第18話 施工開始、鎮圧完了
――アクセス『痛快連隊駐屯地』
一斉召喚『工兵団』
体内異界〈霊街〉へと接続した帆置知彦は、西部総合庁舎の前に怪異性工作機械群『工兵団』を召喚する。
・ダンプカー 『広背』
・ブーム付きコンクリートミキサー 『巧手』
・クレーン車 『長腕』
・ブルドーザー 『剛腕』
・ショベルカー 『右腕』
・ショベルカー 『左腕』
合計六両の怪異性建設機械群。
ボディカラーはすべてオレンジ。
社名ロゴは新しい塗料で塗りつぶされていた。
「施工開始だ」
どこからかヘルメットを出し、刑部刑部と流石要にも手渡した帆置知彦が宣言する。
ショベルカーの『右腕』『左腕』がロッカールームの外壁にアームを向ける。
ガンガンガンガン! バリバリバリバリ!
コンクリート破砕用の油圧ブレーカ、クラッシャー(大鋏)を装備した怪異性重機がコンクリートを粉砕、内部の鉄筋を切断してロッカールームの壁を掘り崩していく。
異音と衝撃が庁舎を震わせる。
”至急至急! 西部総合庁舎前に不審な建設車両が!”
110番怪異が悲鳴のような声をあげる中、壁面に大穴が開き、鋼の怪異の二本のアームが姿を現した。
110番怪異の叫びを受けて出現した火の巨人たちが銃撃を浴びせて阻止を図るが、現状あまり仕事のない四台がクレーンやブーム、バケット、荷台などを使ってバリケードを組んで受け止め、跳ね返していく。
「よし、搬出開始だ」
『左腕』のクラッシャーが燃えるロッカーをとらえ、五、六台まとめて薙ぎ払うように建物の外へ落としていく。
下で待っていたブルドーザー『剛腕』がそれを受け止めてダンプの『広背』のもとへ移動。リフティングマグネットをつけたクレーン『長腕』と協力して荷台に積み込んでいく。
この間も110番怪異が生み出した巨人たちの攻撃は続いているが、『工兵団』は意に介さない。
アタッチメントを油圧ブレーカからクラッシャーに変化させた『右腕』がロッカーを挟み潰し、中にあるスマホを一つずつ、処刑か拷問のように破砕していく。
”緊急! 緊急! 緊急! 緊急! 緊急! 緊急! 緊急! 緊急!”
110番怪異の声が響く。
「もうちょっとひとおもいに片付けることは?」
「爆破がNGならこれが一番早い。それに、この工程もそろそろ終わりだ。『耐火』仕上げの準備を」
「あいよー」
引きずり落とされていく最後のロッカーを追いかけて『耐火』も建物から飛び出していく。
K110というソフトウェアから生まれた110番怪異は、依代であるスマホを破壊されるごとに力を失っていく。
追い詰められた110番怪異は、正常に機能する依代、本来の居場所であった西部総合庁舎のサーバールームへの移動をはかる。
存在維持だけを考えるなら外部にある個人所有のスマホやコンピュータなどに離脱するほうが上策だが、110番怪異は職務放棄という選択肢を選べなかった。
善良な市民からの通報を受け付け――。
”タクシー呼ぶ金がねぇんだよパトカーで送ってくれよ! 凍えて死ねっていうのかよ!”
迅速に警察官を送り込み――。
”いいからすぐ逮捕しなさいよ傷ついたのよ私は!”
地域の安全を守り――。
”この渋滞いつになったら終わるんだよ”
安心、安全な社会を実現する――。
”釈放されちまったじゃねぇか、ぶっ殺せばよかったじゃねぇかあんなカス。いつも甘いんだよおまえらは”
はい、では、そのようにいたしましょう――。
110番怪異は、市民の声に応えるために生まれた怪異だった。
その使命のために狂った怪異だった。
「事件ですか……事──件……事故……ですか……通報ありが──通報ありが通報ありが……すぐに警察官を向かわせ、ま……す……ま……す……焼きま……焼きま……焼きます……」
呪文めいた言葉と共に、110番怪異はロッカーから抜け出していく。
歪んだ無数の人の顔、指令センターの警官たちの顔や通報者たちの顔がびっしりと浮かび上がった直径数メートルの人魂状の大火球。
地下一階にある指令センターより更に下、地下二階のサーバールームに向けて110番怪異は動き出す。
その前方に『耐火』は着地した。
――アクセス『熱圧区』
使用承認『CSFPU』
帆置知彦の利用許可を受け『耐火』の背中に酸素ボンベ、あるいは火炎放射器を思わせるバックパックが現れた。
Compressed Spiritual-Air Foam Purification Unit
漢字で書くと加圧霊気泡浄化装置。
水に泡消火薬剤と粉末状の呪遺物を混ぜて圧縮空気を注入して消火・退魔兼用の泡を作り、発射する怪異性火災用消火装置である。
パシュゥゥゥゥゥ……。
コンプレッサーが駆動音を立てる。
「泡消火薬剤、月光純銀粉、混合完了。加圧開始」
『耐火』はCSFPUの噴射口をあげる。
「噴射準備ヨシ、安全装置解除」
脅威に気づいた110番怪異は加速し、西部総合庁舎への再突入をはかる。
「鎮圧」
『耐火』はトリガーを引き絞る。
サーチライトに似た軌跡を描き、吹き出した白い粒子群が標的を捉える。
CSFPUは泡消火薬剤と混ぜた呪遺物の粉末を高速、高圧で叩きつけることで怪異のもつ熱量を奪い、削り、抉り抜く。
「事件、ですか、事故ですか……事件ですか、事件、事件、事件……です、か……」
白い粒子の直撃を受けた110番怪異の中心部に巨大な風穴が穿たれる。
「最大圧力」
トリガーを引き切る『耐火』。
CSFPUのコンプレッサーが咆哮し、白い粒子を加圧し、加速。
眼前の怪異を一息に消し去った。
CSFPUの噴射口を下ろし、『耐火』は宣言する。
「残火反応なし。鎮圧完了」




