第39話 大陳情
〈えいちさま〉を中心とする奇怪な習俗と人材輩出システムを構築し、政官財の中枢部にまで人脈という触手を伸ばす共同体、榛寿谷。
これに対応することになった怪人、帆置知彦は、怪異・異能者案件への対応を統括する官公庁、怪異・異能庁、通称怪能庁へと乗り込んで、長官の古西光夫(59)と直談判をすることにした。
「と、まぁこんな状況です。さぁ大長官! バッサリと〈えいちさま〉の処分命令を!」
「突然押しかけてそんなことを言われても困るヨッ!」
バン!
懇切丁寧(帆置知彦本人談)な説明の後〈えいちさま〉の処理命令を出せと迫られた古西長官はデスクを叩いて悲鳴をあげた。
「今の日本にいったいどれだけ榛寿谷の関係者がいると思っているんだ!」
「あんな怪しい集落出の人間に依存してる連中がボンクラなんですから仕方がないでしょう。そんなんだから三〇年も四十年も失うんですよこの国は」
「いくら正論で殴っても、無い剛腕は振れんっ! 私がこの椅子に座っているのは君が前任や前前任や前前前任の胃袋や毛根や尊厳を破壊し続けた結果に過ぎないんだからネっ!」
ババン!
情けない主張と共にデスクを叩いて威嚇する古西長官。
その瞬間を見計らったように、デスクの上の電話が鳴りだした。
「すまないが少々失礼するよ。私だ。 エ? 総理から? ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくれたまえ。す、すまない帆置くん! 少し外してくれたまえっ」
帆置知彦を部屋から出した古西長官は「ハイ! 古西デゴザイマス! オ待タセイタシマシタ総理!」と、甲高い声で叫んだ。
「エ、アア、ハイ! 勿論承知シテオリマス! ハイ? 即時処分? 恐縮ナガラ、各方面ヘノ根回シナドハ……」
小物を自認する古西長官の表情に困惑の色が浮く。
「神田、日枝、山王ノ神使ガ!? 代々木や浅草、日光、九段マデ?」
古西長官の顔が青くなり、そして白くなっていく。
「カ、カシコマリマシタ! コノ古西光夫、身命ヲ賭シマシテ事態ノ収拾ニアタラセテイタダキマス!」
受話器を片手に九十度身体を折り曲げた古西長官は総理大臣との電話を終えると部屋から顔を出し、怪人の名を呼んだ。
「帆置くんッ!」
だが、帆置知彦の姿は見当たらない。
「……帆置くん?」
「おっと失礼。こちらです長官」
カップ式のコーヒー自販機の前に居た帆置知彦が、黒と金の法衣を纏った僧形の骸骨と一緒に姿を見せた。
「???」
見るからに不審、見るからに怪異……もしくは神秘の類だろう。
仇やおろそかにして良い存在ではないと直感し、古西長官は背筋を立てた。
「ご紹介します大長官、こちら東照大権現、神君徳川家康公の使者、南光坊天海様です」
「突然申し訳ございません。日光東照宮より神使として参りました、南光坊天海と申します。何卒お見知り置きくださいませ」
手に持っていたコーンスープのカップを置いて、神使南光坊天海は一礼をした。
「ご、ごごごごご、ご丁寧に恐れ入ります。怪異・異能庁長官、古西光夫と申しますっ!」
南光坊天海。
徳川幕府の開祖、徳川家康のブレーンとして知られ、江戸の都市計画に携わった歴史上の人物であり政僧である。
人間としてはとうの昔に死んでいるが、日光東照宮に祀られている東照大権現、神君徳川家康公の配下として現世に留まり、東照宮の神使、東京の守護者のひとりとして活動しているらしい。
「た、立ち話もなんですので、どうぞこちらへ……」
神使、南光坊天海をあたふたと迎え入れた古西長官は、あたりまえのような顔で入室した帆置知彦も交えて席についた。
「お時間をいただきありがとうございます。取り急ぎ要件を申し上げますと、現在私ども、徳川の旗本八万騎、奥多摩山中にて発見された淫祠の地、榛寿谷への進撃の準備を進めております」
「ブハァッ!」
古西長官は口に含んでいたお茶を漫画のように吹いた。
「し、失礼っ、ゲ、ゲホっ……し、進撃とは、い、いったいどういう次第で……」
「既にご存知かと存じますが、榛寿谷の一件は既に、私共の主君東照大権現、そして関八州や江戸東京を守護する諸神仏の耳に入っております。榛寿谷滅すべしとの機運が高まり、既に先陣争いの様相に。特に我が日光につきましては、榛寿谷の成立に徳川幕府の代官手付、堀川好光という男が関わっております故、徳川旗本衆の手にて処断せねば面目が立たぬ立場にございます」
「ホリカワヨシミツ?」
古西長官はオウムめいた声を出す。
「例の堀川保や堀川祈の先祖にあたる人物だそうです。江戸時代にあった榛谷の隠し田摘発の責任者でしたが、この時に〈えいちさま〉に魅入られ、それから密かに〈叡智浴〉の原型と言える儀式を続けていました」
帆置知彦が解説を入れる。
「高度成長期の頃には没落していて、黒島義徳に〈えいちさま〉の秘密を売ることで黒島一族の姻戚に加わり、現在の地位を手に入れたそうです」
「左様な次第でございまして、極めて殺気立った状況でございます。代々木の御神霊より、当世の人間に始末をつける機会を、とのお言葉があり、一旦待機をしておりますが、あまり手をこまねくようであれば、良くても根切り、悪ければ東京や関八州全域に被害が及ぶ地震や悪疫にまで発展する懸念がございます」
「な、なるほど」
古西長官はカタカタと震えながら相づちを打つ。
「実は総理より、早急に対応するよう厳命があったのですが」
「官邸には代々木からの御使者がお出ましになられているようです。こちらにも間もなくお出でになるかと」
泰然と告げる南光坊天海。
対する古西長官はヒィ、と呻いた。
代々木、というのは渋谷区代々木に鎮座する明治神宮を示す隠語。
祭神が祭神、ということで、今日でも絶大な影響力を持つ大社である。
「こ、心得ました! 不肖古西光夫、身命を賭し、榛寿谷の一件の対処に当たらせていただきます!」
そう請け負った古西長官は、南光坊天海の退去後も明治神宮、神田明神などの神使の訪問と陳情ラッシュに飲み込まれ、一日にして五キロという怪異めいた減量を果たすことになった。




