55 不足
有利な地中から出てきた理由はヒュドラには分からなかったが、状況はヒュドラへと傾いた。
好機と捉えたヒュドラは、再び地中に潜られる前にと首を多角的に動かしながらドローンに迫る。その首の数は六本だが、中央の二本の首はそれぞれが半分に水ぶくれを残したような不完全な物だった。
「増えた首も形はおかしいでやんすが、動いてるでやんすね。てっきりくっついて元通りかと思ってたんで、これは意外な結果でやんす」
首元のソニーくんに語りかけるドローンは、迫るヒュドラがドアップになるまで引きつけてから回避し、周囲を回る。
「斬った脚は生えやんした。裂いた首は増えて半端に戻ってるでやんす。では……」
素早くヒュドラの後方に回り込んだドローンは、背中の刃を立てると、踏み潰そうと上げられた脚元に潜り込む。
「これはどうなるんで?」
ドローンは二度切断した左後ろ足を、今度は真下から縦に切り裂いた。
脚を体の付け根まで真っ二つにされた脚は、それでも体を支えようと踏ん張り、断面から血をほとばしらせる。
よろめきながらも、ドローンの居た場所居た場所を攻撃していたヒュドラが、姿勢を安定させる。
「御覧くださいでやんす。裂かれた脚が不完全に修復して五本脚になったでやんす。でも……ぎこちないでやんすね。脚を全部裂いて八本脚の蜘蛛みたいにするでやんす! どうなるか楽しみでやんすね!」
ドローンは常に動き回り、攻撃範囲すれすれを出入りし、今度は木の枝を使って上方から後ろ左足を真っ二つに裂いた。
「ではヒュドラの驚異的な再生能力をご覧頂くでやんす」
そう言って裂いた脚に再度迫ったドローンだが、迎撃する三本の首がぶつかり合って互いの軌道が狂う。それがドローンの予想を狂わせる。
「こ、こんな……」
頭が感覚器官でしかないヒュドラは、ドローンの背の刃が頭を内側から貫くのもお構いなしにドローンに喰らいつき、遂に三つの頭の牙で両前足と胴体を拘束した。
「ぬかったでやんす!」
翼はうまく動かず、身を捩って後ろ足の爪を振り回すも、ヒュドラの頭には届かない。
半分がただれたように再生した頭が、防具のないドローンの短い尻尾に喰らいつきドローンの赤い血を泥の地面に散らす。
痛みにドローンの頭が上がり、首のソニーくんが光る。
そのソニーくんの光の中。
ソニーくんに映る人影。
「アプチャー!」
その掛け声でドローンを囲うように細い光が弧を描き、次いで細い光の両側に麦穂の様に光の球が弾ける。
光に驚いたヒュドラの全ての頭が叫び、ドローンが宙に放り出される。
地面に落ちる寸前のドローン。
「ぎゃ!」
ドローンの落下を気休め程度に和らげる小さなクッション的な物を、ドローンは脇腹に感じた。
「旦那!!」
「ぶ……無事かドローン……」
「増えた部位が制御しきれてないみたいでやられたでやんす。でも鼻血出してる旦那より、よっぽど大丈夫でやんすよ!」
自分の下敷きになった、イケメン台無しの鼻血顔のアスカを気遣わしげに抱えあげると、ヒュドラから一旦距離を取って木の陰でアスカ起こす。
「格好いい装備だな。戦いはどんな感じだ?」
「脚や首はこの刃で切れるんでやんすが、胴体を切るにはあっしの力が足りないでやんす」
そう言いながらドローンはソニーくんを指差してからくるくると回した。
それを見たアスカが、ハッとして口を抑えて鼻血を拭う。
「ヒュドラって硬いんだねー。帝国の勇者は溜め攻撃で斬ってたよー」
「向こうは終わったんでやんすね。毒の霧はどうするんでやんす?」
「成分とか分からないし無効化とか出来ないから、逆に感覚を強化して痛覚に感じるようにしたよ。それなら痛みを感じたら距離を取れば神経をやられずに済むからねー」
「おお! なるほどでやんす!」
「ただ……その分、痛さ倍増だよねー」
喜色に溢れたドローンの顔は、一瞬で「うわあ」と憐れむような顔になった。
「あ、あと旦那の光精。付いてきてたんでやんすか?」
「精にとっての距離って俺達の距離とは違うのかもねー」
「あの井戸のある庭を照らした光精か?」
声の主であるミズリは、ドローンとアスカを素早く診察し、傷口を洗って治療を施している。因みにその背中ではミアが未だ寝ている。
「旦那……」
「どうした?」
ミズリを加えたアスカパーティに、ドローンが神妙な顔で相談を持ちかける。
「残念なんでやんすが……」
パーティが固唾を飲んでドローンの言葉を待つ。
「……撮れ高が足りないかと……」
ドローンが言うには、ヒュドラと帝国勇者の戦闘は決着シーンが撮れておらず、ドローンとの戦闘は大半が霧と土の中だそうで、このままではイイネは厳しいのではとの事だった。
「……つまり派手な絵が欲しいと」
「さいでやんす」
湿った森にヒュドラの咆哮が響く。
「ここに居たか。良く単独で時間を稼いでくれた」
ミズリを追ってきたブレディが、ドローンの労をねぎらい「王国の従魔は強力だな」と付け加えた。
「隊長さん。お願いがあるんだよねー」
「なんだ?」
「アレ。俺達にまかせて欲しいんだよね」
「たった二人と一匹でやれると言うのか」
「撮れ高が必要なんじゃ」
「……え?」
「駄目ならその時はお主らで討伐すればいいじゃろ。さっきの要領でさくっと」
「サクット?……トレダカ?」
意味の分からないブレディは、大きく首を傾げた後「いいだろう」と願いを聞き入れたが、懸念を伝えた。
「だが、お前達だけではブレスを防ぐ手立てが無いだろう」
「それはワシに考えがある」
それからアスカ、ドローン、ミズリの三名は額を合わせて「いいな」やら「それより」やら、会議を始めた。
「作戦会議……なのか……?」
「いえ。企画会議です」
アスカは笑顔で答え、一際眩しいキラーンを見せた。
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