37 王都騒乱 其の五
文官庁舎が崩れるのも構わず、上空の大賢者アキニーは光の槍の束を5箇所に降らせる。
一箇所に降った光の槍が、一つの法術陣を形作っており、5箇所の法術陣は五芒星それぞれの頂点に位置していた。
文官区をすっぽり覆うほどの巨大な法術陣は、外周に鉄格子のように降り注いだ光の槍によって完成され、一切の躊躇もなく発動された。
5箇所の頂点に当たる法術陣がそれぞれに時計回りに回転しながら、やはり時計回りに巨大な法術陣が回転。徐々にその大きさを縮小させて行く。
移動する法術陣は、自然物も人工物もお構いなしに容赦無く竜巻のように巻き込んで、法術陣に触れた物は何度も砕かれて砂になり、エネルギーにまで還元される。
そして巨大法術陣が最初の大きさの半分にまで縮小した時。
5つの法術陣は光を発して速度を増し、中心でぶつかり合うとエネルギーの濁流となり、超高熱と暴風を生み出して爆発した。
外周の円を形つくる光の槍がその高さを増し、爆発を円筒状の空間に封じ込め、破壊力を最大化する。
円筒状の外周は、内部の熱も風も音も一切を通さず、強烈な光を伴う爆発はまるで水槽の中の映像のようだ。
外周の光の槍が短くなるのに合わせて円筒は高さを失い、法術陣内に立ち上る炎と煙と塵は障壁の天井に押さえられる形で強制的に地面へと圧着された。
険しい顔で更地になった旧文官区を見下ろす大賢者アキニーであったが、半分程高度を落とした所で眉間に深い皺を刻み、舌打ちをして視線を右に左に送ると、北の森と文官区を結んだ先にある南門へと飛ん行く。
巨大法術陣の中心、爆心地と見られる場所。そこには地中へ潜ったと見られる穴の痕が残されていたのだった。
◇
南門に向かう上空で、大賢者アキニーは妙な光景を目にしてその翼を止める。
沢山の人が人命救助の為か屋外に出ている。
だが、動いていない。誰一人。
訝しげに首を傾げたその時、アキニーの視界に意外な物が飛び込んできた。
穴から這い出るモグラ型の魔獣である。
堪らず正体を現したか、あの術で無傷な訳がない。アキニーはそう思い、王国の秘密を知った魔獣に止めを刺すべく術式を組み上げる。
今度は中空に浮かんだ法術陣を望遠鏡のレンズの様に何枚も重ねて、面制圧よりも貫通力に優れた術式を選択する。無論地中に逃れても、王都の岩盤ごと擦り潰す為だ。法術陣は込められたエーテルに反応し発光、螺旋状の雷を生み出し始めていた。
地中から出た魔獣は、なぜか近くの住民に声を掛け、路上に落ちていた教会シンボルに手を掛けるとそれを背負った。
アキニーは魔獣の行動に違和感を覚えはしたが、それは判断に影響を与える程の質量は持ち合わせて居なかった。
そして灼熱の雷はアキニーの眼前から放たれてしまう。
ドローンに向けて。
◇
余りにも強大な法術が行使され文官区が消滅するさまを、街の人と共に唖然と見上げるドローン。
音声の無い動画をみる思いでその光景を見るドローンは、悔しそうに歯を食いしばる。あの中に人が居たら助からない……と。
それでも……と、巨大法術陣の直ぐ側まで来て穴に潜り、生存者の痕跡を探す。
だが、円形に切り取られた建物の残りが断続的に倒壊する地響きと、海を割ったかのように消失したエーテルが、周囲から流れ込んでくる感覚にドローンの集中は乱され、命の痕跡は発見出来ない。
地上に這い出し、気落ちしながら教会シンボルを背負ったその時。
ドローンは背後上空に強烈な術式の発動を感じて振り返った。
だが既に回避しようも無い程に螺旋状の雷は近く、その複雑高度な術式はドローンの本能に死を覚悟させた。
ドローンの見開かれた黒い瞳に、螺旋の雷が映る。
迫るその螺旋に変化が生じる。
雑巾を絞る力を緩めたかのように螺旋は鋭さを失い、雷の先端はその色と形を変えて火の帯と水の帯に分かれ、更にエーテルへと還元されて大気中へと霧散した。
