45 ハタム家
「お初にお目に掛かります。わたくしがハタム家当主ハタムです。この度はアキニー様直筆の親書を持ってのお越し。使いの者が大変驚いておりました」
柔らかく笑う壮年の男性は、頭に布を巻き顔の下半分を濃い髭で覆っていた。瞳と体格は小さめだが、所作や語り口はゆったりとした人物だった。
「突然の訪問になってしまって申し訳ない。儂はミズリ、こっちは専属導師のミア、こやつはドローンと言いましてな、勇者の従魔ですじゃ」
夜明け前の王城を足早に後にした、ミズリ、ドローン、ミアの3名は、その足で怪我人を見舞う事にした。
怪我が回復状態に入っていれば、ミズリの持つ「回復加速」の法術が良い方向に作用する。
手足の包帯が痛々しいミアは、重症では無いが回復状態に入っておらず、休息を勧められるも、大賢者や王女に会ったせいか高揚しており、随伴を希望した。
教会周辺の宿屋等に分散収容された怪我人を見舞う一行を喜ばせたのは、すっかり元気になった一人の少女。
ドローンがアスカの助力を得て瓦礫の下から助け出した、あの少女だった。
怖がる様子もなくドローンに抱きつく少女に、ミズリやミアの頬も緩む。
一方で一行をやや不快にさせたのは教会本部だった。
勇者蘇生に関わる術式を秘匿したいのかも知れないが、その警備は過剰かつ威圧的で、元神官長たるミズリが協力を申し出ても門前払いよろしく、冷たい拒絶しか返って来なかった。
物々しく教会直属の師団が周囲を固め、中心部に至っては理事以上の地位と資格を持つ者でなければ、近づく事も許されないように見えた。
そうして一行は屋台で軽い食事をして、王都を訪れたもう一つの理由であるドローンの装備調達へと、休む事なく足を動かしたのである。
野生の魔獣を調教使役するテイマー家系として王都に残るハタム家は、ブリーダー家系で繁殖から飼育調教を行うヤイ家と協力し、王国に騎獣や働獣を提供し主に軍などの公的移動手段を支えている。
高い塀で囲われたハタム家は武官区の外れにあり、外壁に専用の門を持つ特別な家だった。
植樹された背の低い樹木、造成された川と池、なだらかな丘や泥地、ゴツゴツした岩場。
そんな広大な庭を背にしたハタムに、一行は出迎えられたのだった。
ミズリは挨拶を交わし。ミアは高揚が潮のように引いたからか、疲れた身体でお腹が膨れたせいか、まぶたの重さに苦労している。そしてドローンは当主ハタムに丁寧なお辞儀をした。
「おお。これはご丁寧に。親書には武具の要望は当人に聞けと書かれていましたが、我々の言葉を?」
「もちろんでやんす。異世界の言葉なら五ヶ国語くらいは使えるでやんすよ」
「やや! こんなにハッキリと! 魔獣と人は声帯の構造が違うのでこんなに上手に発声する魔獣は珍しいですな! では採寸しながらお話を」
パンパン!
ハタムが二度手を打ち鳴らすと、弟子と思しき数名の人が奥から現れ、メジャーや黒板、重りの付いたバンドなどを運び込んでくる。
「では失礼。ほほほう。これは素晴らしい手触り。Aクラスもふもふで御座います。爪や牙は……おや? 体躯のサイズが変えられるタイプですか?」
しゃがみこんだハタムにもふもふされるドローンは、今までに無い対応に少し戸惑った。
今まではどこに行ってもまずは驚かれ、警戒されるのが常だったのが、このハタムと言う男はまるで犬や猫に触れる様にドローンに接してくる。
だが移動用の省エネモードではなく、戦闘モードとも呼べる本来のアースバットの姿を見た時、その反応はどうなるだろうか。
「じゃ大きくなるでやんすよ」
ドローンの言葉で周囲のエーテルの流れが変わり、僅かな蒸気と共にドローンは馬車程の大きさのアースバットへと姿を変えた。
黒い体毛に覆われた体。体に比して大きな手足と鋭い爪。前方に伸びた鼻の先には目に見えない程の細い髭が生え、側頭部から生えた耳は左右別々に自在に向きを変える。そして背中に生えた二対四枚の翼。
「「「お……おお……」」」
道具を運んでいた周囲の弟子達が、驚いて後ずさる。
(ま、そうなるでやんすね)
普段から魔獣に慣れ親しんでいるハタム家の者であっても、このサイズの魔獣と接する機会は少ないのだろう。ドローンは少しだけ寂しく思ったが、初めの洞窟から旅立って以来の反応からするに「かなりマシ」という感想を持った。
