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同室騎士の恋愛事情【書籍化】  作者:


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24/25

リアハの正体

「まさか、本物っ!?」


 オレのこぼした声にと名乗った青年が大きく頷く。


「そうだが、堅苦しくしなくていいぞ。話し方も今のままでいい」


 椅子から腰が浮きかけていたオレはそのまま座り直した。


 ミュレル・ナーシュ。ナーシュ国の第二王子で今回、ヴェールと交換でベガイスター王国の王都へ行く王子の名だ。


「まさか、こんなところで……」


 驚くオレにリアハが当然のように言う。


「お互いに目的地へ行く途中なんだから、すれ違ってもおかしくないだろう?」


 その裏があるような声音にオレはピクッと眉を動かした。


「ここですれ違うように狙ったな?」

「さてね」


 花を撒いていた美女が淹れた紅茶をリアハが悠然と口に含む。

 その様子を呆然と見ていたヴェールがハッと我に返って椅子から立ち上がった。


「そうだ! 名乗りが遅れまして、申し訳ありません! ボクはヴェールで、その、ナーシュ国へ行くことになった第六王子になります! こっちはボクの護衛騎士のシュバルツです!」


 明らかに動揺しているヴェールに対して、ミュレルが和やかな笑みを浮かべる。


「あぁ、若いのにしっかりしているな。ほら、座って。せっかくの茶が冷めてしまう」


 その言葉に誘導され、ヴェールがおずおずと椅子に腰をおろす。


 若いと言っても、オレたちとは数年ぐらいしか差はないように見えるのだが、と思いながら疑問の視線をリアハに向ける。すると、そんなオレの思考を読み取ったように答えがきた。


「うちの若様は年下の兄弟がおおくてな。よく年下の弟や妹の面倒をみていたんだ」

「いや、だからって……」


 口ごもるオレにミュレルがゆったりと笑う。


「リアハから聞いたが、二人ともいろいろと大変だったようだな。我が国に来たら、そのような気苦労はさせぬから安心しろ」


 その発言にヴェールが慌ててリアハに視線を移した。


「何を言ったんです?」

「業務上で必要な報告をしただけだよ」

「絶対、それだけじゃないだろ!? いや、そもそもおまえは何者だ!?」


 オレの言葉にリアハではなくミュレルが声を挟んだ。


「言ってなかったのか?」


 こうして第二王子と茶を飲み、美女や演者に扮した護衛から閣下と呼ばれる時点で只者ではないことは分かる。ただ、何者なのかが想像つかない。

 警戒するオレに灰色の瞳がフッと笑う。


「別に言うほどのことでもないと思ってね」


 いつものように掴みどころがない飄々とした態度と言葉。

 それでも、黙って睨んでいると、観念したようにリアハが口を開いた。


「元軍師ってだけだよ。今は隠居して、相談役ってところだけどね」


 その回答にオレとヴェールは絶句した。


 ナーシュ国の軍師といえば、どんな国が相手でも負け知らず。戦わずに勝利した戦も数知れず。軍神とまで呼ばれていたのだが、数年前に突然引退したいう噂が流れてきた。その理由は病気とも、暗殺とも言われていたが、真相は不明のまま。