「術式を分解しただと!?」
上空のアキニーは不可解だとばかりに声を上げた。
「「おおお!」」
「何だ……今の!?」
周囲の街の人も、突然の攻撃に腰を抜かし後ずさりしながらも、固唾をのんで様子を伺う。
「生かして返す訳には行かぬのだ!」
アキニーは叫び、さっきとは別の法術陣が周囲に発生する。
その法術陣はアキニーの手の動きに連動してドローンの頭上にドーム状に展開し、いずれの方角への逃亡も阻止する構えに見えた。
そして法術陣にエーテルが注がれ、術式が発動されようとしたその時。
「お待ち下さいアキニー様! その魔獣は違います!」
そう叫んで、転がるようにドローンの前に立つ影があった。
灰色を基調としたメイドを思わせるデザインの制服。茶の短い髪。手足に巻かれた包帯と、足の添え木。
「この子は勇者アスカの従魔です! 北の森に侵入した魔獣ではありません! 教会が崩れてからずっと救助してくれてる子です!」
油断なく法術陣を展開したまま、アキニーは背中の翼をゆっくりと羽ばたかせて高度を下げ、コツっと尖った踵を石畳に当てると着地した。
二対四枚の翼は外套の埃を払うかのように小さく二度羽ばたき、形を変えてアキニーの背中へと吸い込まれた。
アキニーが話しかける。
「その制服は導師だな」
「はい。導師ミアと申します。そしてこの子は私の担当する勇者、アスカの従魔ドローンです。この子の活躍で30名以上の命が瓦礫のしたから助け出され、今もミズリ様が治療に当たっておられます」
「ミズリが?」
アキニーは何故ここでミズリの名が出てくる? とばかりに怪訝な顔をする。
「私もこの子に命を救われました。一緒に救助に当たってくれた街の人も証言してくれる筈です。この子は北の森に侵入した魔獣ではありません! アキニー様! どうか……」
声を掠れさせながら訴え、一歩アキニーへと踏み出そうとして導師ミアはバランスを崩して転んでしまう。
ミアを優しく抱えあげるドローン。
ミアは自分を抱えあげる腕に巻かれた、血の滲む包帯を見て声を絞り出す。
「このように傷付けられても、恐れられても、この子は助ける事を諦めなかったんです! 沢山の民を助けた恩人を殺してしまうおつもりなんですか!!」
ミアの目からは大粒の涙がボロボロと溢れ、頬を伝った涙は連なる雫となって顎から離れた。
落下する雫は、そこに見える姿を持たない者が、まるでミアとドローンを庇うように立つ姿を、映し出していた。
「……大賢者様! その導師の話は本当です!」
「神の使いなんです」
「聖獣なんです!」
周囲の人からの嘆願の声が大きくなり、遂にアキニーは展開していた法術陣を小暴発させて消失させた。
「今すぐに導師ミアとその従魔とミズリとで出頭する様に」
「せめて朝までは救助したいんでやんすが?」
アキニーとドローンの間に冷たい風が流れる。
目の前の命一つ一つを救っていたドローンにしてみれば、相当な理由があったにせよ民衆を巻き込んでまで巨大法術を使ったアキニーに対する印象が良かろう筈もない。
「いや、救助はもういい。すぐ出頭するように」
その言に怒りを刺激されたドローンだったが、顔を上げた時点でその表情が緩む。
「分かったでやんすよ。旦那」
一人小さくつぶやくドローン。
そしてその目線は何かに気付き、もう一段上へと流れ、周囲の人も釣られて空を見上げる。
そこにはいつの間にか、黒い大きな羽に載せられた人が、大勢空中に浮いていた。
怪我人もそうじゃ無い人も、とにかくぱっと見では数え切れない程の黒い羽が救助ボートのように空に浮いていた。
その羽根はアキニーの背中に生えていた物に酷似しており、空に浮かぶ救命ボートを見上げるドローンに、アキニーはもう一度言う。
「救助活動はもう良い」と。
読んで頂き有難う御座います。ちょっと忙しくて来週更新出来ないかも知れません。頑張りますが、予めごめんなさい。




