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同室騎士の恋愛事情【書籍化】  作者:


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25/25

その後

 それからすぐにミュレルは馬車に乗り込んだ。

 すると、美女が再び花びらを撒き、陽気な音楽の演奏が再開され、一団が進行を始めた。


 その行進を一人残ったリアハとともに見送る。


「……えっと、あの、ミュレル王子はあのままベガイスター王国の王都まで?」

「行くよ」


 平然と答えたリアハにオレはギョッとした。


「本気か!? あのスピードだと普通に進むより倍の日数がかかるぞ!? それに費用もかなりかかるだろ!」

「そこら辺も含めて、こちらの計画通りだよ」


 そう言って色男が悠然と笑う。だが、灰色の瞳には裏が見え隠れしていて。


「どういうことだ?」


 眉間にシワを寄せるオレにリアハが背を向けた。


「詳しい話は我が国の王都に着いてからにしよう。ここから先の道案内は私がするよ」


 そう言ってリアハが颯爽と馬に跨る。

 疑いの眼差しを向けたまま動かないオレにヴェールが声をかけた。


「シュバルツ、行こう」

「……いいのか?」

「このまま、ここに居てもしょうがないでしょ? むしろ、道案内をしてもらえるなら助かるし」


 楽天的なヴェールの意見に思わず眉間のシワが深くなる。


「だが、道案内をするのが、あいつっていうのが……」

「頼もしいと思うけど? ナーシュ国で元軍師のリアハさんが一緒なら襲ってくる人もいないだろうし、大丈夫だよ」


 たしかに言う通りだ。

 素直に道案内をしてもらうのは癪だが、その存在を利用させてもらうと考え、心の中で折り合いをつける。


「そうだな」


 こうしてオレたちは先導されるまま橋を渡ってナーシュ国へと入った。



 それから数日でナーシュ国の王都にある王城に入ったオレたちは挨拶もそこそこに客人として丁重に迎え入れられた。それからは、王城の離れで自由に過ごしている。

 ここに来るまでに想像していたのとは真逆の穏やかな日々。こんなに平穏でいいのかと疑うほど。それは、一緒に来た使用人たちも同じで。


 ただナーシュ国の人々のΩへの対応はリアハから聞いていた通りで、Ωの使用人たちは明らかに過ごしやすそうだった。そして、Ωを家族に持つ使用人たちはその様子を見て移住を検討したりしている。


 こうして、何事もなく二十日ほど経った頃――――――


「やぁ、ちょっといいかな」


 親しげに灰色の瞳を細めながら従者も連れずにリアハが離れに現れた。

 そのことで仕事をしていたヴェールの使用人たちが慌て始める。


 急遽、客間にティーセットを準備して出迎えたヴェールが困ったように眉尻をさげた。


「何度も言ってますが、ここへ来る時は前もって知らせていただけませんか? あなたはこの国の英雄なんですから、出迎える準備も必要なんです」

「まあ、まあ。細かいことは気にしない」


 そう言って銀髪を揺らしながら色香が漂う渋い笑みを振りまく。


 オレたちはリアハのことを軍神と呼ばれる元軍師という認識だったが、ナーシュ国にとってはとんでもない英雄的な存在だった。

 小国で周辺諸国(特にオレの国)から無理難題と戦争を吹っ掛けられ続けていた状況をこの数年でひっくり返し、周辺諸国と対等な条約を結び、急速に発展させた立役者として平民たちどころか、王族からの崇められるほど。