 ただ、その軍師は剣のように鋭く輝く銀髪と、鎧のように鈍色に光る灰色の瞳を持つことで有名で、まさにリアハの特徴と一致する。


 このことを思い出したオレは額を押さえて俯いた。


「なんで気づかなかった、オレ」


 悔しさで口の端を噛むオレをヴェールが慰める。


「有名な人が近くにいるなんて普通は思わないし、たとえ気づいたとしても、他人の空似って考えるよ」

「……ヴェール」


 顔をあげると可愛い顔が天使の微笑みが目の前にあった。それだけで苦い感情が浄化され、消えていく。翡翠の瞳と視線を絡ませ合い、甘い空気が流れる。

 こんな状況でなければ、その細い腰を引き寄せて口づけをしていたのに。


 欲望をグッと堪えていると、ヴェールの全身を見たミュレルが軽く首を捻った。


「ところでリアハ、こいつは本当にΩなのか? Ωだという報告だったが、まったく匂いがしないぞ」


 その発言にオレは警戒心を強めた。

 いつでも攻撃できる体勢になったオレに対して、給仕をしている美女や、その周囲にいる演者たちに緊張が走る。


 だが、ヴェールはまったく気にする様子なくミュレルに質問をした。


「ミュレル王子はΩの匂いが分かるのですか?」

「あぁ。俺は特殊な生活のせいでαの中でもΩの匂いに敏感で気づきやすい体質になっていてな。そのせいで、αと番になったΩでも匂いに気づくんだが……」


 リアハがオレとヴェールを交互に見る。


「不思議なぐらい匂いがしないな」


 ミュレルの言葉にリアハが口の端をあげた。


「それどころか、ヴェール君からはαの匂いがするぐらいだよ。これは私がΩだから分かるんだけどね」


 思わぬ発言にオレとヴェールの声が重なる。


「「えっ!?」」


 細くなった灰色の瞳が探るようにオレたちを見つめる。


「私が知らない間に二人は番になったようだね。しかも、今朝まで盛り上がっていたみたいで。いやぁ、若者は元気だねぇ」


 ハッハッハッと軽く笑われ、ヴェールの顔が真っ赤になる。

 オレは口をパクパクさせながらも何とか言い返そうとしたところで、ミュレルがバン! とテーブルを叩いて立ち上がった。


「俺だって若いぞ! リアハを満足させられるぐらい抱ける!」


 突然の発言に意味が分からずに呆然としていると、リアハが慣れた様子で右手を出して迫るミュレルを制止した。


「はい、はい。今はそういう話をしているんじゃないからね。座って、座って」

「いいや! 俺だって若いし、元気だし、一晩中どころか二晩でも三晩でもリアハを抱けるぞ!」


 暴走するミュレルに対して、リアハは悠然と紅茶を飲みながら会話を続ける。


「はい、はい。そういうのは番になった相手に言おうね」

「だから、俺の番になってくれって言ってるだろ!」

「ナーシュ国が平和になったらね」

「……クッ!」


 まるで、オモチャを買ってくれと駄々をこねる子どもを適当にあしらう大人のような対応。


 そんな二人のやりとりと無言のまま眺めていると、ヴェールがポツリと呟いた。


「もしかして、リアハさんの運命の番は、ミュレル王子ですか?」


 ブハァッ!!!!!!


 リアハが盛大に紅茶を噴き出す。


「うわっ!?」


 反射的に下がったオレに対して、ヴェールは慣れた様子で椅子から飛び退いていた。


「ちょっ、いや、ヴェール君。今、ここでソレを言うかな?」


 盛大に慌てるリアハの様子に、距離を置いて護衛をしていた美女も演者も唖然としている。

 オレも伝説の元軍師の唐突な紅茶噴きだし事件に言葉を失っていると、ヴェールが平然と答えた。


「前に話していたことを思い出しまして。ボクより少し年上でαの……その話をしていた時と同じ目をしています」


 その説明にリアハが参ったとばかりに左手で両目を押さえて俯く。


「まったく。相変わらずヴェール君の観察眼は凄いね」


 そこで我に返ったのか、呆然と立っていた美女が急いでティーセットをさげてテーブルを拭きだした。

 その様子を眺めながら思わず呟く。


「……本当にΩだったのか」


 αよりもαらしい体躯と雰囲気。それなのに、本当にΩだったとは。

 唖然としているオレに鋭い声が刺さる。


「やらんからな!」


 ミュレルの忠告にオレは速攻で手を左右に振った。


「いや、いらんし」


 相手が王子であることも忘れ、素で本音が出た。本来なら懲罰ものの態度と言葉。


 しかし、当の王子はオレの言葉や態度はまったく気にせず、他のことに憤慨して声を荒げた。


「軍神と呼ばれるほどの軍師として最高の頭脳を持ちながら、このエロ逞しい体と顔を持つリアハをいらないだと!? 本気か!? 正気か!? どこかで頭を強打したのか!? 良い医者を紹介するから、一度そこで頭と目を診てもらえ!」


 海よりも深い青がまじまじとオレを覗き込む。


(こいつ、本気で言ってる!? だが、相手は隣国の王子だし、下手な対応はできない……ってか、頭と目を診てもらったほうがいいのは、こいつだろ! いや、いや。冷静になるんだ、オレ。こんな残念なヤツでもナーシュ国の王子。無礼な対応は慎まなければ)


