33 王都騒乱其の壱
「おっおい! 教会本部が!」
「今の衝撃は教会が崩れた程度のもんじゃないぞ」
パンチドランカーの行われている、鉄のコブシ亭前の武官通り。
多くの武官が崩れ行く教会に姿に目を奪われ、グラスやジョッキを取り落とす者もいる。
目に見えない壁に手を付いて、ミズリが店主を呼んだ。
「防護陣の解除を! 教会のそばには孤児院や慈悲を求めて集まった病人の施設があった筈。わしは救助に行く」
「……ミズリ様どうぞ!」
老店主の言葉通り、見えない壁は失われ、ミズリとドローンは武官通りに出て教会の方角を見る。
「ドローンはここにおってもいいんじゃぞ、お主を見た住民がパニックを起こす恐れもあるし……」
ミズリの言葉の終わりを待たずに、ドローンは闊達に答えた。
「アスカの旦那なら、迷わず助けに向かうでやんす」
ドローンの言葉に頷くと、ミズリは店内に向けて声を張った。
「お主らにしか出来ぬ事がある筈じゃ。威張り散らす以外にな」
ミズリが言葉をかけたのは、未だ店内にあってナンダガを助け起こす勇者一行だった。
「い……いつの間に……」
非ぬ方向へと折れていたナンダガの腕はいつのまにか治っており、舌で触れると折れた筈の歯も元に戻っているようだ。
「くっ……ジジイ! 逃げたって事はテメエの負けで……」
「よせ」
低沸点勇者を抑えてナンダガが立ち上がる。
「ヤツの言う通りだ。俺らは『何かあった時に対応する為に王都に滞在する』クエストを受けたんだ。正に今がその何かだと思うんだが」
「先週のパーティは何にも無かったと、楽なクエストかと思っていたのですが……」
「おいしくないじゃないのよぉ」
細勇者と女勇者が不平を鳴らすが、ナンダガは治癒された腕を擦りながら、方針を告げる。
「アイツらが救助に回るなら、俺達は敵を探すぞ。これは地震じゃない。敵襲だ」
そう言いながらナンダガは預けていた武器を店員から受け取り、腰に下げる。
「勝負はオレらの勝ちだよな? な?」
未だに事態を理解しない低沸点勇者に苛立ちを覚えたナンダガ。つい言葉に嫌が立つ。
「宿屋で寝ているアナンを起こして来てくれ、組法陣の出番があるやも知れん。秒でイッテ来てくれ」
目を見開く低沸点勇者と、それを笑う細勇者。笑われた方は笑った方を睨み……。
「こ、この隙間に付与たのむわ。得意だろ?スキマ」
咄嗟に何とかやり返した秒イキ勇者と、ぐぬぬと睨むスキマ勇者。
「早く動きなさいよ! 二人共!」
「「分かったよ! ポロン!」」
「な!!」
今度は女勇者がポロンとやり返されて絶句しつつも、勇者一行はスキマから付与術を貰って店外へと駆け出す。
「ナンダガ様!アビリを頼みます」
「秒イキ様!頼りにしてるぜ!」
「ポロリ様!スキマ様!頑張れよ」
「「ぐ……」」
声援とも野次ともつかぬ声を背中に受けながら、勇者一行は未だ崩落を続ける協会本部へと向かうのだった。
◇
教会本部からほど近い、井戸のある中庭を持つ商人宅。
ミズリは主人に頼み込み怪我人をここに運ぶ許しを得ると、付近の者を巻き込んで救助活動に当たっていた。
井戸水で傷を洗い、裂傷を縫合し、骨折は添え木をして固定する。
加速型であるミズリの治癒術は、怪我が回復に向かってからで無くては使えない。
勇者ならば怪我を負った瞬間から肉体が回復を始める為に、即座に治療術を使えるが、出血の止まっていない一般人に加速型治療術を使った場合、出血が増し症状を悪化させてしまう。
教会がどれほど勢力を拡大させようとも、診療所や薬が存在する理由である。
「ミズリさん! この子煙を吸ってるでやんす!」
「放せ! 放せよ! バケモノ! 兄ちゃんを放せ!」
二人の子供を抱えて中庭に現れたドローンは、救助活動の為に本来のアースバットの姿に戻っており、たった今手伝いに加わった者がその姿と大きさにギョッとしている。
ドローンの腕の中、片方の子は意識を失ってぐったりしていたが、もう片方の子はドローンの腕から逃れようと懸命に足掻き、手にしたナイフをドローンの腕に繰り返し突き立てていた。
作業用のナイフが、まして子供の力で、ドローンの腕に深手を与える事は無かったが、鋭利な先端を突き立てられて全くの無傷な筈もなく、子供を優しく抱える腕の毛に血が滲んでいる。
「その子らを早く預かってくれ!」
縫合の手を止めずに指示を出すミズリだったが、周囲の大人は馬車程の大きさもある魔獣姿のドローンに恐怖し、その動きは鈍かった。
「包帯を頼む。よし、二人ともこっちへ。大丈夫だ」
ミズリは、ドローンに近づこうとしない大人達を押し退けて子供達を預かると、喉と鼻を調べ、火傷が無いことを確認すると、口に含んだ水で子供の喉と鼻を洗い、意識を取り戻して咳き込む子供の背中を擦った。
「よかったでやんす。 まだ瓦礫の下にいるかもなんで見てくるでやんす」
「ドローン!」
呼び止めたミズリの顔が苦い。
「バケモノと呼ばれ、攻撃され、感謝もされない。無理をして……ないか」
「あっしはやりたい事をやってるでやんす! 動画を撮るのと変わらないでやんす!」
キラーンと歯を光らせて力こぶを作って見せるドローンを見て、ミズリは込み上げる思いに言葉を詰まらせる。
「ドローンの腕に包帯を巻いてやってくれ。……大丈夫じゃ! 見て分かるじゃろ!」
「で……ですが……」
何人もの怪我人を瓦礫の下から救い出し、ここに運んできた様子をみている筈の者であっても、ドローンのその魔獣の姿に恐怖を懐き、誰もドローンに近づこうとしない。
「大丈夫でやんす! それより下敷きになってる人を探すのが先でやんす!」
悔しさに口を歪めながら、ドローンの背中に手を伸ばすミズリの視界にあるものが映る。
「待つんじゃドローン! ふふふ。……落ちてる物なら利用させて貰おうかの」
ミズリは瓦礫を指差して、悪戯っ子の様に笑った。
◇
「ああ! 有難うございます! 聖獣様!」
「ウージー教こそこの世の奇跡だ」
「神を讃えよ!」
ミズリが一計を案じて後、ドローンに救助された者は恐れる事無くしっかりとドローンにしがみつき、中庭に降ろされてからはドローンを拝むようにして感謝の意を表した。
手当ての手伝いに当たる者も、最初は驚きこそするが「ソレ」を目にした途端、警戒を緩めてドローンの声に耳を傾けるようになった。
ミズリの一計とは。
ミズリは大通りに崩れ落ちた教会の瓦礫の中に、屋根の最頂部に飾られていた教会のシンボルを見つけると、ドローンの背に立つようにシンボルをくくりつけたのだった。
国教であるウージー教シンボル。その効果は絶大だった。
暗い瓦礫の下から助け出された者は、最初ドローンの姿に驚くも、肩車の様に背負われる教会シンボルを見て安心し、ミズリの言わせたセリフ「神が私を遣わした」とのドローンの言葉で、抵抗することなくドローンに身を任せた。
実際の所は勝手に神の名を騙っているのだが、神に変わって信者の命を救っているのだから、神も多目に見てくれるだろうとミズリは思うのだった。
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