 だが、本人は初めて会った時から態度はかわらず、それどころか息抜きもかねてしょっちゅうやって来る始末。


「それより、私の部下から報告が届いてね。なかなか面白いからキミたちにも教えておこうかと思ったんだ」

「面白い報告、ですか?」


 リアハと向かい合うように椅子に座ったヴェールが頷きながらも首を傾げる。護衛としてその後ろに控えているオレも内心では首を捻っていた。


 リアハの話によると、それはミュレルが王城に到着した時に起きたという。


 ミュレルは馬車と同じように謁見の間へも花びらを撒く美女と演者を連れて現れ、出迎えた貴族たちが唖然としたという。まあ、あんな登場をされたら誰でも唖然とするだろう。


 それから、ミュレルは名乗りをしたあと、王を前に堂々とヴェールと出会った時のことを話した。


「そういえば、ベガイスター王国へ参る途中で、そちらの第六王子とすれ違ったのだが、普通の馬車で驚いたな」


 その発言に謁見の間の空気が凍る。

 和平条約による王族の交換とはいえ、ナーシュ国の王子があんな絢爛豪華な馬車であれだけ派手に来国するとは誰も予想できない。それは道中の街々でも話題になっており、今ではベガイスター王国の民で知らぬ者はいないほど。

 しかも持参した調度品も豪華な品々でナーシュ国の豊かさをこれでもかと表している。


 一方、身一つでナーシュ国へ行った第六王子は最低限の物しか持っていなかった。馬車は一見すると豪華には見えるが、それでも裕福な商人が使う程度の庶民仕様。王族が使用するような馬車ではない。


 この現状に面目丸つぶれな王は口の端を噛んでいたという。


 だが、次にミュレルが発した言葉で謁見の間の空気が変わる。


「友好条約と結んだとはいえ、敵であったベガイスター王国の王子がナーシュ国内を闊歩することは民の神経を逆撫でしかねないからな。目立たないことにこしたことはない。いや、さすが、ベガイスター国王は考えることが我より上だ」


