50 首
アスカ、ドローン、ミズリの三名が苔生した倒木から頭だけを出して、帝国勇者の戦いぶりを見つめる。
その様子はヒュドラ側からみれば、倒木に並べられた3つの首に見えたかも知れない。そしてその予兆はヒュドラにとっては不吉なものだった。
眼下の小さな敵たちは、六つの盾で列を作って距離を保ち、嫌なタイミングで剣を繰り出してくる。
盾を持つ者を押し倒しても、追撃を阻む様に左右の盾が扉を閉ざし、すかさず矢が飛んでくる。
苛立ちを表すように二つの頭が黒目だけの目を細めて威嚇の咆哮を上げ、一本の首が小刻みに震えながら天を仰ぐ。
「警戒! アセンボウ!」
「「は!」」
天を仰いだ頭が振り下ろされると同時に、その太い首の喉は根本から順に膨れ上がり、その太さを倍にまで膨張させる。
そして竜にも似たその口から白いブレスが小隊に向けて吐き出される。
周囲は白い粉煙に覆われ、視界は極端に悪くなったが、金属をこすり合わせるあの不快な音はしなくなった。
ヒュドラは白い粉に覆われて石像の如く動かなくなった小さな敵を想像し、「フン」と鼻をならして口角を上げると、警戒を解いて頭の位置を高くした。
次の瞬間。
正面から強烈な風が吹き付けて白い粉煙をヒュドラ後方へと飛ばし、一気に視界が開ける。
そこに見えたのは「小さな壁」だった。
転がっている筈の敵の姿がなく、眼前にあるのは盾を横三枚縦二段に隙間なく組んで作られた盾の壁だった。
想像と異なる景色に、それぞれ小首をかしげる五つの首。
その瞬間。盾の壁が割れ、中央から大剣を肩に担いだ敵が躍り出る。
大剣を肩から外し、コマのように回転しながら距離を詰める敵は、一歩ごとに回転を早め、重そうな大剣の先に遠心力を加え、最後の一歩で一気にヒュドラの懐へ飛び込んで大剣を振り抜いた。
肩に近い首元に激痛が走り、視界の一部が失われ、次いで自らの首がぬかるむ地面でのたうつ様子を見たヒュドラは、首を斬られた事を悟る。
激痛に体が捩れ、首と尻尾が本能的にバランスを取る。
首を斬り飛ばした敵は、最初から追撃する気が無かったかの様にその一瞬でヒュドラから離れ、再び大剣を肩に担いだ。
ヒュドラがその大剣使いに向き直ろうとした瞬間。小さな壁の脇から火球が飛ぶ。
小さいが熱量の高い火球。ヒュドラは首をめぐらせて頭への直撃を避けたが、敵の狙いが頭では無かった事を知る。
頭と首をすり抜けた火球は、肉が蠢き盛り上がる首切断面に着弾し、そこに粘着して激しくそしてしつこく切断面を焼いた。
ヒュドラは苦痛の咆哮を上げて、炎を上げる切断面に他の首をこすりつけるが火は消えない。
白いブレスを自らの首跡に吐く事でようやく火は消えたが、切断面は黒く炭化し、弱々しく脈打つだけ。
憤怒の顔で咆哮を上げたヒュドラは、眼下の小さな敵が最初から自分を倒す為に現れたのだと理解した。
「切断面……再生せず!」
「「よおおおおおし!」」
ヒュドラと対峙する帝国勇者の小隊は、対象的に活気に包まれた。
盾の壁を再び一列に戻してその影にブレディを隠したロブスキーは、頬を膨らませて安堵の息を吹くブレディを視界の隅に収めて感嘆する。
ここまでは完璧だ。想定し訓練した事が全てキッチリ嵌っている。
訓練当初意味不明だった、竿の先に煙木を入れた籠を吊るして隊列を作る訓練や、特別にあつらえた四辺に溝のある大盾で壁を組む訓練。それらが全て効果を発揮しブレディの仮説の正しさを証明している。
気が付くとメモを取ってばかりいる妙な男が、提案書を出し評価され、試験小隊の隊長になり、皇帝直属の対魔団団長にまでなり仰せた一部始終をロブスキーは知っている。
