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勇者系チューバー・今日も異世界生配信!  作者: クバ
第一章 PERSON
31/69

31 汚されざるべきもの

 熱狂が店内を吹き荒れる中、テーブルが運ばれるよりも早くナンダガに駆け寄ったのは勇者一行だった。


「作戦と違うじゃねえか」

「法術と体術を絡めるのって、次の予定よね」


 今ラウンドで肉体強化を、次のバトルラウンドで法術をと徐々に強度を上げていく予定だったのだが……。


「ジジイがあまりにも回避しないんで……ついな。ただ予想は確信になった。ジジイは確実にスタミナを気にしている」


 そう言いながら椅子に腰を下ろそうとしたナンダガは、たたらを踏み、椅子の背もたれをガッシリと掴んで、テーブルに付いた。


「それに想定以上に酒がキツイ。この余興を考えたヤツは余程の酔狂と思われるんだが」


 腰を下ろして直ぐに一杯目のグラスを空けたナンダガだったが、手にした二杯目が口元に運ばれるのに、結構な時間を要したのだった。


 一方のミズリは、たて続けに三杯のグラスを空け、自分達のテーブルから串焼きの皿を持ってきて、ドローンと共に酒と料理を楽しんでいる。


「楽しいでやんす! アスカさんも一緒に連れて来れば良かったでやんすね!」


 それを聞いた低沸点勇者が、馬鹿にしたように履き捨てる。


「アスカってあの杖と剣の出遅れか?」


「知ってるんですか?」


「ソロでブツブツ言いながら戦ってる頭のおかしいヤツさ、成長もクソ遅え」


 低沸点勇者と細勇者の会話に、ドローンの食事の手が止まる。


「ちっ……獣臭え。俺が出れば良かったぜ。ジジイなんぞ秒でのしてやるのによぉ」


「確かに体術では貴方の方が上手でしょうが……」

「あんたお酒ヨワヨワじゃないのよ」


 負け惜しみにも似た低沸点勇者の言葉に、口元をナプキンで拭きながらドローンが反応した。


「秒で果てるのは得意でやんしたね」


「あ?」


 何を言われたか分からない低沸点勇者は、ドローンを睨む。


「その女が寝乱れてポロンした時、こっそりスコスコしてたでやんすね。まさに秒果てのハヤワザでやんしたが」


「な……」

「「「な!!」」」


 ドン引きの女と、呆れ顔の男達。

 普段粗野な低沸点勇者の恥部を知って、精神的に優位に立ったと思ったのか、細勇者が見下すような顔で「何をしてるんですか」と呟く。


「そっちの細いのも、ソロで半日探索したとか言ってやんしたが、実のところ迷子になってからずーっと狭い隙間に挟まってやんしたね」


「な……」

「「な!」」

「不思議と魔獣に会いませんでしたね。とか澄ました顔で言ってたアレ?」


「な、何を与太話を、こんな魔獣の話を……」


「自然乾燥のお洩らしズボンは、臭わなかったでやんすか?」


 あたふたする細勇者に、ドローンが追い打ちを掛ける。


 低沸点勇者に続き、細勇者までが「何故シッテイル」の顔で硬直している。


「おお! ドランクラウンドも面白くなって来たぁ!」

「勇者もやり返せ!」


 店内外からは、喝采にも似た歓声がとぶ。


「アスカさんを馬鹿にするのは、許さないでやんす」


「そうじゃな。あやつのお陰でワシらはこうして宿命の軛から逃れられたのじゃからな」


 微笑みながらドローンを撫でるミズリと、撫でられる度に徐々に険しさが取れてゆくドローン。


 一方の勇者一行は、互いに軽蔑の眼差しを交わす程にチームとしてバラバラになっていた。


 弦楽器の演奏が早くなり、第5ラウンドの終わりが近い事を告げる。ミズリはとうに5杯の盃を空にしていたが、ナンダガは3杯目の酒を睨んだまま、水ばかりを口に運んでいた。


 女勇者は配当の黒板を見、ナンダガの進まない盃を見て、眉間にシワを寄せる。


 細勇者に乗せられて全財産をを賭けてしまった。バトルでの巻き返し以前に、あの酒を飲み干せなければ、ここで負けが確定してしまう。


 とん。


 女勇者はナンダガの背中にピッタリと寄り添い、小さく何かを呟く。


 一瞬何かを言い返そうとしたナンダガだったが、固く目と口を閉じて下を向いた。


 ラウンド終了を告げる伴奏が終わる寸前。ナンダガは立て続けに3杯の盃を空にし、立ち上がるミズリとナンダガ。二人の間から、素早くテーブルが片付けられる。


 その給仕係が去り、二人の間の視線が通る。




 ドクン!




 ミズリの顔を見たナンダガが息を呑む。

 その顔は今までの何処か教師然としたものとはかけ離れた、怒りに満ち満ちたものだった。


 ギリギリで第6ラウンドに突入した事でした盛り上がる店内と、睨み睨まれるミズリとナンダガ。


 だが、ナンダガには歓声など一切聞こえて居なかった。


 憤怒の表情で睨むミズリ。


 聞こえるのは、やけに早い自らの鼓動。


 長いようで短い数瞬の後、ナンダガは目を逸らした。


 途端に回復した聴覚は、歓声と共にラウンド開始の鐘の音を捉える。


「バレぬとでも思ったのか」


 さっきとは打って変わって無造作に距離を詰めてくるミズリに気圧され、構えたまま後ずさるナンダガ。


「特別な存在なら何をしても許されると思うたのか」


 どん。


 何もない空間に背中がぶつかって後退を妨げられると、ナンダガは見えない壁に沿って左へと動き、とにかくミズリとの距離を取ろうとする。


「法は強者の自制、過ぎた自由は無法じゃろうが! この酒がどれだけの時間待ったと思う」


「こ……こんな時に何を」


 喘ぐ様に口を開いたナンダガに、ミズリは更に言葉を続ける。無造作にズカズカと距離を詰めながら。


「精術を使って酒精を払い、酒を水に変えるとは! 酒を汚し! 勝負を汚し! 他人の大切に想う物を汚す! ツケを払う時だ」


 回り込んで逃げようとするナンダガは、ミズリの肩の動きに牽制されて進路を塞がれ、バトルフィールドを形成する見えない壁に退路を塞がれた。


 真っ直ぐに迫るミズリの左手。


 とっさにガードしようと上げられたナンダガの両腕は、少しだけ軌道と角度を変えたミズリの左手首に触れると、ボキンと籠もった音を立てて曲がってはならぬ場所が曲がってはならぬ方向へと曲がってしまう。


「がっ! ユ……グ……」


 首を捕まれ持ち上げられて見えない壁へと押し付けられるナンダガは、術式を唱える事すら許されない。


 パン! パン!


 左右から繰り返し打ち付けられるミズリの平手打ちは、ナンダガの頬を腫れ上がらせ、鼻水とヨダレと折れた歯を床に散らす。


 何か様子のおかしい二人に、店内外の客は次第に声を失ってゆく。


「おでは……勇しゃ……」


 呪詛にも似た声を絞り出すナンダガに迫るミズリの右拳。

 ナンダガにはその拳は、何倍もの大きさに見えていた。


 その時。




「「「じ……地震!?」」」


 地面を伝わる振動と共に、轟音が王都アビリを襲った。

いつも読んで頂き、本当に有難うございます。

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