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解任社長、怪異を解体す。――あー、あの男来ちゃったの?それじゃもうダメだね。あの怪異、たぶん死ぬ  作者:
File No.1-04 解説 帆置知彦――捕獲から判決まで

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第20話 ワタシメナコサン

 バンッ!

 ババンッ!


 窓ガラスが激しく叩かれる。


「なんの騒ぎだい?」


 目を覚ました帆置知彦がカーテンを開くと、物干し用のフックに体長二メートル近いヘビが吊り下げられていた。

 包帯でぐるぐる巻きの状態なので危険は少なそうだが、振り回された尻尾がムチのように窓ガラスに当たっていた。

 シャー! という威嚇音も小さく聞こえる。

 その下には中東バシュマール王国のミイラ風ネコ像〈エムサ・バル・ネコ〉が鎮座していた。


「大物だな」


 むしろ大蛇というべきだろうか。

 普通のネコが飼い主のところにネズミや虫を持ってくる行為の延長線上だろうか。

 とはいえ、こんなものをベランダにぶら下げられても困る。

 どうにかしなければならないが、不用意にリリースして良いものかどうかもわからない。

 スマホを取り上げて動画を撮り〈霊街〉に分析を要請した。


 種名:ミナミオオガシラ(Boiga irregularis)

 危険度:高(小動物捕食)

 原産地:オーストラリア北部、ソロモン諸島、パプアニューギニア、インドネシア(スラウェシなど)

 備考:

 特定外来生物(環境省指定)

 世界の侵略的外来種ワースト100、日本では2005年に特定外来生物に指定されている。

 グアム島へ侵入し、現地の生態系を破壊し尽くしたことで知られる。

 ※日本国内では捕獲・飼育・運搬が禁止されている。


 そんなレポートが送られて来た。


「そう来たか」


〈エムサ・バル・ネコ〉は番猫である。

 本来の敵は泥棒やネズミあたりのはずだが、今時は特定外来生物も警戒対象に入ってくるらしい。


◇◇◇


 ーーそれから約二時間後。


「しゃー」


 シャーッ。


 運良く近くの公園で寝ていた蛇系怪異の八重森八束を久堂柚巴が連行、蛇語による事情聴取を行った結果。


「しゃ、オーストラリアから船で来たみたい。オス」


 との証言が得られた。

 貨物船の積み荷に紛れて日本にやってきたらしい。

 侵略的外来種が町田市で産卵して定着という事態にはなっていなかったようだ。


 シャッシャッ。


 白河ミユキの〈オートロック〉で補強された“ミナミオオガシラ用強化ダンボール箱”の中で何事か訴えるミナミオオガシラ。


「しゃっ。いい感じのメス蛇を紹介してほしいって」

「ダメだと伝えておいてくれたまえ。くれぐれも紹介しないように」


 八重森八束にそう釘を刺したあと、刑部刑部に電話を入れる。


「やぁ刑部くん、ウチのアパートの猫の像が指定外来種の蛇を捕まえてきてしまったんだが。ああ、うん、中東の〈エムサ・バル・ネコ〉という縁起物よりの聖遺物なんだが」


 困惑した様子の刑部刑部に状況を説明する。

 最終的には押収爬虫類の引き取りを行っている相模原爬虫類センターという施設の人間がやって来て、ミナミオオガシラを回収していった。


 シャーッ!(嫌だっ! 離してくれ! オレが何をしたーっ!)

 しゃっ(処されるのが嫌ならおとなしくしとけー)


 八重森八束との間でそんなやり取りをしていたらしい。


 そうして外来蛇騒動は一応の決着を見た。

 しばらくは静かな朝が続き、帆置知彦は新会社の設立準備を進めたり、時折昔の取引先の現場の応援に入ってたりして日々を過ごしたが、そんなある日ーー。


◇◇◇


 またしても奇妙な音が、帆置知彦の眠りを妨げた。


 きゅい!

 きゅいきゅい!

 ぽふ!

 ぽふぽふ!


