22 決着と
四天王の背後に浮かぶ半透明のセト。
その口元には微かに勝利の確信があった。
セトが使った法術は有り体に言えば「幽体離脱」。物理的法則に縛られる肉体から制御をシフトし、心の赴くままに行動出来る霊体とそれに重なるエーテルで形作られた幽体とで活動する術式である。
上位体である霊体は肉体や幽体によって傷つけるのは難しく、その速さや力は物理法則に囚われず、かつては生亡き者のみ行使出来る、あるいは肉体を失うとされた術式であった。
セトの肉体と、その背後に迫る四天王の肉体が、静止しているのかと思われる程にゆっくりと動いている。
その四天王の背後から、長剣が振り下ろされ、無防備な首筋に、長剣が吸い込まれる。
「なんだと!?」
四天王の首に食い込む寸前。長剣は四天王の半透明な爪に掴まれた。
長剣を引き抜こうと蹴りを繰り出すセト。
だがその足はもう一本の半透明な手によって捕まれ、その爪によって半透明な足は引きちぎられた。
初めて味わう霊体での痛みに苦悶の表情のセトは、自らの肉体にゆっくりと四天王の爪と嘴が食い込み、全身に広がった衝撃が肉体をピンクの霧の如く爆散させるのを見た。
ピンクの霧は地上に降り注ぐより早く光の塵へと変化を始め、霊体のセトもまた光の塵となってその姿を失いつつあった。
「四天王……これ程とは……」
「アタシは四天王。勇者を滅ぼす者……何度でも」
四天王は霊体のセトを顧みる事無くそう応え、上空へと登っていった。
◇
大森林から一直線に。山も滝もすり抜けて飛ぶソレは、王都アビリ城内の一室へと飛び込み、人影と融合した。
人影はぶるりと小さく震えると、手にした本を取り落し、座っていたソファに深く身を沈めた。
「まさか、これ程とは」
鼻根と目頭を揉みほぐしながら、黒く鍛えられた肉体に銀の短髪の男は、その銀の瞳を見開く。
ここは王立図書館の最深部、禁書に分類された記録が埋葬された区画。
そしてその禁書を片っ端から読んでいるのがこの男「勇者セト」だった。
「分け身とは言え、一撃も与える事なく敗れるとは……。アストラルシフトで最後まで行けると思ったが……魔の者の力は想定を超えているな」
セトはいつの間にかカップを手にして、ティーの湯気に鼻をくすぐらせている。
ティーをじっくりと味わうと、セトはソファから立ち上がり腰に両手を当てる。ティーカップは既に形も無い。
「分け身に読書を譲るのは癪だが……仕方ない」
そう一人残念そうに呟いた。
◇
ぜー。ぜー。
喉の奥が見える程に大きく口を開け、肩で息をするのは、金髪碧眼のイケメン「アスカ」だった。
よだれと鼻汁に顔面を彩られても、画角に顔が映る時はキラーンと輝く笑顔を忘れない。
『あとはリーダーだけだ!。ポーションないの?エーテルヤバい。ガンバ!!!!!。』
水晶版のコメントに元気を貰いながら、アスカは大地を踏んで無くなった足の感覚を取り戻し、大きく息を吸って今にも挫けそうな体に酸素を送り続ける。
あれから3体のトカゲ族を砂と化し、残る1体も胸の鱗は変色している。
だが最後の1体は手強く、増強術の切れた肉体は鉛の様に重い。
鋼鎚よりも重く思える鋼の剣を握り直し、トカゲリーダーの変色した鱗のある胸への攻撃を模索するも、どのイメージも攻撃を跳ね返され踏ん張りきれずに転がったアスカが、止めを刺されて光の塵になってしまう。
「ん?」
アスカは大地を蹴ってトカゲリーダーへと飛びかかる。
『行ったーーーーー。火事場のクソ力出ろ。コレ勝ってこそ勇者!』
なんの工夫も無い上段からの斬撃は、トカゲリーダーの腕に弾かれ振られた尻尾に足を払われたアスカは、地面に転がる。
そのアスカに止めを刺すべく振り上げられる右爪。
『あああああああああああ。キャーーーーー。なあああああああ。』