「すばらしぃぃいいいい! 失礼しますよおお」
そんな中、当主ハタムだけは別次元の反応をした。
「体毛は先に行くほど極細になっているのですね! これで防御力を維持しつつも最高のもふもふを両立ですか! 爪は収縮式なのですねふむふむ。その翼は大きさから察するに空気では無くエーテルを捉えて浮力を得ているのでは!? 翼肢の指もこんなに器用に! おお凄い! 俊敏さの塊の様な筋肉をしていますね!」
「うわ、うわ、うわ……」
ドローンの全身をまさに「まさぐる」と言うに相応しい勢いで撫で回すハタムに、ドローンが戸惑っている。
「このほそーーーい髭は地下で振動を感じる触覚となり、エコーロケーションする時は鼻にピタリと付けて寝せておくのですか! いや素晴らしい! おや? この歯は……雑食ですかね?」
ハタムの探究心は自制心の手綱を引きちぎり、大きなドローンの頭にしがみつくような格好で口を開き歯や舌の様子を観察する。
「おおお!? この咽頭と鼻葉は! 超音波を口から出す広短音波と、鼻から出す狭長音波の二種類使えるんじゃあないですか!??? すごいすごい!!」
「す……凄いのは旦那様でございますよ~。やりすぎるとまた嫌われますよ~」
「旦那様~戻ってきて下さいまし~」
我を忘れ、ドローンの口の中に頭を突っ込んでしまっているハタムに、弟子達が遠慮がちに声を掛ける。
その様子を見ていたミズリが腹を抱えて笑い出す。
「わっはっはっは! ドローンが困っておるのは初めて見るな。ハタム殿、お主のような好奇心の塊でできた者を儂も知っておるぞ! 使命やら宿命やらを吹き飛ばしてしまう程の好奇心の塊をな!」
ミズリの笑い声にハッとして我に帰ったハタムは、面目なさそうに首をすくめると、ドローンの首を優しく撫でた。
「はて? あのドローンとやら……どっかで見たような……」
ハタムの出した寸法を次々に黒板に書き込んで行く弟子達の中に、一人首をかしげて手を顎に当てドローンを見る者が居る。実は彼女、リタイアしてテイマーの門を叩いた召喚勇者だった。
極少数ではあるが、死を偽装し王国の監視を逃れ、彼女のようにリタイアして、鍛冶師、家具職人、農夫として暮らす者も居る。
彼女は何度かの挑戦で初めの洞窟まではパーティクリアしており、ダンジョンマスターたるアースバットと剣を交えたことがある。
だが……。
「ハタムさん! こそばゆいでやんす!」
「ドローン君、ここの採寸は絶対に必要だよ!」
「ミズリさん! 笑ってないで助けて欲しいでやんす!」
「必要だよ! 必要だよ!」
などと当主ハタムときゃっきゃうふふしている姿と、あの暗い洞窟に立ちふさがる恐怖は、彼女の中でどうしてもイメージが一致しなかった。
「しかし専属導師持ちとは……セト様以外私は知らないな。……いったいどんな勇者なのか」
採寸表を元に型紙を作りながら、元勇者は導師を見る。
そこには椅子に腰を下ろし、ウツラウツラと船を漕いでは、時折テーブルに頭突きする女の姿があった。
ゴン!
「いだっ!」
「「「だ?」」」
居眠りしてテーブルに頭をぶつけ、その拍子に出た変な声に、皆が注目する。
「……だ、だー、代金はどうなりますか?」
恥ずかしさを誤魔化すように、ミアは額を擦りながら唐突にハタムに尋ねる。
「城に求めよ、と親書に書かれてましたから、皆さんからは頂きませんよ」
獣魔の装備はなんと言ってもオーダーメイドの一点物である。遠慮なく要望を述べるドローンを見て、少しだけ金額が心配になったのかも知れないと、ハタムは優しく答えた。
「勇者の装備更新バックは発生しますか!? あたし専属になってしまったので、装備更新ボーナスの対象もアスカ一人だけなんです!」
「へ? いや、支払いが無いのだからバックも無いでしょ。それにドローン君は勇者じゃないが、そもそも対象なのかい?」
「……え……」
「……」
固まったミアは、瞬きを繰り返す。
「身体は起きても、頭はまだ起きておらなんだようじゃな」
ミズリが呆れたように言うと、ドローンとハタムは、何も無かったかのように打ち合わせを再開したのだった。
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