第44話 取るに足らんクソ雑魚(終)
榛寿谷の〈えいちさま〉が伐採、爆破されても、榛寿谷からの人材の輩出は七十年もの長きに渡る。
榛寿谷の人材たちは既に、この国の一番深いところにまで根を張っていた。
政権与党上層部。
大手企業の経営者や幹部。
中央、地方の官僚たち。
マスコミのキーマン。
インターネットのインフルエンサー。
気鋭ベンチャーを率いる若手経営者たち。
学会、法曹界、業界団体、労働団体。
金や権威、力のある、すべての領域に。
万一への備えはあった。
〈えいちさま〉の種子や枝などを使った苗や接ぎ木による予備木は既に準備済みだ。
一朝一夕に行く話ではないが〈えいちさま〉を蘇らせ〈叡智浴〉の文化を取り戻す可能性は失われてはいない。
榛寿谷というコミュニティが消えたとしても〈えいちさま〉を中心にした叡智のネットワークは、そう簡単に消えはしない。
そのはずだった。
榛寿谷の住人、榛寿谷の出身者たちが猛烈な発作に襲われ、体内に根を張った〈えいちさま〉の種子を吐き出す瞬間までは。
榛寿谷出身の人材たちの特徴は〈叡智浴〉によって脳内に魔術的な通信回路を作られ、死者たちが生涯をかけて蓄積した学識、経験を受け継いでいること。そして、体内に入った〈えいちさま〉の種子によってある種の洗脳を受けていることである。
現役世代で約三〇〇人、OBなどを含めて千人規模に達する〈人材〉たちは、帆置知彦の配信終了後間もなく嘔吐、痙攣、吐血、失神と言った激しい発作に見舞われて、次々に病院に運び込まれていった。
榛寿谷の人間たちに寄生、その思考に干渉していた〈えいちさま〉の種子が生物の免疫反応を抑制する機能を失ったことによる拒絶反応だった。
帆置知彦が配信した鴻鵠建設社歌の影響とも思われたが、配信を見ていなかった人間にも同様の現象が発生した。
そして、各地で栽培されていた〈えいちさま〉の系譜に連なる予備木たちもまた、怪異としての力を喪失。
特別な害もなければ、特別な利益を生むこともない、ただの樹木となりはてていった。
残されたのは〈えいちさま〉の洗脳効果で力で美化されていた〈みこ〉〈叡智浴〉という邪悪な習俗の実態を思い出し、嘔吐や懺悔、あるいは自己正当化の言葉を繰り返す「人材だったもの」だけだった。
◇◇◇
「やっぱり、彼女の仕業だろうか?」
霞が関。
怪異・異能庁の長官室。
当たり前のような顔で茶道具の怪異『茶頭』を呼び出し、抹茶を点て始めた帆置知彦の様子を眺めつつ、古西長官は訊ねた。
「そのようですね。自覚はなかったようですが、確認したところ”間違いなく私だと思います”と」
「無自覚に?」
「ええ、〈えいちさま〉は完全に〈ロック〉しておかなければならない、そう思ったそうです」
そう説明しつつ、帆置知彦は薄茶の碗を差し出した。
「思っちゃったかー、まぁ、思うよなぁそりゃあ……」
古西長官は額に手をやった。
「必要ならば、ということで〈ロック〉解除用のキーを預かってきています」
帆置知彦は懐から封筒を出したが、古西長官は「預かっておいてくれ」と答えた。
「誰がやったかわかればそれでいい。あとは神田あたりと相談して神罰として処理しておくよ。下手に鍵なんかもらうとあとが面倒だ。榛寿谷出身者でもないのに、〈えいちさま〉を知的資源として国益に資するべき、なんて連中が出てきていてね。私だと圧力に負けたりうっかり盗まれたりしかねない」
自嘲するように言った古西長官は抹茶の茶碗を傾けたあと「これ、高いお茶じゃないだろうね?」と念を押した。
「スーパーで五〇〇円の抹茶です。国家公務員倫理法には引っかからないかと」
「それならセーフかな。いただこう。うん、けっこうなお点前で」
「茶碗は時価で三〇〇万円になりますがね」
『茶頭』に渡された別の碗を手に、帆置知彦はにやりと笑う。
「五〇代の公務員に茶器マウントをして楽しいかね君はっ!」
古西長官は悲鳴をあげ、爆発物を扱うような動作で茶碗をテーブルに置いた。
◇◇◇
古西長官との会談を終えた帆置知彦が静影荘に戻ると、沙津真ちぇすとが顔を出した。
