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解任社長、怪異を解体す。――あー、あの男来ちゃったの?それじゃもうダメだね。あの怪異、たぶん死ぬ  作者:
File No.1-03 日雇い 帆置知彦――移転から炎上まで

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第11話 〈怪異系カレー店〉移転相談

 帆置知彦が目覚めると、ベランダに〈エムサ・バル・ネコ〉像が立っていた。


「キャットドアでも用意したほうが良さそうだな」


 帆置知彦は〈霊街〉なる怪しげな異能を持ち、体内に大量の怪異を抱える不審人物だ。

 番獣たる〈エムサ・バル・ネコ〉がチェックを入れたくなるのも当然だが、石像になってベランダに立っている〈エムサ・バル・ネコ〉像を定位置に戻すのはその帆置知彦である。

 ネコ像を抱えて移動、白河ミユキの部屋の前に設置した〈エムサ・バル・ネコ〉堂に戻す。

 当初は白河ミユキの部屋に収納ケースを置いておけば良いと考えていたのだが、朝になると帆置知彦の部屋のベランダに来てしまう。いちいち白河ミユキを訪問せずに返還、安置できる場所を、ということで、帆置知彦がDIYをして作った地蔵堂風の小屋である。


「今度からは自分で戻ってくれたまえ」


 そう告げて〈エムサ・バル・ネコ〉堂の扉を閉めると、


「ナマステ」


 涼やかな響きの挨拶が飛んできた。

 振り返ると、顔のほとんどをすっぽりと覆うフードつきのカーディガン、朝霧のような神気を纏った、身長百五十七センチの怪異の姿があった。


「やあ、ナマステ」


 先方に合わせて帆置知彦も挨拶を返す。

 そのあたりで怪異はフードを下ろした。

 銀白に近い灰色の長髪。翡翠のような瞳。

 色味的にも造形的にも人間離れした美貌が現れた。

 久堂柚巴。

 白河ミユキが先代大家から静影荘の権利と管理人の仕事を引き継いだ直後に入居した住人らしい。

 名前は和風で挨拶はナマステ。外見年齢は二十歳手前くらいに見えるが〈霊街〉の住民たちによると相当に年季の入った神格寄りの怪異、もしくは神格、水精とのことだった。

〈エムサ・バル・ネコ〉堂に歩み寄った久堂柚巴は、そこから空の餌皿を回収する。


「朝食はもう済んでいるかしら?」


 久堂柚巴は餌皿を手に帆置知彦を振り仰ぐ。


「いや、これからだね」

「それなら離れのほうで一緒にどうかしら。相談させてほしいことがあるの」

「僕に相談?」

「ええ、店の電気関係のことで困っていて、よかったら話を聞いてもらえないかしら」

「もちろん、僕を頼るとは目が高い」


 帆置知彦の得意分野は建築設計と爆破解体だが、電気工事についても知識と資格、経験を持っている。

 身支度を整え、離れに顔を出すと、フリルのついたエプロン姿の久堂柚巴が朝食の準備を済ませて待っていた。

 メニューはバタートーストにスクランブルエッグ、ハーブの入ったソーセージ、焼きトマトとマッシュルームのソテー。

 レモンカードとオレンジマーマレードが添えられ、アールグレイの紅茶が慣れた手つきで注がれた。


「イギリス系か」


 久堂柚巴のイメージからするとインド料理系、または精進料理のようなものを好みそうに思えたが、想定外の方向性が出てきた。


「日本に来たばかりの頃、横浜の居留区で覚えたの」

「なるほど」


 幕末から明治維新の頃に日本にやってきていたらしい。


「そろそろ本題に入ってもいいかしら?」


 ホテルにありそうなサービングカートに皿を片付け、ミルクティーを淹れた久堂柚巴が話を切り出した。


「聞いているかも知れないけれど、私は町田駅の近くでカレー屋をやっているの。けれど、最近火事に遭って」

