44 女王陛下と大賢者
二度も誘いを断られると思っていなかったセトが、石像のように固まっていると、廊下からメイド達の慌ただしい声がしてドアが乱暴に開かれた。
「アキニーよ。我が王都に賊が入ったそうではないか。なぜ余に報告が無いのだ!」
王国で大きな影響力を持ち、大賢者とまで呼ばれるアキニーの部屋に、ノックもなくずけずけと入り込み「我が王都」などと言える人物は唯一人。
濃い茶の肌にパーツの大きな目鼻、巻き貝の如く頭上にうず高く盛り上げた艶のある美しい黒髪、むっちりとした張りのある体を白いドレスに包んだ人物、それは……。
ビア王国女王アメンであった。
ミアが慌ててソファから腰を上げ、床に片膝を付いて頭を垂れる。
続いてミズリが、更にドローンがそれを見習う。
「陛下。こんな早朝にわざわざ玉体をお運び頂かなくても……」
アキニーだけが膝を付く事も、頭を垂れる事もなく、女王陛下に言葉を伸べる。
「正確な報告をと思い、渦中に居た者の証言を集めております。昼前には報告に上がれるかと」
「今すぐ報告……を……を!?」
執務室に入りながらアキニーと言葉を交わす女王アメンは、その視界に王城にある筈もない物を見て、目玉がこぼれる程に目を見開いた。
その視線の先に居たのは、拝謁の礼をするドローンだった。
「ま! 魔獣が捕縛もされずに!!どう言う事かアキニー! 我が城に魔獣を入れるなど……」
ドローンから後ずさりながら、アキニーに詰め寄る女王アメン。
面倒を察したミズリが、頭を垂れたまま口を開く。
「アキニー様。報告は以上でございます。民の治療も気掛かりですし、これにて失礼致します」
「そうだな。ご苦労だった。報奨を与える。下がって良い」
アキニーは「ナイスパス」と言わんばかりに、ミズリに小さくウインクして親書を持たせると、女王アメンの視界を遮る様にドローンとミア共々、背中を押すように部屋から追い出した。
バタン!
王女アメンの追求をも断ち切るべく、ドアは強く閉じられた。
「さっきの者達は、多数の怪我人を救出した功労者達で、魔獣も勇者の従魔だそうです」
「従魔じゃと? 召喚勇者にそんな事が出来るのか?」
「元の世界での能力が影響しているやも知れませぬ。それと今夜侵入した賊についてですが……」
アキニーは女王アメンの追求を上手く躱し、今女王がここに来た理由である今夜の賊の情報を順に伝え始めた。
アキニーの報告は事実のみを述べて実に淡々としていたが、王国最強の勇者セトが倒されたかも知れないと言う言葉と、本気で殲滅しに行ったアキニーが賊を取り逃がしたとの二点は、女王アメンに驚愕の表情をさせた。
「それと陛下。今夜の賊の強さから察するに、勇者達を魔王領に放つのは、第3段階の勇者の数を、当初予定の三割から六割にまで増やしてからにしようと思います」
女王アメンはソファに乱暴に腰を下ろし、肉付きの良い脚を組んだ。
「限度を越えた勇者は制御不能になると聞いたが、あまり成長させてから放っては魔王領で戦う内に限度を越えてしまうのでは無いのか?」
大賢者アキニーが、女王アメンの対面に腰を下し、細い脚を組む。
テーブルを四方から囲むもう一つの対面。
そこには霊体のセトとアスカが、互いに腕組みしてその位置に居た。
『初耳なんだよねー。セト様は知ってた?』
『……お前は気まずさへの感性が欠けているな。……限界突破は理論上だ。誰も突破した者はおらぬし、今の自我や記憶がどうなるのかも、異なる世界で本質を取り戻す事が、世界にどんな影響を及ぼすのか想像も付かぬ』
誘いを断った雑魚勇者より、断られた最強勇者が気まずそうな表情を浮かべている。
『世界が異物として排除するのか、はたまた異世界と通じて異なる世界を引き寄せてしまうのか』
『え? 異世界と繋がるってマズイの? ……ですか?』
