第33話 鴻鵠建設
【仏教系の神秘の反応】
沙津真ちぇすとが車を降りるのと同時に〈霊コム〉のチャット欄にそう表示された。
いわゆる神仏の加護。
沙津真ちぇすとと顔を合わせて確認したところ、一口まんじゅうサイズのネズミ、トラ、ヘビの霊獣が一匹ずつくっついているのが確認できた。
どれも言語対話ができるほど高位の霊獣ではないが、〈霊街〉の分析によると【ネズミ=大黒天の神使、トラ=毘沙門天の神使、ヘビ=弁財天の神使。大黒天と毘沙門天、弁財天の合神である三面大黒天の神使と推察される】との見解だった。
沙津真ちぇすと本人によると「小さい頃に連れて行かれたお寺に三面大黒天が祀られていた」とのことで、三面大黒天のお守りを持っていた。
「もともと榛寿谷の出身だったのは、私じゃなくて両親だったんです。〈みこ〉になるはずだった母と父が二人で逃げ出して、大阪に隠れ住んでいました。その頃近くにあったお寺で買ってもらったものです」
静影荘の離れで帆置知彦と向き合った沙津真ちぇすとは品の良い口調で言った。VTuberとしての沙津真ちぇすとは鹿児島弁の煽りキャラとして売っているが、かなり作ったキャラクターのようだ。
お守りは今の相場なら一二〇〇円程度の普及品だが、沙津真ちぇすとの両親の切実な思いに呼応し、三匹の神使を出現させたのだろう。
「沙津真ちぇすとは鹿児島弁が売りだと聞いたが」
「鹿児島弁は身バレを防ぐ為に勉強して使っていました」
事前に調べたところ「沙津真ちぇすとは偽九州人」「イントネーションが変」というコメントがいくつかあったが、的外れな指摘ではなかったらしい。
「十五歳の頃、両親が交通事故で亡くなって、榛寿谷に見つかりました。それから榛寿谷で一五歳から一九歳まで過ごして、逃げ出しました。母が逃げ出していた関係で〈みこ〉に内定済みのような状態だったんです」
「映像や画像はあるだろうか」
沙津真ちぇすとは白河ミユキに見せたものと同じ動画と静止画のデータを帆置知彦に共有した。
合わせて白河ミユキが〈ロック〉した〈新芽〉と〈はしばみゆべし〉を受け取った帆置知彦は〈霊街〉の住民達の見解を求めたが、まだ手がかりが少ないため有識者会議の開催は不可能だった。
代わりに簡易的な意見交換会のレポートを受け取る。
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〈霊街〉意見交換会
案件名:東京都奥多摩町榛寿谷に存在する怪異〈えいちさま〉および〈叡智浴〉儀礼についての意見交換会
参加者:
『副官』
『保存修復師』
『茶頭』
『着信音』
『神童』
『耐火』
1.参加者の見解
『副官』『保存修復師』の共同見解:
〈知恵の鮭〉の挙動は通常の魚類、水棲哺乳類のそれと一致しない。
先に確保された〈新芽〉〈はしばみゆべし〉のそれに類する怪異性植物繊維の集合体の可能性が高い。
『茶頭』の見解:
〈知恵の鮭〉が遊泳する池の水に怪異性植物繊維が多量に混じっていることが見て取れまする。
『着信音』の証言:
堀川なんとかって奴にイタ電してみたけど催眠が効かなかったのだよ。一人しかいないはずなのに後ろにたくさん人の気配があったのだよ。
『神童』の要求:
沙津真ちぇすとと話をさせてくれ。新社歌の歌い手候補に加えたい。
2.現時点での提言
現在の情報量では明確な対応方針を打ち出すことは困難。
〈えいちさま〉と〈知恵の鮭〉の出現する池の実地調査が必要である。
〈知恵の鮭〉についてもサンプル調査を行いたいが〈知恵の鮭〉の発生が〈みこ〉の死を前提としている点を考慮すると断念せざるを得ない。
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『着信音』が少々先走って動いたこと、『神童』が別件の話を始めていることを別にすると、ともかく現地に行ってみるほかないようだ。
「そういえば、榛寿谷を逃げ出した人って、中村さんの家の人以外にはいないのかな。こんなおかしな村にいられるかーっ、て人がもっと出てきてもおかしくないと思うんだけれど」
白河ミユキが質問をした。
「榛寿谷の人間はみんな〈えいちさま〉の実を一日一粒ずつ身体に入れないといけない決まりなんです。それを食べると、価値観を榛寿谷のルールに同調させられてしまいます。ですが、継続的な摂取をやめると効果が薄れます。母の場合は出先で盲腸になって入院したことがきっかけで〈えいちさま〉の影響が薄れ〈えいちさま〉の実を口に入れないようになって。父の方はちょっとよくわからないんですが、ある日突然〈えいちさま〉の実に免疫ができて榛寿谷の習俗が恐ろしくなったと言っていました」
「それで二人で村を出た?」
帆置知彦が尋ねる。
「はい、母が〈えいちさま〉の〈みこ〉に指名されたときだったそうです。普段通りなら〈えいちさま〉の実の力で価値観を同調させられているので、喜んで受け入れるところなんですが、〈えいちさま〉の影響を受けなくなっていた母は榛寿谷から逃げ出そうとしました。その様子に気づいた父が申し出て、二人で一緒に榛寿谷を出たそうです」
「興味深いね。直接会って話を聞いてみたかったよ」
特に突然免疫ができたという父親のほうに興味を引かれた帆置知彦だが、残念ながら故人であるらしい。
「ちぇすと……じゃない。中村さん本人は免疫があったの?」
「そうみたいです。〈えいちさま〉の実の危険性は聞かされていましたので、なるべく食べたふりで済ませようとはしていたんですけれど、別の食べ物に混ぜられていたみたいで。結構身体に入っていたと思うんですが、影響を受けている感じはありませんでした。影響を受けているふりをするほうが苦労したくらいで」
「三面大黒天の加護だろう。大黒天は五穀豊穣を司る神だ。悪意を帯びた食物を浄化するくらいは造作もない」
帆置知彦がそう指摘すると、ネズミ、トラ、ヘビの三種の神使がふんすと胸を張るような動作をした。
ほどなくして、病院で検査を受けていた小中大鯨がオンラインで話に参加した。
「はじめまして、フロントロー株式会社代表取締役、小中大鯨です。フォースウォールプロダクション代表をしております」
「鴻鵠建設、代表取締役の帆置知彦です」
鴻鵠建設は開業直後の新興零細企業だが、帆置知彦という男の個人的実績は世界随一である。特に手間取ることもなくフォースウォールプロダクションに関する対怪異コンサルティング業務の契約を結んだ帆置知彦は、早速対応策を打ち出した。
「取り急ぎ、中村さんを榛寿谷に帰らせましょう」




