第19話 一件落着
『耐火』による鎮圧を以て、110番怪異事件は一応の解決を見た。
自衛隊の治安出動一歩手前、国内では本年度最大規模の怪異災害であった。
「大変だったっぽい?」
きゅい。
キュキュイ。
イラストの修正依頼が急に入って徹夜作業。
朝九時から夕方五時まで寝て過ごしていた、大家兼イラストレーターの白河ミユキはスマホでニュースサイトを眺めて呟いた。
基本的にニュースは見ないタイプだが、まだ忙しなくパトカーや消防車が走り回っている状態なのでさすがに気になった。
「一応、一件落着はしてる……のかな?」
きゅっ。
キュイ。
平和ボケした表情で呟く白河ミユキ。
そのとき、窓がばばん、と叩かれた。
「うわ、びっくりした。なに?」
見ると珍しく、エムサ・バル・ネコが窓の外に陣取っていた。
「ん? ネコちゃん? どうかした?」
窓の外の様子を見に行くと、芋虫のように蠢くミイラが転がっていた。
「……っ!?!?!?」
小さな悲鳴が出たが、生きた人間がミイラ風に縛り上げられているだけで怪異ミイラ男ではないらしい。
とりあえず包帯をほどいたほうがいいかと思ったが――。
きゅいきゅい。
キュイキュイ。
てしてし。
〈しろみ〉〈きみ〉たちにブロックされた上、エムサ・バル・ネコに猫パンチを浴びてしまった。
「え、なに……?」
戸惑う白河ミユキの頭上から「そのままにしておいたほうがいいわ」と声がした。
「たぶん、八王子の刺傷事件の犯人」
二階のベランダからふわりと降りてきた久堂柚巴がミイラ男の手首のあたりを示す。爪の間に血の汚れ、袖には赤いものが染みついていた。
「ええええええ……っ」
あわてふためいた白河ミユキが警察に連絡すると、久堂柚巴の指摘通り、ミイラ男の正体は今日の騒動のきっかけを作り、まだ逃走中だった八王子刺傷事件の犯人だった。
110番怪異が起こした騒ぎに乗じて町田まで移動してきたのはいいものの、昼から厳戒モードで動き回っていた番獣エムサ・バル・ネコのパトロール圏内に足を踏み入れ、捕獲されたものらしい。
◇◇◇
数日後。
110番怪異が消滅、放火リスクがなくなったカレー店天香は今度こそ営業を再開した。
110番通報に呼応して放火を行う巨人の出現は止まったものの、おかしな通報を行ったアンチたちは相変わらずSNSの #天香奪還 #天沼篤志をかえせ といったハッシュタグに集まり、天香返還を求める謎の署名運動を繰り広げたり、天香復活、と書いた絵馬をアップしたりといった活動を続けていたが、110番怪異事件をきっかけに警察が実施した「迷惑通報撲滅運動」で一斉厳重指導を受けて以降は沈静化していった。
「どうも天香奪還運動が、自分らの輝けるただ一つの場所、のようなことになっていた模様で……なんと申しますやら、一切皆苦?」
天香に事後報告にやってきた流石要によると、そういうことらしい。
一切皆苦が適切な表現かどうかは怪しいところであるが。
「どうせ輝くならもう少しましな場所で輝いたほうがいいと思うのだけれど」
休憩時間中の天香の店内。
カレースプーンを一本ずつ磨きながら久堂柚巴はそう告げた。
「ましな場所で輝くのは倍率高いからねー。簡単に認めてもらえる場所があると、そこの価値観に流されちゃうっていうのは、ダメ人間的にはわからなくもないかも……。見た感じ、天香を取り戻せーとか、乗っ取り屋だー、とか叫んでればそうだそうだーって言ってもらえたり、RTやいいねがついたりするみたいだし……いつも同じメンバーからだけど」
キュイ。
休憩時間中も居座って裏メニューの厚揚げカレーを〈きみ〉たちとつついていた白河ミユキは、わかったような顔をしてそう言った。
「まぁ、見えないところでひっそりやるならともかく、実在の他人を巻き込んでるところでダメだけれどね」
「ナマモノ?」
「しゃ?」
自然に口に出た二次元用語に久堂柚巴と八重森八束は首を傾げる。
「……ああ、うん、そこは、スルーしてください。オタクのだめなところが出ました、ハイ……」
実在の人物を題材にした創作などをさす同人用語だが、さすがに説明できる気がしなかった。
◇◇◇
一方その頃、帆置知彦は秋葉原に出向き、七人の厄介オタクの亡霊で構成される怪異〈アキバ七人ミサキ〉が巣食った事故ライブハウス、バレット秋葉原跡地を爆破していた。
「逝き給え」
大手怪能系ゼネコンのひとつ土神工務店のフェンスで封鎖されたビルに対怪異用爆薬を設置し、起爆。
(せ、拙者死すとも推しは死なずァァァァッ!)
