第15話 #ニセ天香撲滅 #天香奪還
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SNS“ペケッター”への投稿より抜粋
@AmaLover77
#天香奪還 あのカレーの味は天沼篤志さんにしか出せない。
今の「天香」名乗ってる店、スパイスの配合が全然違うし接客も冷たい。
どこの誰? 天香を返せ。
@復活祈願の会代表
篤志さんの件、週刊誌のデマだってまだ信じてる。
だってあの人、保健所の子供食堂にも寄付してたんだよ?
#篤志さん信じてる #ニセ天香撲滅
@Truth_believer
近所の人から聞いたけど、今の天香って裏で変なことやってるらしい。
外国人の女が店にいて、夜になると変な音がするって。
怖くて通報した。#ニセ天香 #警察動け
@Tenko_OldDays
昔の天香の看板、いつのまにか塗り直されてた。
もう完全に乗っ取りじゃん。
ちゃんと警察が調べてくれたらすぐ分かるはず。#天香奪還
@AtsushiComeBack
みんなで天香を守ろう。
#天沼篤志 さん早く帰ってきて。
#天香奪還 #篤志さん無実 #デマに負けるな
@AmaLover77
火事のニュース見た時、正直ちょっとホッとした。
あの“ニセ天香”が消えて、本物が戻ってくるんじゃないかって。
でも燃えたの、下のコンビニだけだったんだね……中途半端に残るなんて皮肉。#天香奪還
@Tenko_OldDays
ほんとそれ。
どうせなら一度全部リセットしてほしかった。
あの場所は篤志さんの魂の場所なんだよ。#思い出を返せ
#天香奪還
@Truth_believer
「移転」って聞いた時、眼の前が真っ暗になった。
思い出の場所をあっさり捨てて、別の場所で営業再開とか言ってるの、本当に胸が痛む。
昔の椅子、テーブル、あのスパイスの香り、全部捨てたの?
#ニセ天香撲滅
@復活祈願の会代表
リニューアルじゃなくて乗っ取られた。
名前だけ盗んで、心はどこにもない。
#篤志さん信じてる #天香を返せ
@AtsushiComeBack
あの頃の天香に通ってた人なら分かるはず。
あの階段の軋み、入口の風鈴、全部が篤志さんそのものだった。
もう一度、あの場所で食べたい。
#天香奪還
@AmaLover77
火事のあとに再建するなら、せめて篤志さんに報告すべきだった。
筋が通らない。#ニセ天香
@Truth_believer → @復活祈願の会代表しかも、外国人の人が代表名義らしいです。
思い出を踏みにじるにもほどがある。#詐欺臭い
@Tenko_OldDays → 全員
“思い出の店”を勝手に継ぐとか、ほんと無理。
せめて名前変えればいいのに。#天香は篤志さんのもの
@AtsushiComeBack → 引用RT
燃え残ったのは罪。
灰になって再生するならまだ許せた。#天香奪還 #篤志さん帰還祈願
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「……こ、これはひどいエコーチェンバーですね……」
白河ミユキが頬を引き攣らせた。
「なんていったの?」
久堂柚巴は首を傾げる。
「エコーチェンバー、ネット上とかで考え方の似た人間同士が集まって交流している内に意見や思想がどんどん凝り固まったり過激化したりしていくこと……っていう説明で……伝わる?」
「よくわからないけれど話を進めてもらっていいわ。話の腰が折れそうだし」
「ネット上に今の天香を受け容れられない連中の集まりがあること、その中でもいらん熱意のある奴が乗っ取りだのなんだと言って警察にわけのわからん通報を入れている、ということまで理解してくれればそれでいい」
「そういえば、私たちが天香の営業を再開した頃に抗議文が来たり、警察の人が変な通報があったって言って様子を見に来ることがあったわ。最近は収まったと思っていたのだけれど」
「SNSを見る限り通報活動自体は続いていたようだ。迷惑電話扱いで処理されていた可能性が高いが、今回の怪異は妥当性や正当性に関係なく、通報という刺激にダイレクトに反応している形跡がある。先のステリーネ町田の火災についても調べたところ、運営会社が下請法違反で指導を受け、ネットで炎上していた。騒ぎに乗じて警察に通報を入れる人間が出てもおかしくはない」
「下請法って警察でしたっけ?」
「公正取引委員会だが、間違って通報するやつもいるだろう」
「運営会社なら、どうして町田の駅ビルが燃えたのかしら? ステリーネの本社って町田?」
「いや、代々木だ。この画像を見てくれ」
帆置知彦は東京とその周辺四県の地図上に、怪異性と思われる火災の発生場所をマークした映像を表示する。
「ぜんぶ東京の西側ですね」
白河ミユキが呟いた。
「ああ、二十三区や近隣の県の被害はゼロだ。この被害エリアは多摩地域の110番通報を受け付けている立川の西部指令センターの管轄範囲と一致する。つまり、今回の怪異は西部指令センターへの通報に呼応して発生していると推測できる。110番怪異といったところかな。ステリーネの代々木本社については管轄外ということでターゲットにしにくかったんだろう。管轄内のステリーネとしてステリーネ町田が狙われた。一番被害が大きかったのは最上階のオフィスフロアだった」
「そのこと、警察は把握しているのかしら?」
「営業自粛を要請するレベルで天香への再襲撃を懸念しているなら、メカニズムは把握できているとみていいだろう」
帆置知彦がそう告げると、天香に仕掛けたカメラにパトカーが写り、二人組の警官が周囲を警戒しながら降りて来た。
「こちらから通報する前にパトカーがやって来たな。やはりアンチの通報があったんだろう」
「アンチの通報で放火してくる怪異って……」
白河ミユキがげんなりした表情で言った。
「どうしたらいいのかしら」
「アンチと110番怪異は切り分けて考えよう。天香アンチの通報だけに反応して動いているわけでもない。110番怪異の処理が優先だ。110番怪異の性質が流出したり、ネットの住民が気づいて拡散したりしたら取り返しのつかないことになる」
「どうなるんでしょう?」
きゅい?
キュイ?
〈しろみ〉と〈きみ〉も首をかしげる。
「110番通報に反応して動く怪異。そんなものが存在すると明らかになれば、110番が他者に怪異をけしかけるための呪詛用ダイヤルになり果てる。警察機能の中核部分が破壊されることになる。いざとなれば警視庁本部で多摩地域の110番通報を受け持つくらいの対応はできるだろうが、麻痺や混乱は避けられまい」
帆置知彦がそう説明する一方。
画面の中の警官たちは天香の店舗前に移動し、「しゃ?」と声をあげる八重森八束に声をかけた。
「町田警察署の者です。連続火災事件の件でパトロールをしておりまして、なにか変わったことはなかったでしょうか?」
「しゃ、前と同じ怪異がまた出たけどもう消えた」
端的に答える八重森八束。警官たちは血相を変えたが、八重森八束は野生動物寄りの怪異である。両者のコミュニケーションは要領を得なかった。
「私が話したほうがいいわね」
久堂柚巴が天香の電話を使って状況を説明し、その日の騒動は一段落となった。




