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勇者系チューバー・今日も異世界生配信!  作者: クバ
第一章 PERSON
30/69

30 熱狂

 右手親指で口角からゲロの雫を飛ばすと、ナンダガは右足を後ろに引いて構える。

 その構え方に店内の中級以上の腕前を持つ者から「ほう」との声が漏れた。

 構える為に出した足を払われた同じ轍は踏まない。勇者の急成長は確かに虚構では無い。


 ナンダガの蹴りを中心とした攻撃は変わらない。左右の下段蹴りを素早く繰り出し、ミズリに大きな回避をさせスタミナの消費を強いようと試みる。


 一方、最小限の動きでナンダガの攻撃を回避するミズリの表情は優れない。

 その表情は対応に追われる逼迫した物ではなく、物足りなさを含んだ不満気なものであった。


 第2ラウンド終了間際。


 砂時計の残りの砂をチラリと見たミズリは、回避一辺倒から一転、ナンダガの右下段蹴りを……。


 バン!


 左手で払った。


 およそ人体がぶつかったとは思えない、板と板を打ち合わせたかの様な乾いた音が響き、ナンダガの右足は攻撃時の倍の速度で反発、彼は再び鉄のコブシ亭の床に転がった。


「本気を出さないと客の興が削がれるじゃろ。強化でもスキルでも使う事じゃな」


 床に転がるナンダガを見下ろすミズリの言葉の直後、第2ラウンド終了の鐘が鳴り店内外が歓声に包まれる。


「良いんだな!? 本当に法術も強化も良いんだな!?」


 仲間に脇を抱えられて立ち上がりながら、ナンダガはミズリに念を押す。


「本気を出す事じゃな。この酒場の防御法術はお主では破れまいし、仮にけが人が出てもワシが治すぞよ」


「お、お前の怪我は誰が治すんだ」


「はっはっはっ。存外愉快な奴じゃな」


 二人の間にすかさず運ばれたテーブルと椅子に腰を下ろしながら、ミズリは語り、黄金色の酒で早速喉を潤す。


「お、おい店主! もう一度ルールを確認させろ!」


「もう一度も何も、ご説明差し上げようとしましたらお連れ様が結構と申しましたので。では説明を……」


 ナンダガは強酒を煽りながら、説明を断ったらしい低沸点勇者を睨み説明を聞く。


 第2ラウンドの攻防をあーでもないこーでもないと熱く語り合いながら、酒とツマミを注文する店内の客。

 窓辺の場外席では空のジョッキが回収され、ジョッキを失った客が場外席からはじき出される。


「5杯の酒を飲んで、素手で戦うのならば、他は何でもありなのか……」


「店の防御法術は大変強固で御座います。存分にパンチドランカーして下さい」


 その丁寧な言葉使いとは裏腹に、老店主の言は熱い。


 床に視線を落としたナンダガは、店内の床が六角形の石を敷き詰めた物だと気付く。この床の模様が防御法術を構築するのだろうか。


 バーテンの伴奏がテンポアップし、第3ラウンドの終わりが近いことを知らせると、ナンダガは残りの強酒を二杯続けて煽る。

 ふーっと酒気の濃い息を吐きながら視線を上げたナンダガは、五杯で足りずに酒瓶に手を伸ばし、店主に止められるミズリを見て口をへの字に曲げた。


「ジジイが余裕かましやがって。その余裕は我ら勇者にこそ相応しいんだが!」


 ナンダガはそう言いながら立ち上がり、左足を軸に右足で床に円を描き、小声で何かを唱える。

 その様子を見た店内の客から「ここからが本番だ!」「俺は次を見てから賭けるぞ!」などの声が掛かるのだった。


 第4ラウンド。


 客席は歓声から唸り声へと、その声色を変えていた。


 攻守の速度、手数、そして度々入れ替わる双方の位置に、腕前の未熟な者は目で追うのが精一杯の様子で、口に入ったつまみを噛むことすら忘れている。

 中級程度の者はその素早い攻防に意識が入り込んでしまい、時折体をピクピクと動かしている。


「ジジイ……なにもんなんだ……」


 低沸点勇者が腰に手を当てて仁王立ちしながら、仲間にしか聞こえない声を漏らす。その低沸点勇者も腕や肩がピクピクしている。


 素晴らしい速度での攻防だが、双方とも効果的一撃はまだない。攻撃し、回避し、払い、再び攻撃する。寸前のところで当たらぬ両者の拳だが、その実には大きな差があった。


 常に測ったように5センチの距離を置いて躱されるナンダガの拳に対して、ミズリの拳は時折ナンダガに触れているかと思われる程に近付く。

 そしてミズリの拳が頬を掠める時、あるいは鼻先に迫った時、暴風がナンダガの髪を激しくなびかせ、背筋に冷たい物を感じさせる。


 バン!


 またしても凄い音がしてナンダガの回し蹴りが弾かれる。

 痛そうな素振りは微塵も見せないナンダガだったが、ミズリのスタミナを削るべく繰り出す深い下段蹴りは尽く弾かれ、ナンダガの計算通りに試合は展開していなかった。


 ナンダガが小さく舌打ちして床を蹴る。


 右突き、左下段蹴りと続けて繰り出し、その一撃毎にナンダガは呟き、右回し蹴りを放つ瞬間ナンダガは……。


「関与せよ!」


 そう言い放った。


 腰のひねりの効いた右蹴りは、中段回し蹴りの軌道で振り出され、下段へと軌道を変えた瞬間にその脛から炎を吹き出した。


 炎に燃える右足が、ミズリの軸足深くを狙って鋭く振り下ろされる。


(さあ躱せジジイ! その場に飛び上がるなら後ろ回し蹴りで叩き落とし、後方に飛ぶなら左足を大きく踏み出して渾身の右ストレートを食らわせてやる!)


 急展開に息を飲む客。一手先を読み本命の一撃を目論むナンダガ。そして……。




 バン!!




 一際大きなあの音が店内に響くと、店内は無音世界かと思われる程の静寂に包まれた。


「よけねーのかよ……」


「見せかけの術ではの。焼き殺す気で来るんじゃな」


 静寂の支配する店内に、二人の言葉がやけにはっきりと響く。

 腕に燃え移った炎をはたいて、ミズリが構え直した所で第4ラウンド終了の鐘が鳴った。


 鐘の音で思い出した様に歓声を上げる客達。その歓声の殆どは意味をなさない叫び声だった。

読んで頂きありがとう御座います。

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