 頭をフル回転されて、どう答えるか悩んでいると、ツンと服の裾を引っ張られた。

 視線をずらすと俯いた亜麻色の髪がオレの袖を掴んでいて……


「どうした?」


 オレの問いにハッとしたようにヴェールが顔をあげて手を離した。


「な、なんでもない!」


 その様子にリアハが楽しそうに灰色の目を細める。


「シュバルツ君が他のΩに目移りするのが嫌だったのかな?」


 その言葉を肯定するように、大きな翡翠の瞳を伏せた白い顔がカァァァと赤くなる。そして、恥ずかしそうにふわふわの亜麻色の髪をプイッと横へ向けた。


「だ、だって、シュバルツはボクの……番、だから……その……」


 こぼれるような小声だったが、ハッキリとオレの耳に届いた。


 その内容にオレの心の奥底がむず痒くなるような、嬉しさと喜びと、とにかくいろんな感情が入り混じって溢れそうになる。


(か、可愛い! 可愛いが過ぎる! ヤキモチなのか!? 本当にヤキモチなのか!? オレが他のΩを意識したから!?)


 爆発しそうな気持ちを抑えるためにオレは両手で顔を押さえて天を仰いだ。


「……尊い」


 堪えきれず漏れる。

 その隣では恥ずかしそうに戸惑いながらも、チラチラをオレの様子を伺うヴェール。その反対側では、頑なにオレへ医者を勧めるミュレル。


 この状況に苦戦していると、穏やかに眺めていたリアハから苦笑が落ちた。


「なかなかな混沌(カオス)っぷりだね。いやぁ、若いねぇ」


 まるで他人事のような言葉と態度にオレは思わず怒鳴った。


「そもそも、おまえが原因だろ! どうにかしろ!」

「そう言われてもねぇ。とりあえず、みんな座らないかい?」


 そう言いながら新しく差し出された紅茶のカップに口をつけるリアハ。


 オレたちは顔を見合わせた後、おとなしく椅子に座ると、灰色の瞳がオレたちの方を向いた。


「それで話を戻すけど、ヴェール君の匂いがそこまでなくなったってことは、二人は運命の番だった、ということかな」


 爽やかに衝撃発言をする色男。


「「え?」」


 このことに再びオレたちの声が重なった。


 ミュレルが新しい紅茶を飲みながら説明を引き継ぐ。


「運命の番と番になったΩは、他の者がΩの匂いを感じなくなるぐらい匂いが少なくなるらしい。匂いに敏感なオレが感じ取れないぐらいだから間違いないだろう」


 その言葉にヴェールと顔を見合わせる。


「知ってたか?」

「番の存在は本で読んで知っていたけれど、ここまでの情報は知らなかったよ」


 驚き合うオレたちにミュレルがフッと笑う。


「運命の番は尊く、絶対的関係だ。我が国では番がいる者に手を出すことは重罪であり、それが運命の番ならば、なおの事。だから、二人は安心して我が国で過ごすといい」


 ここでヴェールはおずおずと訊ねた。


「あの、どうしてボクたちにそこまでしてくれるのですか?」

「何を言う? 国を治める者の子として当然のことだ」


 金髪を揺らして胸を張って答えたミュレルに対して、ボソッと隣から声が落ちる。


「本当は自分の欲望のためだけどね」


 小声だったが、しっかりと聞こえた声にオレとヴェールはリアハの方を向いた。


「それは、どういう意味ですか?」


 不思議そうに見つめる翡翠の瞳に対して、光をなくした灰色の瞳が遠くを見つめた。


「私は若い頃にいろいろあってね。ある日、すべてが面倒になった私は、ナーシュ国を平和にした者を番とする、と公言したんだ。すると、それを真に受けた若様がそれを実現させるために動き出してね」


