23 うしろ
何度目かの振り向き直しを経て、アスカはようやく声の主を視界に捉える事に成功した。
背後の太い枝の上。緑の濃淡が付いた羽を持つ大鷹が金色の瞳をパチクリさせている。
「俺は勇者アスカさ! そう言う君は初見モンスターだね。異世界の人達に名前を教えてくれるかな?」
アスカは内心戸惑いながらも、余裕を装った。
(人種の言葉を使う魔獣……知能は高そうだけど……強いかどうかが分からない。視聴者にはさっきみたいにレベルや名前が表示されるいるだろうか? 視聴者に聞いたら俺の余裕の無さがバレる? それともこれも一体感でオッケーか?)
アスカは生配信の終了を見据えて、そろーりそろーりとソニーくんに近付く。
今まで遭遇したモンスターの中で、人種の言葉を使えたのは「初めの洞窟」のダンジョンマスターで今は仲間のドローンだけだ。そしてドローンは序盤の洞窟にしては格上の強さを持っていた。
折角大成功に終わる寸前だった生配信が、ここで死に戻ったら台無しになってしまう。異なる世界の人々が協力して魔獣を倒したこの一体感の内にこの配信を終えたい。
「あのモンスのレベルって表示されてるー? 弱点とか分かるかな?」
『あれの表示がおかしいです。読めない。バグってる。壊れた?』
水晶版を流れるコメントも不安気だ。
「アタシは四天王。勇者を滅ぼすもの」
その言葉と共に鳥型魔獣の殺気が膨れ上がり、森がざわめく。
「四天王……?」
左上を見やって顎先を摘むアスカは、枝を飛び立ち頭上から襲いかかる鳥型四天王に気付かない。
今まで何度もアスカの危機を知らせた動画視聴者も、画角から消えてしまった四天王の動きに今回ばかりは気付かない。
アスカの耳から入った「四天王」という言葉は、外耳から入って鼓膜を振動させ、耳小骨で増幅されて蝸牛のリンパ液を揺らし、揺れで生じた電気信号は大脳皮質側頭葉の聴覚野へと吸い込まれた。電気信号は幾つかのニューロン先で行き止まりながらも、遂に意図的に寸断された記憶部位との接続に成功する。
ぽん……とアスカは手を打った。
「ああ!君も四天王なんだねー!」
ドゴン!
轟音と振動が、アスカのすぐ脇で土煙を巻き上げる。
アスカは足元に出現した小さなクレーターに足を取られて、たたらを踏んだ。
土煙と共にクレーターの底にいるのは四天王と名乗った鳥型魔獣。
アスカを頭上から攻撃しようとし、寸前で方向転換してかなりの速度で着地した結果だった。
「おしかして、アタシも〈・〉ど言ったおか?」
「え?」
片眉を上げて聞き直すアスカと、不快そうに目を細める四天王。
土煙が完全に晴れた時、そこに居たのはゆったり目の黄色い質素な服に身を包んだ、緑の長髪が美しい目鼻立ちのハッキリとした白い肌の女性だった。
「アタシも、と言ったのか?」
緑髪の女性へと姿を変えた四天王は、今度はハッキリと聞き取れる声で言った。
『????。何おこってんお?。どっから来た。鳥は?。美人さんやー』
「そうだよー。そういえばこないだ会ったんたよねー他の四天王に」
そんな筈はない。四天王はそう思った。
他の3名はローテーションをして担当領を変えたが、彼女だけは調査目的で引き続きこの〇〇領を担当している。
だからこんな所で経験を稼いでいる勇者に、他の四天王を知る機会は無い。
「それは無い。」
緑髪の美女は短くそう言った。
「実際会ったからねー。君の間違いじゃないかなー」
「アタシの情報に、嘘はあっても間違いは無い!」
語気を荒げる緑髪の美女。
『怒っても美人。この人敵なの?。エンディングどうなったし』
「おかしいなー、狐の人も四天王って名乗ったのに……」
緑髪の美女は目を大きく見開いて、白目の少ない金色の瞳に驚きを滲ませる。
(この者の言う狐の人とはアルゴス補佐官ではないか。ビア王国に潜入するとおっしゃっていたが……)
そこで彼女の思考は混乱する。
まずアルゴス補佐官が四天王と名乗ったのは何故だろう。次にアルゴスの記憶があるという事実。これは忘却属性を持つアルゴスが攻撃しなかったという事の証。
とすれば……なんらかの理由でこの者を見逃した、あるいは利用価値を認めたという事だろうか。
「四天王さんは、名前あるのかなー」
「ズーだ」
頭が混乱する中でなされた質問に、彼女はついあっさりと自分の名を答えてしまうが、それに気付いた様子もない。
『四天王だってーーーーーー?!。四天王最弱キター!!!!。さっき四天王て言ったのか』
ズーと名乗った女性は、考えが纏まらなかった。アルゴス補佐官の考えが分からない。
……だが、いくら考えようとも、彼女が事の真実にたどり着く事は恐らく無いだろう。
攻撃され「記憶」は消されたが、たまたま手にしていた道具がその様子を「記録」し、映像を見返すことが記憶の呼び戻しに効果を上げていたなど、想像の域を超越している。
『四天王ってカッコイイ。いや雑魚いだろ。鳥だからスザクかな。ズーって言っただろ』
悩んだズーは結局、アルゴスが何らかの理由があってこの者を泳がせていると判断し、その理由を裏切りか情報漏えいかに絞りつつあった。
「……で、アル……狐の人はオマエになんと?」
「え? えーっと……どうだったかなー?」
「はぐらかさなくても大丈夫だ。アタシはアルゴス補佐官の命令で情報収集をしている。アルゴス補佐官のおかげで情報収集の楽しさを知ったのだ。師匠と思う程に尊敬している。信用して何があったか話せ」
「アルゴスって?」
「狐の人だ」
「補佐官?」
「オマエには四天王と名乗ったようだが」
「四天王ってあと二人?」
「三人だ」
「ズーと、あとは?」
「モスとターンとビアタンだ」
「アルゴスは?」
「補佐官だ」
緊張感なく交わされる会話に、重大な情報が含まれている事に、ズーは気付いていない。
ズーは情報を集める経験は詰んだが、引き出される事には慣れていなかった。
『画像乱れてる。音もバネってる。ホーキングボイス。あああ!なにこのカウントダウン!』
配信されている画面はカクカクと止まり、音は途切れ、カウントがゼロになるとブラックアウトした。
「配信は終了しました」
『またこの終わり方!。またかーーーー。四天王とどうなるんだよー』
そしてやはり、コメント欄も固まり、チューブページは強制的に閉じられた。
こうして二度目の生配信は終了したのだった。
読んで頂き有難う御座います。