(し、所詮やつは〈アキバ七人ミサキ〉最弱面汚ウワァァァァッ!)
(燃える! 推しへの忠誠が途絶え……うわっ燃える燃える燃える燃える!)
(石っ! 石っ! 石っ! 石っ! 詫び! 詫び石っ! 石! 石! 石! 石! 石石石石イシャァァァーッ!)
(一万二千枚の特殊缶バッジ装甲がぁぁぁぁっ)
(おい、おまえ、同担だろ? 同担死ねよやぁぁぁぁぁぁ――ーっ!)
(こんなもの、オレのレーザーブレードで叩き切ってやる、イエッ! タイッ! グワァァァーッ!)
巨大な光の球が生じ、そこに潜む七体の厄介オタクの怨霊が蒸発、消滅していった。
【〈アキバ七人ミサキ〉の全反応消失】
「こんなところかな。では、こちらにサインをしてくれたまえ」
土神工務店のヘルメットを現場監督の土神社員に渡し、帆置知彦は気楽な調子でそう告げた。
そうして現場を離れようとすると、SPの警護を受けた、スーツ姿の男が待っていた。
内閣官房長官、春日部俊英。
「おや、官房長官、なにか御用ですか?」
特に恐れ入りもせず、自分から声をかけていく帆置知彦。
「話をしたい。時間を貰えるだろうか」
「アポイントなしの商談はNGですが、官房長官直々のお出ましとあっては仕方がありませんね。おうかがいしましょう」
「乗ってくれ」
「ええ」
黒塗り、セダンタイプの公用車に乗り込む。
「次の予定は?」
「今日のところはこれで終わりですね」
「では送っていこう。町田で良かったかな」
「いえ、上野までで結構です。少し寄り道をしますので。僕の住民が見たがっている展示がありまして」
「そうか」
秋葉原から上野となると、距離はほとんどない。
走り出した車の中で、春日部俊英は早速本題を切り出した。
「内閣官房に椅子を用意した。怪異リスク管理特別顧問」
「なんですその意味不明な肩書は」
「内閣直属の怪異対応の何でも屋だ。なんでもやってもらう代わりに色々融通も効く。内閣官房参与の枠を怪異災害向けに拡張した非常勤顧問制度で、法律上は官邸の危機管理ラインに直接入れる」
「僕には役不足じゃあありませんか?」
「政財界の怪異汚染に対抗するジョーカーが必要だ。君が解任になったのは天の配剤だ。ダイス大統領からの信頼も厚い」
「辞退させていただきます。政府や政党の手札として動くのは僕のガラじゃありませんからね」
帆置知彦はあっけなく言った。
「櫻衛に戻るつもりかね。それとも他の会社からオファーでも?」
春日部俊英の問いに、帆置知彦は「いえ」と応じた。
「それも芸がないですからね。新しい会社をはじめようと思っています」
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〈File No.1-03 日雇い 帆置知彦――移転から炎上まで〉終了
〈File No.1-04 解説 帆置知彦――捕獲から判決まで〉に続く
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回からは〈File No.1-04 解説 帆置知彦――捕獲から判決まで〉をお送りします。
対悪質異能者編ですが有名どころの都市伝説も関わってきます。
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それでは引き続きお付き合いいただければ幸いです。




