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勇者系チューバー・今日も異世界生配信!  作者: クバ
第一章 PERSON
43/69

43 思い込み

 大賢者とも呼ばれる程の人物でも、考えの及ばない所がある。

 それは主に思い込みの影に隠れて、注意を引かない事が多い。

 

 今回で言えばアスカが王国に従うという思い込みだ。


 そうアキニーが思い込むには、それなりの研究結果があっての事だった。

 勇者の成長には大きく分けて4つの段階がある。


1.授肉体との同調

2.魂の持つ情報が肉体の一部を変化させる

3.変化を制御し全身へと波及させる

4.肉体と魂が共に本来の姿に変化する


 この段階を踏まえて勇者育成は行われ、1の段階で刷り込んだ倫理観は思考に一定の制限を掛ける事が実証されている。

 レベルアップによる高揚感と相まって、疑似成功体験として未熟な心に「戦って称賛を得る事」が快感として刻まれる。称賛を得る為には、称賛を与える者の利益となる行動が必要で、結果として自らを召喚した国家への忠誠を刷り込む事となる。


 2から3の段階で元居た世界の能力が具現化しはじめ、肉体変化・特殊能力が発露され、上限付近のこのレベルが勇者としての強さの最盛期とされている。


 問題があるのは第4の段階。


 上限に達したレベルは経験の吸収を拒むように召喚時点でデザインされているが、それでも尚戦い続けると微量の経験が澱のように貯まり、底が抜けると俗に言う「上限突破」に至る。

 上限突破した個は、肉体精神ともに魂が本来持つ姿へと回帰し、この世界の常識や刷り込まれた倫理観などの制限が効果を失う。つまり魂の価値観に従ってどのような行動を取るか不明で、制御不能に陥るとされおり、兵器としての勇者の価値は消失する。


 逆に言うと4の段階に至るまでは、召喚された勇者は刷り込まれた倫理感に囚われ、制御可能な兵器であることは既に実証済みであり、大賢者アキニーが思い込みの影側に気付かなかったのも致仕方なかったかも知れない。


 アスカの場合、稀な偶然が重なり、刷り込みが完成しなかった。


 まず第一に最も心が幼い肉体との同調期に不思議な水晶と出会い、図書館で禁書に触れた事により与えられた情報への不審が芽生え「戦って称賛を得る事」が快感として希薄になった。

 第二にソニーくんを介してチューブで異世界の価値観に触れ、国が用意した倫理感の刷り込みが十分な効果を発揮しなかった。

 そして第三に勇者を成長する兵器としか見ていない国は、勇者を管理する導師に対して、倫理を与えレベル上げを促進させる以上の事を望んでいなかったのである。




『あーあー。ミズリさーん聞こえるかなーおーい。兄貴いー……これもだめか』


 アスカは今しがた気付いた事がある。霊体である自分をぼんやりと包んでいる光の色である。


 感情のゆらぎで微かに色を変えるこのオーラ的な光は、集中すると色を変えられる事が解った。そこでアスカはチューブで見たラジオという通信機を思い出す。互いに同じ周波数であれば感応し、通話ができる機械だ。


 アスカはこのオーラの色を周波数に置き換えて、ミズリの感応出来る周波数を探せれば会話出来るのではないかと考えたのだ。


 自らのオーラの色を変える度に、その都度変わる視覚世界。


 ある時は生命を覆うオーラが大きく揺らぎ、ある時は鉢植えの植物のオーラが部屋を突き破って大樹のように空へ伸びている。自らは他者の視界に映らない存在でありながら、変化する視界を認識出来る。起こっている事の不思議を感じながら、アスカは集中してオーラの色を変えミズリに話し続ける。


 そして。


『この色が最もアキニーが感知出来ないアストラルカラーだ。……が、レベル30そこそこのアスカくんが、そこまでアストラルコントロール出来る理由はなんだ?』


 その思念は唐突に入っていた。


 驚きでぶれた周波数を、再度集中して戻し、アスカは天井の隅を見上げる。

 そこには、水面にうつ伏せ状態で半身を沈め、水中に向かって腕組みするかのように、天井から半身を生やした人影があった。


 銀の短髪に銀の瞳、鍛えられた黒い肉体と密着するように体を覆う黒い鎧……。


『セ……セト……様?』


 そこに居たのは王国最強と言われ、アルゴスの北の森侵入以後姿を見せなかった勇者セトの「霊体」だった。


『私は元居た世界が肉体を持たない精神世界だったから、二次変化を経てこうしてアストラル体をコントロールしている訳だが……。アスカくん。君はまだ一次変化もしてないよな』