『そもそもなぜ世界が隔てられていると思っている』
『マズイって事だよねー』
『シッ』
そこでセトは唇に指を立て、会話を中断した。
霊体で意思疎通する二人にとって、口を閉じるというジェチャー自体は無意味なものだったが。
「演習に出ている我が軍はいつ戻るのじゃ? 第3世代勇者で構成された最強の軍は」
「!……陛下!」
アキニーには珍しく、ひどく慌てた様子で女王アメンの口を押さえる。
「聖域以外では口にしてはなりませぬと、申した筈ですが」
煩わしげにアキニーの手を払ったアメンは、非難がましくアキニーを見上げる。
「誰が聞き耳を立てると言うのか。最も怪しいお前の情婦は死に戻り中なのだろう?」
「またその様な……」
方眉を上げて説明を求めるアスカの視線を受けたセト。
『なるほど。アメンの当たりが妙に強いのは、私をアキニーの情婦と思いアキニーを取られたとのヤキモチからだったのか』
アスカの眉の角度は変わらず、さらなる説明を求めていたが、それは後回しにされた。
禁書にもなっていない現在進行系の王国の秘密。
セトは時折こうして霊体となってアキニーの様子を探っていたが、アキニーは言動に慎重で一人の時は思案を口にする事もない。
アキニーが聖域と呼んだ恐らくはあの場所で、最高機密は相談されていたのかとセトは合点がいった。
『貴重な機会だぞ』
セトは王国の最高機密を盗み聞きする滅多に無い機会だと、アスカにも静かに耳を立てる事を促した。
アスカは眉の角度で「説明求む」を継続しつつも、首だけはうなずいて見せた。
「以前も申しましたように、セトは特別な勇者ではありますが、情婦なでどは決してありませぬ。優れすぎた男ゆえ何を考えているか分からず、だからこそ最も側に置いているのです」
『セト様……信用ないねー』
『力が無いよりマシだ』
女王アメンが、盛った髪を気にしながら口を開く。
「勇者共の先発が遅れれば、混乱の背後を突く予定の軍の出立も遅れるのだろう? 余り呑気にしていてハラ帝国が大戦果を上げる様なら、戦後社会での主導権が……」
「陛下。戦後社会よりまず魔獣とその王に勝つ事です。万全の準備をしているとは言え、史上かつて無い戦をしようとしているのですよ」
「第3世代勇者の軍と、極大組法術で勝てると申したではないか」
アキニーは苛立ちを抑えるように、一度深呼吸をした。
「負けが許されぬから、万全を期すのです。各国の賢者にも遅らせるよう指示は出します」
「この段階での遅延に、ハラ帝国が唯々諾々と従うか? 我こそが人社会の盟主なりと計画通りに先陣を……」
「ならば痛い目を見て貰えばよいのです。想定以上の魔獣の強さに進軍が鈍り、前線が混乱した時に、精強な我が王国が颯爽と駆けつけ敵前衛を粉砕する。それで良いではありませんか?」
「ふむ、ハラ帝国の坊やのくやしがる顔が見られるか」
『なんと視野の狭い。未だに人国家との力関係に拘るとは』
『セト様。第三世代って?』
『伝説の勇者アランと我らとでは、召喚の術式が大きく異る。故にアラン世代を第一世代、術式改変後の我らを第二世代と呼ぶのは知っていたが、第三世代とは……また大きく術式が改変されたと言うことか……しかし何処でいつの間に召喚を……』
予見水晶に惹かれて、偶然真実の一端を見たアスカ。
この世界に関わる事を良しとせず、元の世界に帰る方法を探るセト。
動画配信に全力投球のアスカと違って、セトは時間を掛けて王国の秘密を探ってきた。
人の歴史の嘘。召喚の術式。そして法術の源泉。
北の森地下の強大な障壁の中に入れた事で、セトは目的に必要な情報の核を得ることが出来た。
それでも尚、王国は闇の底を見せる事無く、計画は着々と進められていた。
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