42 勇者伝説
後に第一世代と呼ばれることになる初期に召喚された少数の勇者の中で、唯一はっきりとした戦果を上げたのが伝説の勇者アランだった。
アランは二人の戦士、一人の剣士、二人の僧侶、二人の法術士、一人の魔獣使いを連れて魔王領深く侵入。力を合わせて当時の魔王を討伐したことになっている。
だが実際は、広大無限とも思える魔王領奥深く侵入する事は叶わず、倒したのは魔王勢力のいち領主にあたる魔獣だった。その戦いにより、勇者アランは深手を負い、パーティメンバーは三人しか生還せず、その内一人も帰還後間もなく命を落とした。
国民に厳格なエーテル使用制限を強い、多くの専門職を失ってまで強行された「召喚勇者による魔王討伐」に失敗は許されない。人々が希望を失い国と社会が荒廃してしまうかも知れなかった。
そこで当時の王女と生き残った勇者達だけの間で、伝説は作り出された。
勇者アラン。魔王討伐せり……と。
「その時のアランのパーティの生き残りが、ワシと……当時ザバラウと名乗っておった法術士……そこにおるアキニーじゃ」
「ええええええええええ……」
と驚愕のミアだったが、動きが止まる。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 勇者アランの伝説って200年以上前ですよ! それに……」
ミズリは待たずに続けた。
「数年後勇者アランも不死性を失ったのか蘇生を止め、ワシは大衆に嘘を付く事に疲れて記憶の封印に同意したんじゃ」
その後王国は生き残った二人に民衆の支持が集まる事を懸念して、公文書からパーティメンバーの詳細な記述を削除。ザバラウことアキニーはこれを機に表舞台から一旦姿を消した。
『ミズリさんが言ってた「そういう事になっている」ってのはこの事だったんでやんすね。旦那は知ってやんしたか?』
ティーの余韻を楽しむ格好のままのドローン。
『……うん。俺ら勇者って何処でも入れるんだよね。鍵が無意味でさ。んでソニーくんを拾った頃、何かトリセツ的な物は無いかなーって王立図書館に籠もってたんだけどさ。奥に行くと禁書の類が無造作に積まれてるんだよねー』
『処分したりしないんでやんすか?』
『判断する人が居ないんだと思う』
『なるほど。一旦禁書カテゴリーに入れられちゃうと確認も出来ないでやんす』
『その中に勇者伝説指示書ってのがあってさー。旅程の正確な記述やアラン以外の人の情報を公文書から消せとか、適当な街の名前を考えろって書いてあったんだよね。わざわざそんな指示書が存在する理由は一つだよねー。勇者伝説が嘘って事よりも、王国が俺らを騙してる事がショックでさ。それで嘘まみれの魔王討伐より、異世界に繋がる不思議な水晶で動画配信するかって……』
霊体のアスカは、少し肩を落としている。
『旦那は随分と早い段階で、真実の近くに居たんでやんすね』
『他の勇者は日々増していく強さに夢中だったね。あ、でもセト様は図書館で良く見かけたな』
『王国最強の勇者……でやんすか。あっしはどうも……』
アスカとの会話を後でミズリにも教えてあげようとドローンが思っていると。アキニーがミズリから会話の主導権を引き継いだ。
「導師ミア。勇者アランの伝説の時期も実は130年前だ。言い伝えられる内に少しずつ昔に伸ばされている。近ければ詳しく知っている者に話を聞こうとする者が現れやすいからだ」
「そ……そんな事まで……」
そこでミアは何かに気付いた様にアキニーを見上げる。
「伝説の勇者アランは魔王領深くまで侵入すら出来なかったんですよね? なのにどうして未だに勇者召喚はされてるんですか? しかもこんなに盛んに」
「今行われている勇者召喚はアランの頃より格段に高性能かつ高効率化され、単純に当時召喚されていた勇者より今の勇者の方が強い。強化方法や運用方法も最適化され成長上限もあがっている」
アキニーは黄色い瞳でミアを見つめる。
「セトクラスまで強化が進めば、かつての領主クラスは問題なく倒せる筈なのだ」
「筈じゃった。の間違いじゃないかの?」
ティーカップをソーサーに置き、腕組みして右眉を上げてアキニーを見るミズリ。