 感心しきりの口調と態度。

 そのことに、王が繕うように笑った。


「そ、そうであろう。身の回りの物はあとで送る予定でな。必要最低限の物しか持参しなかったのだ」


 そう言った後、ベガイスター国王は慌てて指示を出してナーシュ国にいるヴェールへ追加の調度品を送ったという。


 その話を聞いたヴェールは納得したように頷いた。


「それで、昨日いきなり大量の調度品が届いたんですね。かなり豪華な品々でしたが、正直いらないものばかりで置き場所に困っているんですけど」

「これからも、そんな感じでいろいろ届くと思うけど、いらなかったら倉庫に入れるから言っておくれ」

「どういうことですか?」


 ふわふわの亜麻色の髪がコテンと揺れる。

 そこにリアハが口の端をあげた。


「うちの若様は相手の見栄や自尊心を刺激するのが上手だからねぇ。口八丁で上手いこと誘導してベガイスター王国の国庫を空にすると思うよ」


 その内容にヴェールが慌てた。


「ですが、それだと民にしわ寄せが……」

「もちろん、そこも上手くやるよ。民にしわ寄せがいく前に、高位貴族の連中の財産が空になるように話を持っていくだろうね」


 あまりに都合が良い話に思わずオレも疑う。だが、従者であるオレはここで発言する権利はない。

 黙って聞き役に徹していると、ヴェールが代わりに訊ねた。


「そんなことができるのですか?」

「そりゃあ、うちの若様は自分の欲のためなら何だってする天才策士だからね。せっかくの才能なんだから、他の方向に活かしてほしいんだけど」

「もしかして、腐敗した貴族と王族に退場してもらうっていうのは……」


 リアハが悠然と紅茶のカップに口をつける。


「内部から崩す準備は着々と進んでいるよ。裏で学長が信頼のおける騎士たちを集めている」


 その言葉に穏やかだったヴェールの声が固くなる。


「……内乱を起こすんですか?」


 フッと銀髪が揺れる。


「そんな大それたものではないよ。円満に政権交代をしてもらうだけさ」


 その内容にオレはつい口を挟んでいた。


「そこにヴェールを巻き込むつもりか?」


 話の流れから想像していたのだろう。

 ヴェールも無言のままリアハから視線を動かさない。


「そこはヴェール君次第かな。ヴェール君が巻き込まれることを望まないなら、うちの若様が政権を握るだけだよ」

「それは、ベガイスター王国がナーシュ国に支配されるということか?」

「そうなりたくないなら、ヴェール君が王になればいい」

「その結果、ヴェールが王になったとしても、ナーシュ国の傀儡になるということではないか?」


 オレの問いにリアハが肩をすくめる。


「こちらにそのつもりはない、と言っても信じてもらえるかな?」

「信じますよ」


 ヴェールの即答にオレだけでなく灰色の瞳も丸くなった。

 それから、リアハが口元に深いシワを寄せ、興味津々に訊ねた。


「どうしてだい?」


 その質問に翡翠の瞳がまっすぐ答える。


「ミュレル王子はリアハさんの番になりたい。そのためには近隣諸国との関係を平和にする必要がある。力づくで治めた場合、一時は平和でも、いずれは不満となり反乱のタネとなる。それはミュレル王子が望むことではないでしょう」

「そうだね」

「だから、不満が起きにくい方法で円満に政権を交代させ、軋轢が生じないように国際関係を続けると思います。それと……」


 全員の視線がヴェールに集まる。


「ミュレル王子は治政をするよりリアハさんと一緒に過ごす時間が多い方を選ぶでしょうから」


 にっこりと微笑みながら、ふわふわの亜麻色の髪が柔らかく揺れる。

 その様子にリアハが降参と両手をあげた。


「まったく、その通りだよ」

「リアハさんは大変ですね」


 その指摘に灰色の瞳が困ったように細くなり、渋みのある苦い笑みを口元に浮かべた。


「本当だよ。ベガイスター王国との関係を良好にしたら私は一季節ぐらい若様に監禁されそうな気がする」


 軽い口調だが、冗談ではない重みを含んだ空気が漂う。

 その様子にヴェールが同情したように言った。


「頑張ってください」


 そのことにリアハがフッと声に出して笑う。


「そういう君たちは今のうちにしっかり自由を満喫しておきなよ。もう少ししたら、イチャつく間もないほど動かないといけなくなるからね。お茶、美味しかったよ。ご馳走様」


 そう言ってリアハが帰っていく。

 どこか哀愁が漂う背中を眺めながら、オレは椅子に座ったまま優雅に紅茶を飲むヴェールへ声をかけた。


「大丈夫か?」

「何が?」


 振り返った顔が不思議そうにオレを見つめる。

 その表情が可愛らしくて、思わず伸びかけた手を根性で留めた。


「これからのことだ。あいつの言う通り、国に戻って王になることになったら……」


 白い指が言葉を塞ぐようにオレの唇に触れる。

 それから、ふわふわの亜麻色の髪が揺れ、大きな翡翠の瞳がオレを映してニッコリと微笑んだ。


「シュバルツが一緒なら、ボクは大丈夫だよ」


 その言葉と表情に愛おしさが込み上げる。

 オレは上半身を屈め、背後からヴェールを抱きしめるような姿勢のまま顔を近づけた。


「あぁ、オレはどんなことがあっても離れない。ずっとヴェールを守る」


 その言葉とともに翡翠の瞳と視線を絡めながら亜麻色の髪に軽くキスをした。

 それから、こめかみ、目元、口元、と軽く唇を落としていく。


「ちょっ、くすぐったい」


 ヴェールが肩をすくめて少しだけ逃げようとする。


「ずっと、一緒にいるんだろ?」


 意地悪い声で訊ねれば、どこか恥ずかしそうに翡翠の瞳が見上げてきて……


「うん」


 頬を染めて頷いた大きな目に欲情に溺れた黒い瞳が映る。


(あぁ、もう! 可愛いすぎるだろ!)


 我慢ができなくなったオレは花弁のような唇を舐め、そのまま深く口づけをしようと小さな頭を掴んだ。

 だが、そこで……


「そこ! 昼間っから、イチャつかない! いっつも、イチャつくだけで終わらないんですから! 何度も言わさないでください!」


 ベンノに怒鳴られたオレたちは目を合わせて苦笑した。




 その後、リアハが語った通りミュレルによってベガイスター王国は内部から崩壊し、王族と貴族たちは姿を消した。

 そして、オレとヴェールはベガイスター王国を立て直すことになるのだが、それはまた別の話――――――




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