そしてブレディがどこまで成り上がるのか、それを最も近い場所で見届けようと、ロブスキーは誓いを新たにした。
「今の一連の攻撃でやんすが、まず帝国勇者はどうやって石化のブレスを防いだんでやんしょ? 解説のミズリさん」
「ふむ。まずは驚いた。ヒュドラのブレスは石化の効果があると言われておったが、盾が石になっておらん所をみると実は違ったようじゃな」
「ブレスが粉状だった事や、風向きを常に意識した位置取りをみると……もしかしてだけど、ヒュドラのブレスって強力な麻痺系の粉を吹き付けてるのかなー?」
「つまり帝国勇者の小隊は、最初からブレスの詳細を知ってて訓練してたって事でやんすか? 解説のアスカさん」
「そう見えるよねー。それにしても凄い連携だよねー」
「あっしの実況が追いつかない程の素早い連携でやんしたね。ミズリさん、切断面を焼いたのはどういう狙いでやんすかね」
「ヒュドラはやたらと高い再生能力を持っておってな。刀傷や骨折はおろか、脚や尻尾を切り落としても生えてくると言われておるんじゃよ。その再生を傷口を焼く事で防いだんじゃろうか」
「なるほど。ありがとうございますミズリさん。再生能力の高い敵に応用できそうでやんすね」
ヒュドラと戦う小隊を背景に、画角の左にロープに巻かれたままのアスカ、右に同じくロープに巻かれたままのミズリの構図でソニーくんを構えるドローン。ドローンは縄抜けしていて、背景のヒュドラが動く都度画角を調整して左右に動いていた。
ブレディはもう少しリスクを取る方向へ作戦をシフトしようか悩んでいた。
一本目の首を落とすまでは完全に想定の範囲内だった。だが首を落とされ再生を阻まれたヒュドラは警戒を高め迂闊な攻撃を見せなくなった。闘争本能が萎んで逃走という選択が生まれる前に討伐してしまいたい。
そう悩むブレディに、枝上の弓兵から不安げな声が掛けられる。
「小隊長。ちょっと様子が……」
「どうした」
短く視線を送ったブレディは、見張り役の弓兵がヒュドラとは別の方向を見ている事に気付く。
別の魔獣を引き寄せてしまったか。そう危惧したブレディだったが、そうではなかった。
「捕虜どもがなんか……おしゃべりしてます」
「は?」
意外な報告に思わず首を伸ばして視線の先を追うブレディ。
視線の先には、ロープに巻かれたまま戦闘に背を向けて歓談する二人と、拘束から逃れたのに杖に付いた水晶を構えてやはり歓談する従魔の姿があった。
ヒュッ。
呆気に取られて棒立ちになった頭上を、ヒュドラの頭が掠め、ブレディは慌てて姿勢を低くする。
「奴らは何をしているんだ?」
「分かりませんが、逃げる様子はなさそうです。女は横になったままです」
ブレディは目頭を摘んで短く思案する。
「……逃げる素振りを見せたら脚を射抜け。周囲への警戒は怠るなよ」
「集中! 気を散らすな!」
やり取りが聞こえ、つい捕虜の方を見てしまった左右の弓兵と法術士は、ブレディの鋭い叱責に首を竦めて頭を振ってヒュドラへの集中を高める。
「引き続き実況ドローン、解説はアスカさんミズリさんのお二方で、帝国勇者の戦いをお送りするでやんすよー」
「新しいスタイルも楽しいねー」
「楽しいのぅ」
脇から聞こえるやけに緊張感の無いおしゃべりと、正面ヒュドラとの命を掛けた緊迫した戦い。
帝国勇者の小隊は、妙な角度から集中力を試されることとなった。
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