54 装着
「こ……これは駄目でやんす……」
アスカらが対峙しているヒュドラから引き離すように、ヒュドラを誘導しながら戦うドローンは悔しそうに声を漏らした。
何故か敵対する、小型で見たこともない魔獣に警戒したのか、ヒュドラはブレスを連発して辺り一帯を麻痺毒の粉で満たした。
麻痺が効けば幸い、効かなくとも煙幕のように視界を邪魔すれば十個の目と耳で全方位を索敵出来る自分の方が絶対的に有利だとヒュドラは確信していたかも知れない。
だが敵はヒュドラを中心に周りを移動し、時折攻撃範囲に入るものの、喰い付こうと伸ばした首を牙を尽く回避している。
ヒュドラは目の前の魔獣が超音波という探知器官を使って、完全に視界が失われた状態でも周囲を把握出来るとは思いもしない。
だが、優位な筈のドローンは、悔しそうな声を漏らしている。それは……。
「駄目でやんす! この霧じゃ全然映らないでやんす!」
と、いう理由からだった。
こんな事なら、ソニーくんをアスカに預けて来るんだったと後悔するドローンに、難敵ヒュドラに立ち向かう緊張は無い。
さっき迄の実況解説のお陰で、ヒュドラの攻撃範囲や予備動作、動きのパターンなどは頭に入っており、本来ずば抜けた環境認識能力を持つヒュドラが、毒霧で自らの能力を制限した事で積極的な攻撃も少ない。
濃い毒霧の中、ヒュドラはじりじりと仲間の方へと移動を開始し、撹乱だけでは足止めにならないと感じたドローンは決断する。
「撮れ高はないでやんすが、旦那の邪魔はさせないでやんすよ」
ソニーくんを背負ったポーチに仕舞うと、ドローンは体にエーテルを漲らせ、馬車程の大きさとなる戦闘体型「アースバット」へと変化する。更にドローンは大型化した事によって移動した首から下るポーチに手を突っ込んだ。
「試させて貰うでやんす」
ヒュドラは喉を鳴らして警戒感を顕にした。
見たことのない魔獣なだけではない。白い毒霧の向こう。エーテルが膨れ上がったのを感じたのだ。
毒が効かず視界不良の状態でも優位に立てないなら、毒霧は索敵の邪魔でしかない。そう感じたヒュドラは風精にエーテルを与え、周囲の毒霧を吹き払い始めた。
ヒュドラを中心に2メートル5メートルと視界が広がってゆく。濃密な毒霧が渦を巻いて押しのけられる様子は、まるで中心部から見た台風のようだ。
前方を警戒するヒュドラがガクンとバランスを崩し、地面に付いた腹で泥が跳ねる。
何事かと振り返った一本の首は、自らの左後ろ足が切断されているのを発見する。
遅れて訪れた痛みにヒュドラは咆哮を上げ、周囲を睨みつけるも加害者の姿は無い。
激痛で一旦切れた風精の制御を再開し、雲はその中心を再度押し広げ始め、切断された後ろ足はモコモコと盛り上がった切断面から再生を始める。
円を描く様に後退しながら、周囲を警戒するヒュドラ。
そしてまさかの事が起こる。
ヒュドラは再びバランスを崩して地面に腹を付け、再生されたばかりの脚が再び切断されているのを見た。
激痛か激怒か、ヒュドラは目を赤く血走らせて咆哮し、突進して手当り次第に周囲の木々をなぎ倒すと、茂みの一角を十の目で睨みつけた。
その視線の先。
「はーい! アスカチャンネルでやんす! 今回はあっしドローンが送る特別編。主観映像でヒュドラ退治してみたー! でやんす」
そんな言葉と共に、ヒュドラの睨む茂みから、自然界に存在しない物を身にまとったモグラとコウモリの特徴を持つ魔獣が現れた。
動きの妨げにならない様に配された、銀色に輝く金属製の部分鎧はエーテルによって体表面に吸着し、両手の爪は同様の金属で延長されている。
両肩の中心に当たる背中部分には、空気を歪める淡い光を発する不思議な金属で作られた剣状の武器が背中側に向けて畳まれていた。
そして首元を覆う装甲に光る水晶。それは紛れもなくソニーくんだった。
「あっしの姿は見えないでやんすが、みんなには迫力の主観映像で帝国領で猛威を振るう魔獣ヒュドラの退治を見てもらうでやんすよ! カメラ揺れで酔う人は、表示画面を小さくするといいでやんすよ」
ヒュドラは、自然界に無い物を身に纏い、一人で何かを話すモグラとコウモリの特徴を持つ魔獣を十の目で詳細に観察すると、後ろ足が生えると同時に襲いかかった。
中央の首が直線的にドローンに襲いかかり、左右の首が回避を待ち構えている。
ドローンに迫るヒュドラの頭。回避の様子を見せないドローンに、ヒュドラは寸前で口を開き牙を光らせる。
その時。背中前部から後部へと切っ先を向けていた背中の剣が、鎧との球状の接合部を軸に45度程刃を起こす。
ドローンはヒュドラの攻撃を回避すること無く、刃を光らせて頭の下へと踏み込む。
視界にドローンを捉えながらの攻撃を試みた中央の首は、右に傾けた頭の下側の頬に刃を受けると、ドローンの突進に伴って首元まで真っ二つに裂かれ、その突進はヒュドラの胸元で止まる。
「ぐ……胴体は質が違うでやんすか」
ヒュドラ正面で動きを止めたドローンに、左右から交互に襲いかかるヒュドラの首。
だがドローンは背中の剣を素早く収めると、穴を掘って地中に逃れた。
その穴の中からくぐもった声が聞こえてくる。
『ただいま画面が真っ暗でやんすが、機器の故障じゃないでやんす。そのまま少々お待ち下さいでやんす』
穴の上で地団駄を踏んでドローンを踏み潰そうとするヒュドラだったが、ドローンの声は地中から漏れ聞こえてくる。
『同じ箇所を切断した時は同じ速さで再生しやしたが、ほぼ半分に割った場合はどうなるんでやんしょね? 首が六本になっちまうんでやんしょうか! ただいま音声だけでお送りしてるでやんすー』
地中には居るがずっと一人で話しているドローンは、自分の位置を隠せていない。だが、ヒュドラには地中の敵に対する有効な攻撃手段が無かった。地面から踏みつけて、苦し紛れに飛び出してくるのを待つだけた。このまま地中から攻撃されるのかと考えたヒュドラの予想を覆し、ドローンは絶対的に有利な地中から這い出してヒュドラを正面に見据えた。
「おや? 二つに裂いた首は不完全な形で再生してるでやんすね。さあ! 主観映像でヒュドラ討伐してみた! 続けるでやんすよ!」
読んで頂きありがとうございます。




