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同室騎士の恋愛事情【書籍化】  作者:


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23/25

翌朝

「で、これはどういうことですか?」


 朝一番。

 使用人のベンノが冷えきった目でオレを睨んできた。


「ヴェールが歩けないから運んでいるだけだ」

「そりゃあ、あれだけ盛り上がればそうなるでしょうね!」


 怒りがこもった声に、オレの腕の中でヴェールの肩がビクリと跳ねる。

 横抱きにした状態で、だらりとオレに体重をかけ、表情もどことなく気怠げだったが、その翡翠の瞳が徐々に丸くなり……


「えっ!? え? えぇ!?」


 昨夜のことがバレてないと思っていたのか、白い顔が一瞬で真っ赤に変わった。


 その顔につい先ほどまでベッドでおこなっていた情事を思い出す。

 ヴェールの痴態に案の定、抑制が効かなくなったオレはうなじを一度噛んだだけでは収まらず、何度も噛みながら朝まで抱き潰した。


 その結果、ヴェールは生まれたての小鹿のごとく下半身がガクガクになり、とても歩けるような状況ではなく、オレがこうして運んでいる。

 腕の中の幸せを噛みしめていると、茶色の目がキッと睨んだ。


「そこ、ニヤニヤしない! そもそも、護衛騎士が何をやっているんですか!?」


 つい口元が緩んだオレをベンノが厳しく叱る。

 しかし、それをヴェールが素早く止めた。


「待って。ボクがシュバルツにお願いしたんだ。だから……」

「そうだとしても! その願いに応える騎士がいますか!? 騎士なら断りなさい!」


 ひたすらオレを責めるベンノだが、それをヴェールが庇う。


「だから、ボクが命令したんだ。シュバルツはそれに従っただけだから」

「足腰が立たなくなるまで抱けって命令をしたんですか?」

「そ、それは……あの、そこまでは……」


 真っ赤な顔のままモゴモゴと口ごもり、ふわふわの亜麻色の髪で表情が隠れた。その様子が可愛くて眉尻がつい下がってしまう。

 そのまま黙って見つめていると、鋭い声がオレに刺さった。


「命令だったとしても、過剰遂行です! 本来なら懲罰ものですよ!」


 その指摘にオレはフッと口の端をあげた。


「わかっている。だが、夜のオレは護衛騎士ではなく、一人の男としてヴェールを抱いて番にした。このことに、後悔はない」


 言い切ったオレに対して大きな翡翠の瞳が嬉しそうに細くなる。


「……シュバルツ」


 オレの名を呼びながら白い手が伸びてきた。

 愛おしそうにオレの頬を撫でながら、可愛い顔が蕩ける。

 その表情にあれだけ欲情を注いだ下半身が元気になっていく。


「ヴェール……」


 視線を絡めたまま唇を近づけようとしたところで、殺気が走った。


「こんなところで二人の世界を作って盛らないでください! さっさとヴェール様を馬車に乗せて、出発しますよ!」

「わかった、わかった」


 ベンノに追い立てられたオレは早足だが、ヴェールに振動を与えないように歩いた。



 馬車は昨日と同じように警備兵の宿舎の入り口に停まっており、そのまま乗り込んだオレは名残惜しさを感じながら柔らかな座席にヴェールをそっとおろした。


「大丈夫か? しんどくなったら、すぐに声をかけてくれ」


 心配するオレに対して、ヴェールが亜麻色の髪を揺らしながら天使の微笑みを見せる。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ボクだって騎士学校の生徒だったんだから。体は丈夫だよ」

