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同室騎士の恋愛事情【書籍化】  作者:


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20/25

再会の裏で

 時は二人が再開する直前に遡る――――――



 手続きに手間取り、出発が遅れたのは本当に痛手だった。


「今ならまだ国境の手前にある町で合流できるはず!」


 最低限の荷物と剣を下げ、騎士服にマントを羽織って馬を走らせる。その胸にはヴェールの近衛騎士である証の胸章。


 和平条約を結んだとはいえ、数年前までは戦争をしていたナーシュ国との国境近くのため人通りはない。国境近くの町もいつ戦争に巻き込まれるか分からないため、住んでいる人は少なく、警備兵の駐屯地のようになっている。


 騎馬隊が進軍しやすいように広く作られた道を進んでいると、少し先に停車している馬車が見えた。


「……何か、トラブルか?」


 こんな何もない道の途中で停まる理由が浮かばない。


 目を凝らすと前側には先導するように荷馬車があり、その後ろには豪華な馬車がある。


「ヴェールの馬車か?」


 追いつけた、という喜びも束の間。どうも様子がおかしい。


「野盗か?」


 オレの言葉を証明するように薄汚れた男たちが豪華な馬車に集まっている。


 しかも、その中心ではふわふわの亜麻色の髪が小汚い男に迫られており……


 この光景だけでオレの中で何かがキレた。


『我が怒りよ、黒炎となりて燃やし尽くせ!』


 気が付けば無意識に魔法を詠唱して、すべてを燃やし尽くそうとしていた。


「ぎゃぁぁぁ!」


 男たちから醜い叫び声があがり、包まれた火の熱さに苦しみ転げ回っている。

 オレのその様子を眺めながら、フンっと鼻を鳴らした。


(ヴェールに手を出した時点で万死に値する!)


 そこに、ポツリと懐かしい声が落ちた。


「なにが……」


 その声にオレは素早く馬から降りて走った。


「ヴェール! 大丈夫か!?」


 叫びながら、ふわふわな亜麻色の髪ごとその体を抱きしめる。

 適度に筋肉がついたしなやかな体。子どものような少し高めの体温に、心地よい白百合の香り。すべてが別れる前と同じで、何も変わっていないことに安堵する。


 会えなかった期間は一節も満たないほど。

 だが、何年も会っていなかったような感覚で、気持ちが抑えられない。こうして再び隣にいられることへの喜びと嬉しさが爆発して腕に力が入る。


 そんな感動に打ち震えてるオレに対して、腕の中から驚き混りの疑うような声が漏れた。


「……まさか、シュバルツ?」


 半信半疑のような声音に、オレは腕を緩めて少し下にある翡翠の瞳を覗き込んだ。


「そうだ。遅くなって、すまなかった」


 もっと早く……いや、最初から一緒に移動できていれば野盗に襲われるなんてことはなかったのに。


 自責の念に駆られていると、ヴェールが不思議そうに訊ねた。


「遅くって、どういうこと?」


 まさかの疑問にオレの方が驚く。


「護衛の騎士が遅れるって、聞いてなかったのか?」

「それは聞いてたけど……」


 それでも不思議そうな顔をしているヴェールを見て、オレはピンときた。


「なら、護衛の騎士がオレだって聞いてないかったってことか?」

「シュバルツが護衛の騎士!?」


 驚愕の声とともに大きな目が何度も瞬く。

 亜麻色の髪がふわふわと風に遊ばれ、小さな口がポカンと開いたまま唖然としている。


(その無防備に開いた口! 飴玉を入れたくなるじゃないか! そのビックリした顔も可愛いし、どれだけオレを悶えさせれば……って、そうじゃない!)