 今回の目覚ましは〈しろみ〉たちによる窓への体当たりだった。


 ーーまたネコじゃないだろうな。


 またなにか面妖なものが吊り下げられたり転がっていたりするのではないかと警戒しつつベランダを見る。

 だが、今回の搬入先はベランダではなく庭。

 第一発見者は白河ミユキだった。

 包帯でぐるぐる巻きにされた小さな人影が身動きのできない状態でガーデンベンチに座っている。

 身長は120センチほど、ギシギシという異音を立てて蠢いている。

 人間の体からは出てきそうにない音だが、どうも大型の陶器人形ビスクドールの類のようだ。 

 包帯の隙間からはおかっぱの黒髪、無機質な赤色の目が覗き、呪詛めいた言葉を繰り返している。


 ワタシメナコサン、ワタシメナコサン、イマ、グルグルマキニサレテイルノ

 ワタシメナコサン、イマ、トッテモオコッテイルノ

 ワタシメナコサン、イマ、アナタヲノロッテイルノ

 ワタシメナコサン、ワタシメナコサン、サッサトハナセクソガキガ

 ハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセ……ッ!


 ――メナ子さん?


 台詞回しはいわゆる、〈メリーさん〉の都市伝説を思わせるが、名前が違う。

〈花子さん〉と足して二で割ったような響きだ。


 ジリリリリン。


 帆置知彦のスマホが昭和の黒電話風の着信音を響かせる。

 画面にはメリー様という名前が表示され、電話番号はすべて#の記号になっている。

 部屋のドアを開けながら着信ボタンをタップする。

 舌足らずの童女の声が響いた。


「もしもし、私メリー様、今からそっちに行きたいのだよ」


 庭にいる〈メナ子さん〉と似た名前だが、全く違う声だった。

〈メリーさん〉風味の珍キャラクターが現れた時点で、予想できた反応だった。

“本家本元”の眼の前に、“怪しげな類似品”が現れた状況である。

 黙ってじっとしているはずがない。


「いいだろう。ただし、勝手に攻撃はしないでくれたまえ」


 そう釘を刺してから〈霊街〉との経路を開く。


 ーーアクセス『三途橋電気街』

   召喚顕現『着信音リングトーン


 再びジリリリリン、と電話のベル音が鳴り、身長四〇センチほどの少女の人形が帆置知彦の腕の中に姿を現した。

 怪異〈メリーさん〉

〈霊街〉における呼称は『着信音リングトーン

 有名都市伝説〈メリーさん〉そのものである。

 都市伝説としての発祥は一九七〇年代まで遡るが、ボディはピンク髪に碧眼の現代キャストドールにアップデートされている。


「一応確認しておくが〈メナ子さん〉という名前に覚えは?」


 帆置知彦は階段を降りながら聞く。


「あるわきゃねぇのだよ。メリー様はナンバーワンでオンリーワンなのだよ。親戚も類似品もお呼びでねぇのだよ」


 不機嫌な口調と表情で応じる『着信音リングトーン』。

 

 庭まで出ると、謎の怪異〈メナ子さん〉は〈きみ〉たちに群がられ、不格好な着ぐるみのような状態にされていた。


 ヤメロ!

 ハナレロ!

 サワルナァァァァァァッ!


 絶叫する〈メナ子さん〉。

〈きみ〉たちは吹き散らされるように散らばったが、その一匹が、妙なものを持っている。

 スマホなどに使うUSB充電器のようだ。


 カエセッ!

 コロスゾ!

 ノロッテヤル!


〈メナ子さん〉の声が怒りのボルテージを上げたが、気にした様子もなく動いた〈きみ〉は白河ミユキのほうに飛んでいったが、途中で気が変わったように帆置知彦の手元にUSB充電器を押し付けた。


 キュイ。


「なんなのだよ?」


着信音リングトーン』が怪訝な声をあげる。


「なるほど、白河くん。すまないが彼女を少し預かってくれ」


〈きみ〉たちの意図を悟った帆置知彦は白河ミユキに『着信音リングトーン』を差し出した。


「預かられてやるのだよ。光栄に思うのだよ」

「えっ、あっ、はい、慎んで……うわぁ……っ」


着信音リングトーン』を抱き留めた白河ミユキが一瞬だけ女児のような声を出した。サブカル系イラストレーターの視点で見ても、『着信音リングトーン』は絶世の美少女人形らしい。

 

 ポケットからマルチツールを取り出した帆置知彦はUSB充電器のプラスチックカバー部分の継ぎ目にドライバーを当ててひねる。

 カチリと小さく音がした。


 ヤメロオォォォォッ!


〈メナ子さん〉が断末魔のような声をあげるが、構わずカバーをずらす。

 現れたのは小さなレンズとボタン、SDカードのスロットがついた密度の高い機械の塊。


「盗撮用の隠しカメラだね」


 USB充電器に偽装した小型カメラ。

 コンセントの電力で給電されてSDカードにデータを保存、もしくはWIFIなどを経由して映像を送信する。


「〈エムサ・バル・ネコ〉に捕まったのはこれのせいだろう」

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