「それは分かっている。だが、それを考慮しても無理をさせたから」


 途中から意識が完全に跳んで、ひたすら抱き潰していた。気が付いた時には窓の外は明るくなっており、ヴェールの声は掠れを通り越して出なくなっていたほど。


 ここまでするつもりはなかったのに。


 沈むオレの手に白い指が触れる。


「ある程度は魔法で回復したし、あとは馬車で休めば大丈夫。隣国との国境を超える頃には歩けるようになっているから。だから、シュバルツは自分の仕事に集中して」


 その言葉に気を引き締めた。

 触れてきた白い指に自分の指を絡め、握りしめる。


「何があってもヴェールは守る。オレの命に代えても」


 オレの宣言にフルフルと亜麻色の髪が横に揺れた。


「そうなった時はボクも一緒に戦うよ。シュバルツと離れたくないから」

「……ヴェール」


 馬車の中に甘い空気が溢れる。

 そのまま花弁のような唇に引き寄せられていると、ベンノの怒鳴り声に蹴られた。


「さっさと出発しますよ!」


 その声にオレは軽く触れるだけのキスをしてヴェールから離れる。


「また、あとでな」


 笑顔を向ければ、可愛らしい顔が真っ赤になっており……


「う、うん」


 そう言って、恥ずかしそうに俯いた。


 昨晩(朝まで)にあれだけ乱れた姿を見せたのに、軽くキスだけで顔を真っ赤にするヴェール。その可愛らしさと愛おしさに胸が苦しくなる。


(キスなんか足元にも及ばないぐらいのことをしたのに……なんて、純情な……ハッ! まさか、回復魔法で処女に戻るのか!? だから、あんな初心(うぶ)な反応をしたのか!?)


 そんな見当違いな思考をするぐらいにオレの頭は浮かれていた。


 だが、現実はそうはいかない。


 これから行く隣国で何が起きるのか。


(ヴェールは一緒に戦うと言ったが、いざとなったら……)


 大きく息を吐き、準備されていた自分の馬に跨る。

 これまでの甘く淫らな思考をすべて斬り捨て、護衛騎士の顔となり、馬車とともにナーシュ国への道を進んだ。


 周囲には畑も民家もない。まばらに生えた木と草原が続くのみ。


(この世界に思い残すことはない。オレがすることはヴェールを守り抜くことだけ)


 全力でヴェールを抱いたオレはある意味、この世界に未練がない状態になっていた。


 和平条約のための王族の交換。人質状態だが、最低限の生活は保障されているだろう。ただ、ナーシュ国がΩをどう扱うのか情報がないため分からない。


(どんな状況になろうと、ヴェールだけはオレが盾となって守り抜く)