(そうだ。どのイメージでも止めの一撃は大きく振りかぶっての右爪だった。胸を突き刺すには、この体勢、この距離で更に一瞬の隙を……)
トカゲリーダーの鼻先をアスカの左指が指す。
「アプ……」
だが、既に光術での目眩ましを一度食らっているトカゲリーダーは、この手を予測し対処していた。
『ウインクだとおおおおおおおおお!。片目閉じてるーーーーー。』
(そうだ。対処されるイメージはあった。だから……)
「……チャー!!」
「ギャ!?」
発光は無かった。
だがトカゲリーダーは両手で両目を押さえた。
その一瞬の隙に、鋼の剣はトカゲリーダーの胸に突き刺さった。
内側から鱗を突き破る事が出来なかった鋼の剣の切っ先は、トカゲリーダーの背中に尖った盛り上がりを作る。
その盛り上がりは短時間で何度も繰り返され、遂に砂と崩れた中から鋼の剣が姿を表す。
チャリーン。
その音が死闘の終わりを告げた。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。っしゃーーーーーーーーー!!!!。なにあったし。勝ったーーーー。えええええええ????』
アスカはぐったりした姿勢ながら、剣を握った拳を頭上に掲げる。
「まいるよねー」
風が吹き抜けて枝葉を揺らし、隙間から差し込んだ陽光が、剣と白い歯を同時に光らせた。
『うおお!かっけーー!。まいるよねー!!。まいるよねー。まいるよねー。マイルよね。まるいよね。まいるよねー。』
弾幕となって画面を埋め尽くす、まいるよねの文字。
「みんなの力で掴んだ勝利だね。ありがとねー」
ストンとその場に座り込んだのも数秒。アスカは枝に掛けたソニーくんを取って大森林を街道へ向けて歩き出す。ソニーくんの強力な手ブレ補正がなければ、ソニーくんを持つアスカの手が小刻みに震えているのがバレたかも知れない。
アスカはこの時点で生配信を終えようか迷っていた。準備不足での戦闘も異世界の人と協力して最高の結果を得ることが出来た。構成的には今まさにクライマックスを迎えた所だ。この一体感を少しでも長く味わっていたい。
しかし、エンドロールの余韻を惜しんで別の魔物と遭遇でもしたら、今のアスカは死に戻り濃厚。全てが台無しになるかも知れない。
『最後なにあったのですか。ウインクしてたのになんで効いたの?。タネ明かしよろ』
水晶版に流れる質問に、アスカはもう少しだけと思いながら、明るい声で応える。
「最後のアプチャーはねー両目の中に発現させたのさー。目を閉じても絶対眩しいよねー」
『……。……。……。』
『その発想はなかった!。エグい目くらましー。不可避。最強じゃん!!』
称賛のコメントに気を良くしたアスカは、鋼鎚と相性の良い精術を使っていた事も説明する。
元々は岩山で暮らす種が、岩盤を砕く為に土精の協力を得て使っていた「振動伝場」と呼ばれる精術。アスカは水精に同様の協力を得られれば、体成分の過半を水で構成する有機物への打撃力が強化出来るのでは無いかと考え練習していた。……動画撮影の息抜きに。
『あの呪文か。ピヨゲージくっそ長いのそのせいか。その発想よ。』
街道目前。体力も幾らかは回復した。ソニーくん光の感じだともうすぐ配信終了。
アスカは動画のエンディングを撮る事にした。
「今日は久々の生配信だったけど、みんな楽しんで貰えたかな? 俺はみんなと協力して戦えて最高の気分だよー。生配信だと敵も味方も情報が表示されるなんて驚きだよねー」
『後ろ』
「この動画が気に入って貰えたら、良いねボタンとチャンネル登録……え?」
コメントに気付いて振り向くアスカ。
『反対側!!!。後ろなんか居る!!!!。表示バグってるけどワイだけ?』
反対側を振り向くアスカ。
『あああ!また反対側に!。後ろ後ろ!。表示オカシイ。なにこれ』
背後のソレはこう言った。
「その者、お前は勇者か?」
……と。
読んで頂き有難うございます。