 オレは口元が緩み過ぎないように必死に力を入れながら事情を説明した。


「いろいろ手続きに時間がかかって遅くなった。本当に、すまない」


 謝ったオレに対して、ヴェールがハッとしたような顔になりオレに迫った。


「いろいろ手続き……って、それよりも、家の再興をするんでしょ!? こんなところにいる場合じゃないよ! 学校はどうしたの!?」

「そこら辺については話すと長いんだが……」


 そこに使用人の一人がおずおずと声をかけてきた。


「あの、危ないところを助けていただき、ありがとうございました。あなたは……遅れていた護衛の方ですか?」


 半信半疑の視線にオレは頷きながら胸に付けている胸章を見せた。


「ヴェールの近衛騎士に任命された、シュバルツ・アノーだ」


 そのことに使用人の肩から力が抜ける。

 オレは次に進むため話を続けた。


「遅れて悪かった。ところで、そっちに怪我人はいるか? 馬は走れそうか?」


 その問いに、走ってやってきた他の使用人が答える。


「多少の打ち身はありますが、全員動けます。荷台は問題ありませんので、馬が落ち着いたら走れます」

「よし。じゃあ、馬を落ち着かせて走れる状態になったら移動する」


 オレの指示に最初に話しかけてきた使用人が野盗たちに視線を向けた。


「あの、野盗たちはどうしましょう?」


 その声の先には、火は消えたが呻き声をあげたまま転がる野盗たち。全身にやけどを負っているが一応、全員生きている。どうやら、無意識に手加減をしていたらしい。

 オレは舌打ちしそうになるのを堪えながら言った。


「全員、そこの木に縛りつけておいて、町の警備兵に捕まえてもらえばいい」

「あ、それならやりたいことが……」


 ヴェールの提案は受け入れがたいものだったが、本人の優しさを考えれば当然のことで。

 オレは仕方なくヴェールの提案を受け入れて実行した。


 オレはヴェールが乗る馬車と並走して馬を走らせながら愚痴った。


「まったく。優しすぎると思うんだがなぁ」

「でも、あのままだったら、みんな死んでたから……」


 ヴェールが馬車の窓から話しながら翡翠の瞳を伏せる。

 その表情に今すぐ抱きしめたい気持ちを抑え、淡々とオレの意見を口にした。


「だからって、治癒魔法を使って野盗の火傷を治すか? 魔力が勿体ないだろ。あ、危ないから窓から顔は出すなよ」


 オレの忠告にヴェールが窓から顔は出さずに大き目の声で返事をする。


「完全には治してないし、警備兵が来るまで眠り続ける魔法をかけたから逃げられないし、それぐらいならいいでしょ?」


 おねだりするような声音と表情。その姿にオレの胸がギュンと痛み、下半身のギュンと熱が集まる。

 騎士学校にいた頃から何かあるとこうやってオレにお願いをしていた。その度にオレは額に手を当てたまま天を仰いでお願いを聞いていたのだが、今回ばかりはそうはいかない。


「だが、あの中にはおまえのうなじを噛もうとしたヤツもいるんだぞ。あー、思い出したら腹が立ってきた! やっぱり腕の一、二本折っておくか」


 怒りとともに、もと来た道を振り返る。腕の一本や二本ではなく全身の骨を折りたい。それから水に沈めて、もう一度、火あぶりにして、それから……


 物騒な思考に支配されかけていると、ヴェールの慌てたような声がした。


「そ、それより、シュバルツはどうして、ここに? 家や学校は大丈夫なの?」


 オレが近衛騎士となって護衛として同行することも知らなかったのだから、そこら辺の事情も知らないはず。だが、馬車と馬越しに大声で話すわけにもいかない。


 どうするかと考えていると、前方に小さな町が見えてきた。今夜、宿泊する宿もそこにある。


「それについては今夜、話す。もうすぐ町に着くからな。念のために窓を閉めて、オレが声をかけるまで馬車から出るな」


 オレは安全を確認するため先に馬を走らせた。


~~


 荷馬車より先に町に到着したオレは警備兵に野盗のことを伝えた後、この辺りの治安と今晩宿泊する建物の周囲を確認した。

 ここは国境近くの小さな町のため、宿もない。

 そのため、警備兵の宿舎の中にある貴賓室に宿泊する予定になっていた。


「さっきのようなことがあったらいけないからな」


 警備兵の宿舎内とはいえ油断はできない。

 外敵からの侵入経路となりそうな箇所には(トラップ)魔法を仕込み、安全を確保してからヴェールが乗る馬車へと声をかけた。


「ヴェール、着いたぞ。もう馬車から降りても大丈夫……って、どうした!?」


 馬車のドアを開けた瞬間、ぶわりと甘い香りが広がった。いや、広がるなんて生易しいものではない。白百合に薔薇やジャスミンなど様々な花の香りが襲う。


 その強烈な匂いにオレは反射的に腕で鼻を塞いだ。


「な、なに? なにか変?」


 困惑した様子で自身の体を見るヴェール。本人はこの匂いに気づいていないらしい。

 不思議そうな顔をしながらも、何かを誤魔化すようにニコッとオレに微笑みかける。フワッと揺れる亜麻色の髪の下にある、潤んだ大きな翡翠の瞳。その周りを彩る微かに蒸気した頬。花弁のような唇がプルンと瑞々しく輝き、オレを誘う。


(クソッ! こんな姿、誰にも見せられないだろ!)


 その表情と匂いに意識が持っていかれそうになるのを堪えたオレは、すぐに馬車から離れて荷物を下ろしている使用人に声をかけた。


「マントか大きな布はあるか!?」

「こちらにあります」


 黒褐色の髪の使用人が素早く反応してオレの前にマントを出した。

 ヴェールには少し大きいぐらいだが、今はちょうど良い。


「借りるぞ」


 マントを奪い取ったオレは馬車に乗り込んだ。


「これを羽織って、顔を隠せ!」

「え?」


 状況が分からずに戸惑うヴェールの頭からフード付きのマントを被せてグルグル巻きにする。

 これで少しは匂いがマシになったが、こんなのは焼石に水だ。とにかく、ここから離れないといけない。


「このまま部屋まで運ぶ」

「ど、どうして? ふぇっ!?」


 オレはヴェールを肩に担ぐと、そのまま馬車から降りた。


「な、なに!? ボク、自分で歩けるよ!?」


 そう言いながら芋虫のようにウネウネと動く体。その度にマントから漏れた匂いがオレの鼻と意識と下半身を刺激して……


「いいから、黙って運ばれろ」


 事情を説明している余裕なんてないオレは廊下を疾走し、今夜泊まる部屋に飛び込んだ。


「ど、どうしたの?」


 困惑しているヴェールをベッドにおろすと、オレにマントを渡した使用人が素早く部屋の窓を開けた。それから、持っていた香に火をつける。


「このお香はΩの匂いを中和します」


 その説明通り、オレを襲っていた匂いが和らいだ。完全に消えてはいないが、激しく誘惑する甘い香りが穏やかになり、ピリッとしたスパイスの匂いがオレの意識をハッキリさせる。


「そんなのがあるのか。対応も慣れているな」


 香のおかげでかなり楽になったオレに対して、使用人は周囲には聞こえないように小声で言った。


「今回、ヴェール様に仕えている者はΩか、身内にΩを持つ者たちです」


 基本的にΩと判明した瞬間、国へ報告して連れて行かれる。それが決まりで、それがベガイスター王国での普通だ。


(それを拒否して……ヴェールのように、βと偽って生活しているΩが他にもいるということか!?)


 オレは思わず使用人に訊ねていた。





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