 覚悟を決めていると、前方から陽気な音楽が聞こえてきた。軽いテンポの曲とは反対に、先方を進む荷台に乗ったベンノたち使用人が警戒を強める。

 オレは荷馬車と馬車を停めてベンノに声をかけた。


「様子を見てくるから、ここで待て」

「シュバルツ!」


 馬車から顔を出したヴェールにオレは釘を刺した。


「オレが合図するまで絶対に馬車から出るな。ベンノ、何かあったらオレにかまわず、すぐに逃げろ」

「わかりました」


 ベンノが迷う様子もなく即答する。

 そのことに安心しつつ、オレは馬を先へ走らせた。


 この先には川があり、ナーシュ国との国境にもなっている。

 本来なら橋はないのだが、和平条約によりお互いの王族を交換することになった時点で急遽、作成された。しかし、この橋も再び戦争が起きれば、すぐに壊されるだろう。


 そんなことを考えながら馬車が渡れるほどの大きさの橋を観察していると、陽気な音楽とともに馬車が近づいてきた。


「こっちに向かっているな」


 ギシギシと音をたてる木造の橋の上。豪華な馬車を先頭に、数台の馬車を引き連れた一団がこちらに向かって歩いている。


「……旅芸人か?」


 オレがそう思ったのも無理はない。


 先導する美女が花びらを撒き、立派な体躯の男たちが楽器を演奏しながら踊り歩く。さながら、収穫祭のカーニバル状態。


 しかも、その後に続く馬車も荷馬車もすべてが眩しいほどに装飾され、野盗でも怯むであろうほどの派手さ。


 そんな光景を橋の手前で呆然と眺めていると、聞き覚えがある声がした。


「やあ、予想通り来たね」


 馬車と並んで歩く馬に乗っていた銀髪の色男がオレに手を振る。


「おまえはっ!?」

「久しぶりだね。元気だったかい?」


 そう言いながらリアハが馬を操作して一団の横を抜けると、そのままオレのところへやってきた。


 軽やかに馬を操りながら銀髪を揺らす。

 年齢を感じさせない適度に鍛えられた体躯。中年ながらも渋みを帯びた色香を漂わせ、オレを見た灰色の瞳が嬉しそうに細くなる。そのイケオジぶりが、また妙に腹立たしい。


 そんな姿に、オレは馬に乗ったまま怒りを隠さずに吠えた。


「元気も何も、突然消えて、どこで何をしていやがった!?」

「おや、おや。なにをそんなに怒っているんだい?」


 灰色の瞳が丸くなり、不思議そうに首を傾げる。

 そのワザとらしい仕草がオレの神経をますます逆撫でした。


「ワザとか!? ワザとオレを怒らせているのか!?」

「そんなことないよ」


 飄々と答える姿にプチっとオレの中で何かが切れる。


「いい加減にしろよ、おまえっ!」


 手が剣に伸びかけたところで、演奏の音が消え、花を撒いていた美女が消え、一瞬でオレの周囲を様々な武器の刃が囲んだ。


「これ以上の閣下への無礼は容認できぬぞ」


 鋭い殺気とともに、楽器と花を武器に持ち変えた演者と美女がオレを睨む。


「……閣下?」


 探るようなオレの声にリアハが笑う。


「あぁ、気にしないでくれ。皆も気にしないで。持ち場に戻っていいよ」

「ですが、閣下」


 不満を口にしつつ解散しそうにない演者と美女。

 そこにオレの名を呼ぶ声がした。


「シュバルツ!」


 その声に慌てて振り返る。

 ふわふわの亜麻色の髪を揺らしながら必死に走ってくるヴェール。その後ろをベンノが慌てて追いかける。


「おまっ!? なんで馬車から出てきた!?」

「だって、危険な感じが……あれ? リアハさん?」


 コテンと首を傾げて見上げるヴェールに灰色の瞳が懐かしそうに微笑む。


「やあ、久しぶりだね」

「どうして、リアハさんがこんなところに?」


 その質問に銀色の髪が大きく動いた。


「そうだね、そろそろ説明してもいいかな。よし、みんな。ここで休憩にしよう」


 橋を渡り終えた一団が近くにあった広場へ馬車を停めた。

 荷馬車も数台ほどあるが、その中心にある豪華絢爛な馬車はキラキラと太陽の光を弾き、眩しくて直視できない。


 少し離れたところに、こちらの馬車と荷馬車も停めたが、こうして比べると派手さが際立つ。目立ってなんぼの大道芸人でも、ここまで派手なことはないだろう。


 そんな光景を眺めながら、オレたちは演者が木陰に準備したテーブルセットに座っていた。馬車の前で花を撒いていた美女たちが素早く紅茶を淹れ、茶菓子を並べていく。


「こんなところでお茶ができるなんて思ってもいませんでした。凄いですね」


 素直に称賛するヴェールにリアハが珍しく苦笑いを浮かべる。


「うちの若様の趣味でね」

「いつ、いかなる時でもお茶を嗜む。その余裕を持つことは大事だろ?」


 そう平然と述べたのは、いつの間にかリアハの隣に座っていた青年だった。

 黄金色に輝く金髪を風になびかせ、海よりも深い青色の瞳をオレたちに向ける。筋が通った鼻に形のよい唇。程よく鍛えられた体で、眉目秀麗という言葉がピッタリな容姿。

 オレたちより少し年上の二十歳ぐらいに見えるが、それにしては落ち着きと自信に満ち溢れている。


「余裕を持つことは大事だと思いますが、その……あなたは?」


 ヴェールの質問に青年が余裕の笑みを浮かべる。


「あぁ、俺はミュレル・ナーシュ。おまえたちのことはリアハから聞いている」


 その名にオレとヴェールは絶句した。





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