 普段は柔和な、兄のような父のような寛大さを感じさせるセトの視線が、突き刺すような鋭さを見せる。


『アスカくん。こうして話すのは図書館以来だな』


 視線の鋭さと温度差のある柔らかい口調。


 大賢者アキニーの執務室で、認識と非認識を立体交差させた会話が交わされる。




 肉体を持ちソファーに腰を下ろす者達は、アキニーが主導権を握って四天王・アルゴス・アスカの情報をやりとりしている。

 その中で思い出したようにミズリが提案をし、ドローンの装備充実の為に王国唯一のテイマー家への親書をアキニーに書いて貰っている。


「あの、装備のお金はどっち持ちですか?」


「え?」


「勇者の払いじゃなくても、バックされますか?」


お金の話になると妙にガツガツくるミアに、皆がぱちくりする。


 一方の天井付近では、王国最強と言われる勇者セトと、水晶としゃべる変なヤツと呼ばれる最弱クラスの勇者アスカの、霊体同士が相対していた。

 強さもレベルも名声も、天と地程の開きがある二人の勇者が、半透明な霊体で向き合う。


『アキニーの言葉の通り、この世界の人は嘘だらけだ。かつて人が大陸を支配していた事も無いし、魔獣が卑劣な裏切りで人を辺境に追いやった訳でもない。知ってるよな』


『……ええ』


『アスカくんが水晶で何をしているかは分からないが、この世界の人への諦めを抱いているのは分かる。あの時は急ぎすぎてアスカくんの混乱に拍車をかけてしまったようだったが……』


 セトの霊体が天井から降りてアスカの隣に立つ。



『今一度君を誘う。嘘まみれの人に加担するのを辞めて、元の世界に帰ろう』



 アスカの記憶は過去のいち場面を思い出す。


 図書館の奥深くに積まれた禁書と呼ばれる真実。与えられた情報と異なる禁書の内容に、混乱しながらも貪るように禁書を読み漁るあの日のアスカ。


 積まれた本が崩れて床を滑ると、その内の一冊を拾ってアスカに近づくセトが居た。


『君も真実に気付いたようだな。この世界の争いに加担せずに元の世界に帰る方法を探さないか。仲間も方法も必ず私が見つけ出す』


 そう言って拾い上げた禁書をアスカに伸べるセト。


 キョトンとセトを見上げるアスカは、セトの雰囲気に飲まれて「はい」の言葉が喉から出そうになる。……その時。セトの伸べる本を見て、アスカは目を見開いた。


【予見法術理論】


『おおお!もしかしてコレに予見水晶の事が書かれてるんですか!?ありがとうございますセト様!』


 奪うようにセトの手から禁書を取ったアスカは、ふむふむとかいやそうじゃなくてとか言いながら、本に没頭し出した。


『……どうかなアスカくん。共に真実を知る者として、逆召喚の道を探さないか』


『うわぁ。この文体かぁ』


『……アスカくん』


『水晶の事書いてる所は……』


『アスカくん』


『え? はい!? なんでしたっけ? 今ちょっと忙しいんで後でもいいですか?』


 あの時アスカはセトがいつ立ち去ったのか、どんな表情だったのかも覚えていない。あの禁書のお陰でソニーくんを使えるようになったのも事実であったが、今にして思えば恩人に対して、なんて失礼な真似をしたのだろうと身が縮む思いだ。


 そして今。アスカは更に多くの事を知り、セトは再びアスカに共に歩もうと手を伸ばしている。


『今回のアルゴスとやらの侵入のお陰で、召喚を含む法術の根幹に関わる最深部の秘密を知る事が出来た。方法が解り賛同する仲間も居る。あとはタイミングと場所だけだ』


 セトの目元からは鋭さが消え、信頼と安心を沸き起こさせる優しい眼差しになっていた。


『その節は失礼しました。誘って貰ってありがとうございます……』


 一呼吸置いてアスカはセトを見つめ直す。


『ですが、今はいいね貰うのが気持ち良いんで、帰るとか別にいいです』


『あ?』


 霊体でありながら、石化の術でもくらったかのようなセト。


 刷り込みが最も効果を発揮する肉体同期初期に、全勇者力を注いだ動画投稿。


 異世界の言語をカタコトで訳して登録し、異世界の様子を伝える様々な動画を目にした。

 アスカ自身もこっちの世界の様子を伝えたいと思い、動画投稿のハウツーを知るために更に言語を研究して24文字からなる言語を習得。それを足掛かりに更に5つの言語を習得。

 どの言語で投稿しようかと悩んだが、テストで撮影した動画をチューブに非公開投稿すると、好みの動画がもっとも多い異世界の言語に自動的に音声変換される事が分かり、街の人とのやり取りも動画に収める事が出来た。


 そして苦労の末アップした動画をニヤニヤしながら見ていると、ピコンと指を立てたマークに数字が付いた。


 ───頑張って認められた。文化も言葉も違う異世界の誰かに。アスカの心は震えた。

 

 戦って称賛を得る事よりも、名も知らぬ誰かに動画がいいねされる方に、アスカはより大きな快感を覚えてしまう。


 ある意味、刷り込みは成功していたのかも知れない。


 変な角度で。




読んで頂きありがとうございます!

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