 意味が分からないオレとヴェールが視線をミュレルへ移す。

 すると、青い瞳がキッとリアハを睨んだ。


「ちゃんと周辺諸国と和平を結び、結果を出してきたじゃないか。残るはベガイスター王国だけだ」


 その発言に銀色の髪がため息とともに揺れる。


「まさか、本当に実行して、実現させるとは思わなかったよ。ベガイスター王国もあと何年持つか」


 ミュレルが自信満々に金髪をかきあげた。


「そんなに時間はかけない。貴重なΩをあのように扱う国など、万死に値するからな」


 物騒な言葉にオレは腰を浮かせて警戒をした。


「どういうことだ!? 戦争をしかけるつもりなら……」


 ここで、ミュレルの金髪がぶわりと巻き上がり、青い瞳が鋭く光った。

 気安かった雰囲気が消え、αらしく獰猛で肉食獣のような威圧が広がる。それから、不気味な底の見えない笑みが浮かび、長閑な草原には不似合いな低い声が響いた。


「大丈夫だ、戦争は起こさない。腐敗した王族と貴族に退場してもらうだけだからな」


 そう言うと、青い瞳がヴェールに移る。


「君には、その後で活躍してもらうが」

「ボ、ボク?」


 無防備な表情のまま翡翠の瞳がキョトンと丸くなる。


(あぁ、その顔! 可愛い! 可愛いが過ぎる! その顔をオレ以外のヤツに見せたくない! こうなったら、ヴェールをどこかに閉じ込め……って、今はそうじゃない!)


 警戒しているオレを気にすることなく、ミュレルは物騒な気配を消してニコッと笑った。


「そうだ。それまでは、我が国に居てもらうが悪いようにはしない。君の騎士学校の学長とも話はついている」

「学長と?」


 ヴェールが首を傾げるが、その隣でオレは息を呑んだ。

 学長は騎士学校を卒業して国の要所を守っている騎士たちとの繋がりがあり、騎士団の内部事情を詳しく把握している。そして、王族の親族である公爵家でもあり、貴族への影響力も強い。

 その学長と、どんな話をつけたというのか。


「何をするつもりだ?」


 つい声が低くなったオレの質問にミュレルが形の良い唇の前に人差し指を立ててシーという仕草をする。


「今はまだ言えないが……そうだな。時が来たら教えよう、リアハがね」


 そう言ってウインクをされたリアハが肩を落とした。


「まったく、年寄りをこき使いすぎじゃないかい?」

「年寄りっていうほどの年じゃないだろ」

「私は早く隠居したいんだよ」

「だから、ゆっくり隠居できるように世界を平和にしようとしているんじゃないか」


 そんな二人のやり取りを見ながらヴェールが納得したように頷いた。


「リアハさんがベガイスター王国にいたのは、ミュレル王子のためだったんですね」

「どういうことだ?」


 話が見えないオレにヴェールが説明をする。


「今回の和平条約を結ぶための下準備をリアハさんたちがしていたんだよ。そのために、ベガイスター王国にいて、その途中でたまたまボクたちと出会った。そうでしょう?」


 確認するように視線を向けると、灰色の瞳がフッと笑った。


「たまたまかどうかは分からないよ?」

「え?」


 ヴェールの声に答えることなく、リアハが立ち上がる。


「さて、最後の仕上げをしないとね。見送りはここまでだけど」

「わかっている。ベガイスター王国の低俗な輩の視線をリアハに浴びせたくないからな。城で待っていてくれ」


 そう言いながらミュレルがさりげなくリアハの腰に手をまわす。そして、甘えるように高い鼻を銀髪の襟足に埋めながら、そっと囁いた。


「即行で終わらせてくる」

「わかっているけど、無理はしないようにね。予定外のことがあったら、すぐに撤退するんだよ」

「そう心配するな。撤退のタイミングはおまえに散々、教え込まれた」

「そうだけど、油断しないようにね。たまに、キミは暴走するから」


 大きな手が幼子をあやすように金髪を撫で、青い瞳が気持ちよさそうに細くなる。まるで空間を切り取ったかのように草原が二人の世界となり、柔らかな風とともに甘い空気が包む。


(な、なんだ? どうすればいいんだ?)


 突然のイチャつきに戸惑いながら周囲に視線を移す。すると、美女がティーセットを素早く片付け、演者がテーブルセットを撤収していく。


 その素早さに目を奪われていると、気合いが入った声が響いた。


「よし! じゃあ、いってくる!」

「あぁ、行っておいで」


 勢いよく顔をあげたミュレルの背中をリアハが軽く叩いた。







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