34 王都騒乱 其の弐
「これはまた……妙な隠蔽術が……」
セトを追う体裁で、王都アビリ内の北部森林に足を踏み入れた糸目の男アルゴスは、幾重にも張られた感覚を惑わす術の存在を感じた。
その術は、王城に施されたものよりも、強力で鋭利で絡みつくように深い印象を受けた。
そんな濃霧のような隠蔽術の中にあっても、見失いようのない強烈な存在感に導かれ、アルゴスは木々の間を縫うように走る。
「おっと」
何かを感じ、進路を変更して飛び退いた場所に、眩い光を伴った雷が立つ。
「話す気など無い……と言う事ですか」
アルゴスの周囲に立て続けに雷は降り注ぎ、樹の幹を割り、枝を焦がしたが、アルゴスはその全てを躱していた。
鼻の奥を刺す雷の匂いと、後に続く生木を燃やすヤニ臭さが、アルゴスの鋭敏な嗅覚を逆撫でする。
アルゴスを囲む落雷跡。そこに燻る小さな火が、微かな色の変化と共に火柱へと変化し、それぞれの火柱が絡み合ってアーチを形作る。
真上から見ると五芒星を形作る火柱のアーチは、その色をより高温を示す白へと変えながら肥大化し、五芒星の内にある物全てを燃やし尽くすかに見えた。
だが、灼熱の五芒星の中心に立つアルゴスは、出現させた尻尾を震わせて数を増やすと、両手と3本の尾で空中に5つの
六角形法術陣を素早く描く。
氷の結晶を思わせる法術陣は、軽く押されると宙空を進み、炎のアーチに触れた途端に炎の表面に沿って増殖。
燃え盛る炎はその形を保ったまま、一瞬で氷に包まれた。
数瞬の間、氷の中で炎は揺らめき、燃えるべき酸素を失って小さくなる。
「ほう……凄いな」
2時の方向20メートル先に、セトの声を捉えると、アルゴスは氷のアーチと化した炎の五芒星を指先で弾き砕くと、空中に光の塵にも似た非常に小さな炎と氷とを浮かべた。
「コレは返します」
極小の炎と氷がセトの周囲に飛来する。
「……」
聴覚出来ない言葉をアルゴスが発したかと思うと、セトの周辺20メートルが瞬時に水蒸気に包まれ、次の瞬間爆発した。
その爆風は凄まじく、爆心地の樹木は即座に灰になり、森林の木々は衝撃の波紋になびき、一瞬遅れて到達した灼熱の熱風が木の枝を燃やす。
爆心地の、焼け焦げ、抉れた地面を冷ややかに見つめるアルゴス。
「熱波を回避するのに、中心の地中ですか。良い判断ですね。だた存在感過剰な剣でもあなたの存在の薄さは隠せませんね。本体じゃなくとも本音は話せるのですか?」
ボコン。と爆心地の地面から拳が生え、地中から土まみれのセトが這い出てくる。
「私は勇者として貴様ら四天王の力を知りたい。この分身を消滅させられたら答えてやると言ったら?」
「雷から炎の順で段階術を使うのもおかしいですし、影でこそこそやっている事も気になりますが……さて……約束の概念も無い蛮族の言葉をこれ以上信じるのは無駄でしょうかね」
「なに、ものの数秒で分かる話だ。試してみればよかろう」
セトは挑戦的に、アルゴスは少し呆れたように、互いに笑った。
◇
爆心地から100メートル以上離れた場所で、突然の熱風に驚いた者たちが居た。
「な、なによこれ!」
「息を吸うな! 喉が焼けるぞ!」
それぞれに樹木の影に身を潜め、熱風をやりすごしたその人影の数は5つ。
「セト様と賊を追って来たはいいけどよ、北の森に入った途端に方向すらわからなくなっちまったな」
「感覚を惑わす術式が起動しているようなんだが?」
5つの影は、街の損傷箇所を追って北の森に入ったナンダガら勇者一行だった。
「さっきの文官庁舎の大穴といい、ボク達でどうにか出来る相手じゃないんじゃないですか!? セト様にまかせましょうよぉ」
「出来る事をやるんだ。俺達にしか出来ない事を」
酒場に居なかった性別不詳のオカッパ頭が、弱気な声を上げ、ナンダガが嗜める。
そのオカッパ頭の背後にガッシリとした6つ目の影が立つ。
「ヤオ・パドゥのパーティだな」
その声に驚いて振り向く5人。その視線の先に居たのは……。
黒い肌、銀の瞳と短髪、鋭い眼光。
その人物は、代名詞とも呼ばれる魔剣を腰に下げていなかった。
「「「……セト様!?」」」
