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解任社長、怪異を解体す。――あー、あの男来ちゃったの?それじゃもうダメだね。あの怪異、たぶん死ぬ  作者:
File No.1-03 日雇い 帆置知彦――移転から炎上まで

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第13話 カレー店襲撃

 ――お、あった。


 久堂柚巴と八重森八束のカレー店の新店舗開店から数日後。

 白河ミユキが様子を見にやって来ると、ランチタイムを過ぎているのにも関わらず、かなりの客入りだった。

 厨房は久堂柚巴、接客は八重森八束が担当している。

 白河ミユキの来店に気づいた八重森八束は「あ、シラカワ!」と声をあげ「しゃっ!」と片手をあげた。

 騒がしかった店内が一瞬静まった。

 八重森八束は滅法美人で気がいいが、人の顔と名前を滅法覚えない。客の人名を呼ぶというのはレアな出来事だった。


「クドー! シラカワ来た!」

「大きな声で個人名を叫ばないで。ごめんなさい。カウンターでいいかしら」

「うん、あと、この子たちにも何かあげてもらってもいいかな?」


 キュイ。


 他の客たちの視線が全方位から突き刺さるのを感じつつ、二匹の〈きみ〉が潜り込んだトートバッグを持ち上げた。


「しゃ、わかった」


 トートバッグを受け取った八重森八束は店の外に積んだコンテナに〈きみ〉を乗せ、小皿に盛ったカレーを出した。


「しゃ、これでも食べておとなしくしてないと喰う」


 キュキュイ。


 物騒な釘の差し方をする八重森八束。〈きみ〉二匹は呑気な声をあげてカレーに食いついた。


「ありがとう。いい子にしてるんだぞー」


 キュイ。


 八重森八束に礼を言い、〈きみ〉たちに念を押してからカウンター席に座った白河ミユキはエビフライカレーを食べた。

「ごちそうさまー」と言って店を出ようとするとコンテナ上にいたはずの〈きみ〉たちがいなくなっていた。


 ――あいつらー。


 心中で唸り、周囲を見渡す。

 外出中の〈きみ〉たちは、いわゆる霊感のない人間には見えないステルスモード(仮称)をとっているので、他者に連れて行かれたりする可能性は低い。


 つまり、勝手にどこかに出ていった可能性が高い。


 ――どこいったおまえらー。


 雑居ビル二階の柵越しに周囲を見回すと、二匹の黄色の狐まんじゅうはビルの前で巨人型の怪異と向き合っていた。

 推定身長三メートル。

 マネキンのようにのっぺらぼうで、目も鼻も口も耳もない。代わりに額のあたりから鬼のような角が二本生えている。皮膚の色もいわゆる赤鬼めいた色合いだった。

 どういうわけか衣装は警官風で、大きな拳銃まで装備していた。


 キュイ。


 キュキュイ。


 恐ろしげな見た目通り、悪性の怪異のようだ。

 耳と尻尾をぴんと立てた〈きみ〉たちが威嚇するように鳴き騒ぐが、巨人の怪異は構わず拳銃を抜く。

 デザインは警官用のリボルバーと同じだが、巨人のサイズに合わせた比率で巨大化していた。

〈きみ〉たちと同様、一般人には視認されにくい怪異らしい。異常な気配を感じ取って視線を動かしたり、身震いする人間はいたが、大きな騒ぎになる気配はなかった。


 ――え、ちょっ、なに!?


