!」


「待って欲しいでやんす! あんなの初めてでやんすよ!」


 こちらの四名も互いに隙を消しながら、ごく自然に距離を取る。


「驚異が失われれば本来の対立構造に戻る。まあ分からない話じゃないが……」


 ミズリとドローンから距離をとって、小隊へと合流して行くブレディとロブスキー。だが残された二名はどうすれば良いのかの判断が付かない。


 パーティの意思共有効果により、ミズリ、ドローン両名にアスカの感情が流れ込んでいる。

 二名は一瞬だけ視線を交差させ、図らずとも口を揃えた。


「「欲望が……こんなに……」」


 今アスカの中に渦巻くのは原始的な感情である「欲望」。理性や常識といった制御機構を振り払った純粋な剥き出しの感情は、生物の根幹でもある闘争本能と絡み合い、嬉々として交戦を求めていた。


 淡い黄色の輪郭を持つアストラル体は感情体とも呼ばれ、欲望に従順なエネルギー体でもある。より上位の精神体による規律や自制を学ばなければ、俗にいう「欲に飲まれる」状態に陥りやすい。


 かつてアスカがアストラル体になって大森林から王都まで瞬間移動し、その後も王都でアストラル体で活動した際に欲望に飲まれなかったのは、師匠である四天王ズーによって肉体を完全に破壊され尚且教会が破壊されて復活が始まらないという特殊な条件が起因していた。

 肉体を介してのラドエナジーエーテルの補給が遮断されたガス欠状態が、アストラル体の過剰な活動を無自覚に抑制していたのだが、今回の肉体を保ちエーテルを大地から吸い上げ続ける状態が「飲まれる」原因となっている事を、アストラル体を制御する術を持たないミズリ、ドローンの両名は知らない。


 肉体を保ちながらアストラル体を制御する状態を生霊と呼ぶ事もあるが、生霊や呪いが非常に強力でかつ使用者にも害があるのは供給され続けるエネルギーが要因であり、逆説的に肉体を持たずエーテル体とアストラル体のみの存在である幽霊は自らを構成するエーテル体を消費して事象を起こす為、事象を継続する事が難しく、またエーテル体にエネルギーを補充するためにエネルギーの溜まりやすい条件の似た場所に集まる傾向がある。


「ミズリさん! 旦那を正気に戻す方法を教えて欲しいでやんす」


「見当も付かんが、まず触れてみてエーテルがどう動いておるか……じゃな」


 ドローンにそう答えながらも、ミズリは歴戦の古豪らしく帝国勇者達とどう対峙するかも検討していた。


「あやつはワシが抑えねばなるまいな……」


 ミズリの視線の先にいるのは拳を突き合わせるロブスキー。彼もまたミズリに鋭い視線を送り自分こそが相手として相応しいと考えている。そんな顔つきだった。

 ドローンの素早さは小隊を翻弄するに十分だが、隊員が個々に一時変化以上の肉体変化を使用して来た場合、どれ程の戦力と特徴を有するか想像が付かない。そしてアスカの欲望が満たされる事があるのか、あるとすれはそれはいつなのか? 戦いの推移を予想するのは容易では無かった。


「旦那が欲に飲まれてるっぽいでやんす。この先帝国との戦いになっちまうのか予断を許さない状況でやんすが、続きは次の動画で! でやんす! チャンネル登録とイイネボタン、通知マークもポッチとするでやんすよー!」


 ドローンが動画を区切りやすいようにセリフを入れている。そのセリフを聞いてミズリは苦い感情を抱いた。


 王国と帝国との長い敵対の歴史。魔王領反攻作戦はその中で生まれたささやかな不戦の時。ほんの数年であっても数百年の戦争に勝る事に違いは無い。

 だが今、この場所での判断が、魔王領反攻作戦の為に交わされた休戦協定を破棄してしまう事になるのでは無いか。ミズリはそう考え、ミアが健常なら転移でどこぞに逃げられたのにと、ドローンの胸で物と化したミアを見る。


 不確定な要素をかき集め、懸命に先を予想しようと試みるミズリだったが、その行為自体をあざ笑うかの様な出来事が起こる。




 帝国最強と呼ばれる勇者。


 ホルスの参戦である。


読んで頂きありがとうございます。

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