「え?え?あっちで賊と戦ってるのは?」
混乱する勇者一行にセトは手短に要望を伝える。
「今戦っているのは私の分身だ。敵は噂の四天王らしく助力が欲しい。貴公らは強力な組法術が使えたな?」
「水曜の十番目なんてふざけた名前でも、セト様に名前を覚えていて頂けるとか……光栄なんだが……」
「泣くなよナンダガ」
「ナンダガじゃないんだが!」
ナンダガと秒イキの会話にセトは一切の関心を示さない。
「ここから見えるあの三角の岩に敵を呼び込む。合図をしたら撃てるように法術を発動寸前にしておいてくれるか?私は軌道上に増幅の法術陣を施してくる」
目を細めて森を見ると、大樹のすきまから確かに三角の岩が少しだけ見える。
「分かりました! ところでセト様……」
だが振り返ったそこに、既にセトの姿は無く、小さな石がポトリと地面に落ちただけだった。
◇
セトとアルゴスは体術と法術を交えながら、中近距離でもつれるように戦っていたが、両者とも探り合いの域を出ていないのだけは分かっていた。
挑発的な戦い方をしながら、難しい表情を覗かせるセトと、手加減をしながらも楽しそうな口元のアルゴス。
アンバランスな均衡を崩しに掛かったのは、セトだった。
「本気を見せれば、我ら勇者の侵攻は時期尚早と判断されて、そっちの王を決める行事の邪魔にならなくてすむかも知れんな」
その言葉を聞いたアルゴスの口元から、笑みが消える。
「ほう……盟主選戦まで知っているとは、驚きましたね。蛮族にニ十周期前の記録など無いでしょうに」
「本気で攻撃すれば、その疑問の答えも見えるかも知れんぞ」
両者動きを止めて、互いを測るように見つめ合う。
髭を摘むアルゴス。(あの剣ごと分身を消滅させれば、本体の場所も判りそうですね。話は黒牢に封じて持ち帰ってからじっくり聞かせて貰いますか)
魔剣を逆手に持ち直し、無限大の軌道に剣を振って周囲のエーテルを収束させるセト。(さあ特大の一撃を撃って来い。あの時は破れなかったが、三方同時ならばあるいは)
「空と水が混じり合い、光と闇が溶け合い、天と地よ再びひとつとなれ……」
アルゴスは左右の手と六本の尾を使って、同時に八つの方陣を宙空に描き出す。その美しさは、方陣の一つ一つが虹色の輝きを持つ荘厳たる物だった。
まずいな。そうこぼしてから、セトは剣を振りながら地面に足で3つの方陣を描き、大地からも膨大な量のエーテルを吸い上げ、詠唱を開始する。
「折り重なりし世界の狭間よ、その絶対なる拒絶の扉を我が護りに貸し与え給え……」
アルゴスとセトが詠唱を開始し、周囲のエーテルが濁流と共振を始めた時。
ここにもエーテルの渦を作る者達が居る。
並んだ5人は各々が精密な法術陣を眼前に掲げ、放電によって暴発を防ぎつつその時を待っていた。
「ま……まだか……俺のはもう……」
「あと半歩離れろ! 干渉してるぞ!」
その時、セトの残していった小石が、光を放って宙に浮き、音も無く弾けた。
「今だ!」
「「「組法術、五光渦撃」」」
5人の法術陣を一筆書きに五芒星が繋ぎ、淡く色の付いた光の渦が、木々の間を岩に向けて真っ直ぐに伸びる。
光渦の進路上に、蜘蛛の巣のように張られた複数の糸式法術陣。
光渦はそこを通過する度に、太さと明るさと、速度を増して三角岩に伸びる。
「混沌無限」
の声でアルゴスの術が発動し、星を散らした夜空の如きエネルギーが、セトの居る三角岩へと向かう。
「三千世界の狭間よ!!」
セトの織り上げた術式は、正面ら来たアルゴスの攻撃に対して、世界の狭間をグラスの底ように歪めて受け止め、幾らかの時間を稼いだが、斜め前から増強された光渦の術が迫る。
その時。
「黒雷白雷!!」
アルゴスの右上空。ナンダガ一行との中間上空から、セトの声が響く。
魔剣を持たぬ上空のセトは、その両手から絡み合う黒と白の龍を生み出し、三角岩へと放ったのだった。
3方向から放たれた、3種類の膨大なエネルギーが、三角岩を襲った。
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