視線を送られたアキニーは、形の良い眉をひそませて眉間に皺を寄せる。
「アレが噂の四天王なのか、四天王が魔王軍勢でどの程度の地位に居るのか……。勇者達をもっとギリギリまで成長させるか……」
その時。
「え? 狐の人は四天王じゃ無い?」
「なんだと!?」
「なんと?」
「え?」
ドローンの一言に、執務室に緊張が走る。
「ドローンよ。今のは何だ。正直に答えぬと……」
「旦那が……え? ああ! 思い出したでやんす!……アキニーさん、そんな事しなくても話すでやんすよ……」
ドローンは落ち着き払った様子でティーカップとソーサーをテーブルに置き、法術陣を浮かべるアキニーを見上げる。
その法術陣を見て呆れるミズリと、あわわと取り乱すミア。
短く強い光を発して法術陣が暴発されると、ドローンは話し始める。
「……アスカの旦那が死に戻り出来ずにソコに居るでやんす。で旦那とあっしは前に南の山で狐の魔獣に倒された事があるでやんす。今回アビリに入ったのはその狐の魔獣だそうでやんす」
瞬間唖然とするアキニー。
「キドゴ山脈に穴を開けたのはアレなのか!」
「やられたのを忘れてたでやんす」
ミズリが口を挟む。
「死に戻りが出来ないのは、教会本部が堕ちたからじゃろうな」
うなずくアキニーは、顎に長い指を当てて暫し考える。
(セトの姿が見えないのも、まさかアレにやられて死に戻り出来ずに……)
「あとあの狐の魔獣はアルゴスって名前で、本当は補佐官だそうでやんす」
「四天王を補佐しているのか!?」
霊体のアスカにならって、肩をすくめるドローン。
「なぜお前達にアルゴスは接触したのだ? 他に情報は無いのか? そうだ四天王は?」
アスカと言う勇者はソロで動いており、成長がかなり遅いと聞いている。そのアスカを倒す為にキドゴ山脈にあれだけの穴を穿つのは、アキニーにしてみれば今ひとつ腑に落ちない。アスカに何か隠された秘密や能力があるのではとアキニーは考えた。
「今は……思い出せないでやんす」
ドローンは目頭に指を当てて、軽く頭を振った。
『思わず口に出ちまって申し訳けないでやんす。これでいいでやんすか?』
ドローンはアスカに語りかける。
『ありがとねー。ズー師匠には義理もあるけど、アビリの街をこんなにした狐の人に義理立てする気にはなれないからね』
アスカは四天王ズーとのやり取りで、補佐官が四天王の上位であることや、四天王の名前や活動中の地域などをしっていた。
だが、目の前で勇者伝説の嘘を認めたにも関わらず謝罪の言葉もないアキニーに、そこまで教える気にもなれなかったアスカは、陣営という視点から見れば中途半端な精神状態と言えた。
アキニーはドローンの「今は思い出せない」との言い方に妙な引っ掛かりを感じた。そこでこれから思い出されるかも知れない情報の為に、記憶を消すという当初の予定を変更することにした。
「導師ミア。お前は上級導師としてアスカ専属になって貰う。何か思い出した時や、アルゴスが再度接触してきた時アスカと協力して可能な限り魔王軍の情報を引き出し、私に報告するのだ。よいな。」
瞼以外が彫像と化したかのようなミア。その唇が震え、微かな声が漏れる。
「お……」
「「お?」」
身を寄せて耳を傾けるアキニーとミズリ。
「お給料は増えますか!?」
「「給……料……?」」
「あ、アスカがちーっとも装備を更新しないお陰で、あたしギリギリでカツカツでパサパサなんです! 専属になんかなったら他の勇者の装備更新ボーナスも無くなるんですよね!? 今よりお給料上がるんですか!?」
ぽふ。
アキニーは力なくソファーに腰を下ろし、指の長い手で目を覆った。
「……今の二倍にするから、より一層職務に励む様に……」
「やったあぁぁああ!ミズリさんドローンちゃんこれからもよろしくね!」
目をうるうるさせて交互に二人に抱きつくミアは、まだ払いも残っているというのに、次の買い物を想像して幸せ一杯になった。
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