56 制御
「よし。もういいじゃろう」
企画会議と並行して行われていたドローンへの治癒が終了し、ミズリが傷のあった所から手を離す。
「隊長さん。ついでにもう一つお願いがあるんだよねー」
人懐っこい笑顔でアスカはブレディを見、見られたブレディはちょっと嫌そうな顔をする。
「その大剣を貸して欲しいんだよね」
「駄目だ」
ブレディの返答は、簡潔でそっけなく取り付く島もない。
「王国ではどうか知らんが、帝国では我ら異世界の者は軍人だ。そして王国の者への武器供与は軍規に反する」
反攻作戦が発動されれば、賢者間で協議された戦時特別法が施行されるだろうが……とブレディは付け加え、背中に背負った大剣を隠すように半歩退いた。
「ケチくさいのぅ。……そうなるどアスカよ。あの爪が必要じゃ。一次変化で発露したあの爪がの」
ミズリに見つめられたアスカは口を一文字に結んだ後、ドローンに声を掛けた。
「ドローン。時間稼ぎを頼む」
「了解でやんす!」
ドローンはソニーくんをアスカに返して、アプチャーの連続発光から立ち直りつつあるヒュドラへと向かった。
ソニーくんを置いていったと言う事は、撮れる映像を気にせずに戦うという意思表示。つまりは有利な地中からよりセイフティに時間を稼ぐというドローンの戦術の現れでもあった。
まぶたを半分閉じ、腹を一杯に膨らませて空気を取り込んだアスカは、細く細く……長く長く……ゆっくりと息を吐き出す。
その様子を怪訝な顔で見るブレディだったが、思い出したように額に指を当てて部下にヒュドラから距離を取るように伝える。
最も近くに居たロブスキー。変化を解除して人の姿に戻り、脱いだ鎧まで着直した彼が、低い姿勢でブレディに駆け寄り、耳打ちする。
「一次変化までの時間稼ぎを従魔がって、どういう意味ですか? あの白いヤツはまだ30前半でしょう?」
「ああ、眼鏡が狂ってなければ、一次変化など制御できるレベルじゃない」
アスカのレベルを最初に確認してから捕縛したブレディ。あの眼鏡は勇者のおおよそのレベルを色で判別できる道具だが、あの時の色からするにアスカのレベルはロブスキーの言う通り30前半。個体差で変化の発露はあったとしても到底制御出来るとは思えない。
帝国では一次変化制御可能な目安は40から50と言われている。
集中するアスカにミズリが静かに語りかける。
「勇者の変化とは魂の持つ本来の形への回帰のはずじゃ。つまり答えはお主の魂の中にある。教わるでも会得するでもない、思い出すんじゃ」
「魂の中……思い出す……」
アスカは霊体の時の情景を思い出す。
大賢者アキニーの部屋で霊体のチャンネルを意識したあの時。部屋にあった鉢植えの持つ巨木のオーラを。
「本来の姿……」
苗木が成木へと成長するのは、本来の姿を取り戻す行為……。なら俺の本来の姿は……。
協会の死に戻り機能が復旧し、マッシーの協会で復活した直後の右腕の変化……あの時も右腕にはアストラル体の形作る爪のオーラが先んじてあった。
「世界を巡るラドエナジーを取り込み……体内のエーテルと螺旋に撹拌……」
師匠ズーの言葉が思い出され、アスカの脚から吸い上げられるエーテル量が増加し、体内のエーテル密度が急上昇する。
へその下。丹田と呼ばれる場所にあるエーテル器官が処理能力を一段階引き上げ、更に圧縮されたエナジーがエーテル体の内側にあるアストラル体へとそのエナジーを供給し始める。
丹田から滲み出た淡い黄色い光が脊椎を登って神経網に行き渡る。すると心臓の鼓動に呼応するように脈打つ光は右腕へと侵食。その淡い光の形は肥大した右腕と巨大な五本の爪を形作った。
「……これか!」
カッ! とアスカが目を見開くと同時に右手は蒸気を発し、一瞬周囲の者の視界を奪う。
自らの熱で上へと昇っていく蒸気。その切れ間からみえるのは、禍々しさすら覚えるゴツゴツした大きな右腕と、不思議な光を反射する長く鋭い五本の爪。そして達成感に紅潮したアスカの顔だった。
『またせたなドローン!』
「おお!? 霊体の時のように旦那を感じるでやんす!」
「これが……わしも……わしも感じるぞ!」
まっしぐらにアスカの元に戻ったドローンは、まかせるでやんすとばかりに親指を立て、ソニーくんを再び預かる。
「それも預かるでやんす」
そう言ったドローンはミズリの背から、既に物扱いのミアを預かりソニーくんに被らないように抱える。
『撮影とミアよろしく』
「じゃあ皆さん! アスカのヒュドラ討伐スタートです!」
「スタートじゃ!」
そう言ってアスカはキラーンと歯を光らせ、ミズリはむきっと上腕二頭筋を盛り上げると、連れ立って茂みから飛び出してゆく。
「さあ! 遂に旦那が一次変化の爪で実戦でやんす! 果たして爪はヒュドラの胴体に通るのか? そしてミズリさんの考えとは!」
茂みから伸び上がってソニーくんを伸ばし、二人の行方を追いながらナレーションを入れるドローン。
そしてその様子を不思議そうに見つめるブレディとロブスキー。
「その……お前は手伝わなくて……」
「シッ!」
「「あ、すまん」」
ドローンのあまりに鋭い「静かにしろ」の合図に、二人は思わず謝ってしまい互いに顔を見合わせるのだった。
「アスカよ! わしはお主のように心に語る事は出来んようじゃ。じゃが周囲の雑音に関係なくお主の声ははっきりと感じる。これはアストラル体の能力なのか?」
『多分そうかと。ちょっと気持ちが弾んでてやりすぎるかも知れない。フォローお願いします』
「お任せあれじゃ!まず麻痺ブレスの対策をする。正確な爪捌きを期待しちょるぞ」
アスカはキラーンと歯を光らせ、バカデカイ右親指の爪を立てた。
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