〈えいちさま〉は伐採、爆砕され、種子や苗なども根こそぎ〈ロック〉された状況だが、榛寿谷の残党、古西長官が口にした〈えいちさま〉を資源と見なす勢力などの動きがないとも言い切れないため、鴻鵠建設が施工した防音、10ギガ光回線完備の配信対応部屋に正式入居して配信活動を再開していた。
「おかえりなさい」
防音室の中に居たが〈しろみ〉と〈きみ〉の動きで帆置知彦の帰りに気づいたらしい。顔を出した沙津真ちぇすとは首に大型のヘッドホンを引っ掛けていた。
「ただいま、配信をしていたのかい?」
「いえ、歌の練習を。どうでしたか?」
「特にお咎めはなかったよ。神田明神あたりの神罰ということで処理することになった」
「良かった」
榛寿谷出身者の身体に根を張った〈えいちさま〉の種子をはじめ、〈えいちさま〉の遺伝子を持つ一切合切、ついでに研究データの類まで根こそぎ〈ロック〉したのは静影荘の管理人、白河ミユキの異能〈オートロック〉である。
白河ミユキの〈オートロック〉の恐ろしい点は、白河ミユキの決断ではなく、認識に反応して発動する点である。
ロックしようという決断ではなく、ロックするべき、と認識した時点で発動し、距離や規模、対象数の制約を受けることなく効果を発揮する。
今回のケースでは、帆置知彦による配信終了直後。完全抹殺レベルのロックが必要だと認知した時点で、自動的、かつ無自覚に〈えいちさま〉にまつわる一切を、瞬時に封印していた。
その後、ロックの発動に気づいた帆置知彦が本人に確認したところ「……ハイ、オソラク、ヤッチャッタモノトオモワレマス……」という片言のコメントが戻ってきた。
沙津真ちぇすとのボキャブラリーを借りるなら白河ミユキの〈オートロック〉の前では、〈えいちさま〉も榛寿谷も榛寿谷の人脈も「取るに足らんクソ雑魚」であると証明された瞬間だった。
そこまでやっていながら、帆置知彦からの指摘がなければ白河ミユキ当人は本当に無自覚な状態ですべてを終わらせていた可能性があった。
そんな無自覚チート異能の持ち主である白河ミユキは――。
「締切には間に合ったのかな」
「だめだったみたいで、締切を一日伸ばしてもらったそうです」
「茶でも入れてやろう。帰り道に銀座の鵺屋で羊羹を買ってきた。中村くんもどうだい?」
怪異や因習との戦いより、締め切りとの戦いのほうに苦しんでいる様子であった。
◇◇◇
ニュース
株式会社鴻鵠建設とVTuber事務所フォースウォールプロダクションはコラボレーション楽曲『鴻鵠建設社歌(大合唱バージョン)』を鴻鵠建設公式チャンネルにてネット公開した。
榛寿谷事件におけるフォースウォールプロダクション所属タレント沙津真ちぇすとと鴻鵠建設所属の怪異〈耐火〉の歌唱に感銘を受けたフォースウォールプロダクション代表、小中大鯨社長の呼びかけで集まった同事務所所属タレント40名による合唱バージョンとなる。
参加タレントたちの人気と、沙津真ちぇすとの担当デザイナー「まやろく」が原画を担当した「社歌とは思えないMV」のクオリティの高さ「社歌とは思えない魔除け効果」で公開3日にして300万再生の大ヒットを記録している。
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〈File No.1-05 コンサルタント 帆置知彦――配信から斉唱まで〉終了
〈解任社長、怪異を解体す。〉完
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最後までお読みいただきありがとうございました。
〈解任社長、怪異を解体す。〉はこれにて終了となります。
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また、本日より、バトンタッチの形で新連載をはじめております。
レベル0のすい―釣って暮らせる、大陸ダンジョン―
https://book1.adouzi.eu.org/n3533ln/
下の方にもリンクがあります。
タイトル通り釣りもの、この作者にしては珍しくスローライフタグをつけても問題なさそうなお話になります。
不定期掲載の予定ですがよろしければ。