 白河ミユキの所有属性は、インドア、オタク、ポンコツである。

 あっけなくフリーズ、パニック状態に陥った。

 だが、白河ミユキの持つ異能〈オートロック〉は、本人がフリーズ状態に陥っても、まずい、やばい、アカン、と言った認識が発生すれば、そこで機能する。

 むしろフリーズ状態やパニック状態のほうが理性や思考の歯止めがかからず、発生が早くなる傾向さえあった。

 天香の看板あたりに向けられたリボルバーに異能の鎖が絡みつき、そのトリガーをロックする。

 巨人は無理やりトリガーを引くような動作をしたが、なんの変化も起こらない。

 巨人の目的は〈きみ〉たちでも白河ミユキでもなく、その背後の天香らしい。発砲を諦めた巨人は全身から赤色灯のような色合いの炎を放ち、足を踏み出す。

 だが、白河ミユキに認識された時点で、ことは終わっていた。

 踏み出した足が異能の鎖に巻き取られロック。

 炎を放つ身体も無数の鎖に巻き上げられ、ミイラ男のような状態でロック。

 無自覚、というわけではないが、白河ミユキ本人的は棒立ち、ゼロアクションからの完全封印。


 ――……またなにかやっちゃいましたけれど……。


 間違ったことはしていないと思うが、ここからどうしていいかわからない。

 白河ミユキの〈オートロック〉は対象に異能の鎖や手錠などをかけて施錠、拘束、封印するものだが、対象を直接的に破壊、消滅させるものではない。

 つまり、鎖で封じた巨人をどうするかは別途考える必要がある。


 ――ヤバい……どうしたらいいのか全然わからん……。


 そんなコミカルな苦悩をしていると、「しゃっ」という声と共に、八重森八束がゴミ用の大型ポリタンクを担いで飛び出してきた。

 ダンクシュートを決めるような挙動で地上の巨人めがけて跳躍。ポリタンクを満たした水を思い切り叩きつける。

 見た目では判断困難だったが、巨人は人型をした火の怪異だった。頭から水塊を叩きつけられたことで爆発的に蒸気を撒き散らして粉砕。跡形もなく消し飛んだ。

 消し飛ぶのはさておき、高熱を帯びた水蒸気が撒き散らされると周囲の通行人が火傷をする。

 その認識と同時に〈オートロック〉が発動。蒸気の動きを阻止する鎖の円柱を作り出し、水蒸気を真上に逃した。

 直近にいた八重森八束については鎖の内側にいたので水蒸気爆発が直撃。「しゃっ!」「あちゃっ!」と悲鳴をあげていたが、元々丈夫な生き物なので、ダメージを受けた様子はなかった。

 巨人と〈きみ〉、〈オートロック〉で出現した異能の鎖はいずれも、視認に霊感を要する。しかし水蒸気爆発については普通に誰でも視認でき、爆発音も聞き取れる。

 当然周囲は騒然となり、通報を受けたパトカーもやってきて、営業を再開したばかりの天香は早仕舞いとなってしまった。


 最初にやってきたのは普通の警らのパトカーだったが、久堂柚巴と八重森八束が怪異の登録証、白河ミユキが異能者の登録証を出して状況を説明すると、警視庁刑事部怪異・異能課、通称怪能課の刑事たちがやってきた。

 連続火災事件の捜査のため、町田警察署に特別捜査本部を設置、警視庁本部の刑事たちが乗り込んで来ているらしい。

 いわゆる本庁のエリート刑事たちのはずだが、事情聴取を担当した流石要さすがかなめと言う口ひげの刑事から出てきたのは――。


「どうやらこの天香という店舗は悪性怪異のターゲットにされているようです。事件解決まで営業再開を控えていただきたく存じます。はい、恐縮至極ながらッ!」


 という要請だった。

 恐縮至極しているのは久堂柚巴、八重森八束が二級指定の上級怪異、白河ミユキが一級異能者であるためだろう。


「しゃ?」


 八重森八束は怪訝そうな声をあげる。


「火の怪異なら消した」

「エエ、ハイ! 仰るとおりなのですが、ソノ……。仔細については捜査上の秘密故お話できぬのですが、一連の火災の元凶たる炎性怪異ッ。複数怪異から成る群体怪異の可能性が指摘されておりましてッ! ハイ、いわゆる跳梁跋扈! 被害継続、被害拡大の可能性がッ!」


 年齢は三〇前後に見えるが、台詞回しに明治大正テイストを感じる。

 久堂柚巴のような歳を経た怪異ならわかるが、見た目通りの年齢の普通の人間のようだ。


「跳梁跋扈はいいけれど、またこちらが狙われるっていう根拠はなにかあるのかしら? なにか法則性がわかっているの?」


 久堂柚巴が確認する。


「イエッ! イヤッ! ハイッ! こちらも仔細についてはお話できないのですが、当局で現在確認しております炎性怪異の出現パターンに照らして考えますとッ、再襲撃の懸念が大きいものと思われますッ! ハイ、懸念甚大にてッ! 勿論当局も警備を強化させていただきますがッ! なにぶん相手の正体が掴みきれておりません故ッ! 安全第一ッ! 平身低頭にてご理解ッ! ご協力をッ! 賜りますればッ 恐々謹言にてッ!」


 緊張のせいか普段からそうなのかは不明だが、妙に濃いキャラクターだった。


「解決の目処は立っているの? いつまで営業を控えればいいのかしら」


 久堂柚巴は淡々と応じる。


「一意専心ッ! 謹厳実直にことにあたっている次第ではありますがッ! 具体的な事件解決へのロードマップなどについては捜査上の秘密とさせていただいておりましてッ! 何卒ご理解賜りたくッ! 三拝九拝にてッ!」


 滝行でもしているような顔で両手を合わせて頭を下げる流石要刑事。


「……正直不安を感じるのだけれど」


 久堂柚巴は小さく息をついた。


「とりあえず三日待つわ。それで目処がつかなければ、帆置知彦に相談させてもらう」

「……ホーキ……トモヒコ?」


 オウム返しにそう呟いた流石要は、そこから両目を見開いて。


「帆・置・知・彦ッ!?」


 悲鳴のようにそう叫んだ。

 各方面で「関わり合いになりたくない男オブジイヤー」の常連だったり殿堂入りしていたりするらしい。


「ど、どどどッ! どうしてッ! なにゆえそこでッ! 帆置知彦氏の名前がッ!」

「最近知り合って、名刺をもらったの。今のところは暇みたいだから依頼を出せば動いてくれると思うわ。建設や解体が本業だけれど、怪異関係のコンサルティングもしてくれるみたいだし。なにがどれだけ消し飛んだり吹っ飛んだりするかはわからないけれど」


 久堂柚巴は帆置知彦が静影荘の住民に配った名刺をかざしてみせる。

 彼にとっては相当に恐ろしい名前らしい。流石要は絵画のムンクの叫びを思わせる仕草で顔に手をやって、声にならない悲鳴をあげていた。

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