24 ブラフ
ソニーくんが虹色の光を失い、大森林の深緑をその表面に反射させる。
自分で配信を終了した訳では無かったが、概ね望むタイミングでの生配信終了にアスカは胸を撫で下ろした。上手く会話を繋いで配信中の死に戻りを回避出来たのだ。
思い出した記憶の中の狐の人アルゴスと、目の前の四天王ズーが似たような強さならアスカに出来る事は既に無い。
いつの間にか殺されていた事を「思い出した」程度で、何をされたか、何が起こったかは認識すら出来ていないのだ。四天王ズーに殺されてトラウマを抱えた事のあるアジョアの話だと、全身が砕ける苦痛は相当のものらしい……。狐の人は痛くしないでくれたのか。
さてどうしようか……と考えるアスカに、四天王ズーが話しかける。
「アルゴス様からどんな指示を受けたのだ。私も協力しよう。さあ、信頼して話すのだ」
アスカはズーの注意を惹かぬように、努めてさり気なくソニーくんをポーチにしまい、表情を消した顔でズーへと向き直った。
(俺が狐の人から何か指示を受けたと、彼女は勘違いをしているようだ。そして指示内容を話さないのは、彼女を信じていないからだと……)
アスカは腕組みをして目を逸らした。
(ブラフで情報を引き出してみるか。もし四天王や他の幹部の動静が分かれば……より安全な場所で動画撮影が出来る。こんなときに役立つ動画があったな)
アスカは以前観た「インチキ占い師はこう看破しろ!〜結局騙されました編〜」を思い出しながら、ズーとの諜報戦に臨んだ。
「何も……話すなと……」
「アタシはアルゴス様の腹心! いやオマエら風に言えば一番弟子だ! 他の者は移動したが、アタシだけはアルゴス様を案内してこの領に留まったのだ」
なるほど、と考えるフリをして、アスカはズーの横の樹の根に腰を下ろす。
リラックスした姿勢で敵愾心の無さを、正面ではなく横に座る事で対立しない姿勢を滲ませる。
相槌は肯定から入り、曖昧な言葉で相手により多く語らせる。
今回の場合、ズーは俺の信用を得たい筈。上手く誘導すれば、多くを語ってくれるかも知れない。
「俺は四天王の事何も聞いて無いんだよねー。何処に誰が居るのかも」
「おお! そうか! アタシが教えてやろう、アタシは四天王イチの情報通だからな」
アスカの態度からか、対話で信頼を得ようとしてか、ズーは美しい緑の長髪を揺らして、嬉しそうにアスカの隣に腰を下ろした。
「まずはリーダーのモス。カバの特徴を持つ牙種で、4名の中では一番強い。カヌリ領からヌービア領へ……あーオマエらの知識ではハラ帝国からヌビ王国だ」
アスカは落ち着いて、ゆっくりと頷いている。
(ヌビ王国は出来て数年の新興国の筈。その情報を持ち、かつヌービア領と呼んだと言うことは、魔獣はずっと前からこの世界を統治していて、田舎に興った人国家を調べた上で放置してるのか……)
「水竜の特徴を持つビアタンは、ラハリ王国からハラ帝国へ。その間成長して水中だけでなく空中も泳げるようになったのだ」
(何か今凄い事言ってるような……)
「最後は、蛇の特徴を持つターンだ。中々器用で好奇心も旺盛。我々翼種ではあのような者が、族長になるな。ヌビ王国からラハリ王国だ」
「最後?」
アスカは首を傾げてズーを見る。
「そうか、最後の最後はアタシだ。ここビア王国で勇者を狩っている最中に、コソコソと何かをする妙な勇者を見つけてな」
「妙?」
「自国他国問わず、成長が進んでいる者に接触して同士を集めている様なのだ。それをアルゴス様に伝えたら、直接見たいと。それで潜入しやすい所に降ろしたのだが……」
ふむふむと頷くアスカは、狐の人と遭遇した場所を思い出す。
「今頃会えているかもな。さっき殺したからなセトを」
アスカは表情を隠す為に、ソッポを向く必要があった。
(なーーにーー! セト様だぞ! 王国……いや人種最強と言われるあのセト様だぞ! さっき殺しただと! 戦った様子なんて微塵も無いよねあんた!)
「どうした? オマエの受けた指示もセト絡みなのか?」
「どうかな」
曖昧に応え、ズーを振り向くアスカだったが、その整った顔立ちも、「むー、まだ信用せんか」とむくれる困り顔も、恐怖の対象になりつつあった。
「何故移動を?」
まさかセト様が傷跡すら残せず敗れる相手だったとは……ならば。
アスカは強敵との遭遇確率を極限まで下げる為に、四天王とその他、人世界に潜入している幹部の情報収集に知恵を注ぐ事にした。
「勇者が、四天王の居る場所を避けるようになったからだ。モスは洞窟や塔、ビアタンは水辺、ターンは森でそれぞれ勇者を狩っていたのだが。そこでローテーションと言う訳だ。勇者共には苦手な地形を増やして貰う」
アスカは表情を取り繕うのに、多大な努力を要した。
大陸全土に散らばる人国家。今まで協調などしたことの無い人国家が、大賢者の号令の元、各国賢者の助言に基づいて勇者召喚の儀法を共有。
逐次召喚を止め、大量のエーテルを溜め置いて一斉に召喚を開始。各地から同時多発的に勇者と言う名の刺客が、魔獣の王を倒す為に、大陸奥地へと攻め入る。
これがアスカの知らされた魔王討伐作戦であった。
四天王が勇者を殺しまくっている4つの国は、人国家の中でも特に大きなエーテル貯蔵を行い、大量の勇者を召喚した国家だ。
トラウマと名付けられた恐怖心で成長が鈍化すれば、小国との足並みが乱れ、大陸奥地へと攻め入った勇者は各個撃破の憂き目に合うだろう。
(力の優劣が優先される野蛮な獣。敵の事をそう教えられたが、実際はどうだ。人国家の策略は露見し、的確な対策を取られているじゃないか)
「四天王というのは、魔王の次に強いのか?」
王立図書館に籠もった事のあるアスカは、他の勇者達よりも真実に近い情報を持っている。だが過去の文献に四天王の記述は無い。
セト様が手傷すら負わせる事の出来なかった相手だ。魔王軍でもかなり上位だろうが、四天王や補佐官とやらも含めて超セト級がどの程度の数が居るのか知りたい。
安心して動画配信するために!
「魔王? ああ、盟主様の事だな。」
次の質問への前振りで出された質問は。
「勇者対策班はな、盟主様の思い付きでな」
以降の質問を全て磨り潰す回答を、引き出してしまった。
「その場にいた戦士の中で、蛮族の言葉が分かる四名が選ばれただけだ。四天王という名称は相談役のケトニス様の案だ。印象深いだろ?」
アスカは目を閉じて深く行きを吸う。メッチャ息を吸う。そしてたっぷりと息を止めて、細く長く、息を吐く。
(超セト級が……その辺の戦士!?)
ウマ娘が楽しすぎて困る……。