「火事については初耳だね。駅ビルの火災のことかい」

「場所は別だけれど、同じ怪異性の放火みたいね。他でも十件くらいの火災が起きているわ」

「なるほど、そいつは面白い」

「白い目で見ていいかしら」

「失敬。僕は人の心より好奇心が強い気質でね。存分に白眼視してくれたまえ、正当な評価として受け入れよう」

「聞いたとおりに癖があるわね」


 久堂柚巴は呆れた様子で呟いた。


「実際に燃えたのは私の店じゃなく一階のコンビニで、店の設備や備品は無事だった。けれど建物のダメージが大きくて、新しい店舗に移ることになったの。その設備の移動で困っていて」

「なにか難しい設備でも?」

「難しそうなのはエアコンや冷蔵庫くらいなのだけれど、火災の原因が怪異がらみだったせいで、普通の業者では引き受けてもらえなくて」

「そういうことか」


 怪異絡みの火災現場となると、下手に手を出すと、どんなリスクがあるかわからない。怪異に目を付けられて次のターゲットに、といった可能性もある。ノウハウのない一般業者では二の足を踏むだろう。


「怪異に強いようなところは高すぎたり半年待ちだったり。いっそ自分たちで運んでしまおうかと思ったのだけど、エアコンや冷蔵庫あたりは素人が触ると壊してしまいそうで、困っていたところに、ちょうど貴方がやってきた」

「渡りに船というわけか。確かに僕の手に掛かればエアコンや冷蔵庫の移設程度は容易いが……問題は事業者登録だな。会社を首になってしまったから、直接請け負うと電気工事業法に引っかかる」

「むずかしいかしら?」

「いや、エアコンや冷蔵庫なら登録業者の心当たりがあるから紹介できるかも知れない。まずは現場を見せてもらっていいだろうか」


 久堂柚巴の相談に乗ることにした帆置知彦はバスに乗って町田駅エリアに向かった。

 久堂柚巴が経営するカレー店の屋号は天香てんこう。火災にあった旧店舗は市立図書館近くの雑居ビルにあった。

〈霊コム〉を起動してビル全体を撮影。「気づいたことがあれば指摘してくれ」と依頼する。

〈霊街〉の住民たちがそれぞれに反応し、メッセージを返してくる。

 まとめ役を務める『副官レフテナント』のレポートによると。


――――――――――――――――――――――――――――――――

[〈霊街〉診断レポート発信:『副官レフテナント』]


◆ 危険度評価:レベル1(脅威なし)

◆ 概況:怪異性焼損箇所の残留影響なし


▼『耐火ファイアプルーフ』の見解

 ・火源は怪異による意図的放火

 ・コンビニのゴミ箱から着火

 ・犯因怪異は現場離脱済み、再侵入の兆候なし


▼『工兵団ファニーズ』の見解

 ・建物内部の損耗進行

   - 漏電リスク:高

   - 漏水リスク:中

   - 水道管破裂:発生可能性

―――――――――――――――――――――――――――――――


 とのことだった。


 火元であるコンビニの焼け跡を少し覗いてから二階の店舗に足を踏み入れた。

 こちらも危険な怪異の気配はなし。

 冷蔵庫やエアコン、炊飯器などの電気機器の被害状況をチェックする。


「こんなところか。レフ、博通堂に電話を」

【了解、レディCTRとの通信を確立します】


 スマホのスピーカーから古いテレビの砂嵐のようなノイズが鳴ったあと、穏やかな響きの老女の声が聞こえた。


「はい、博通堂です」

「お久しぶりです。十年ほど前にそちらでアルバイトをさせていただいていた帆置知彦と申します」

「あら、ホーキくん? 久しぶりねぇ、テレビやネットのほうではよく見かけたけれど、もう落ち着いたのかしら」

「ええ、おかげさまである程度。今は町田にいるのですが、電気工事の案件でご相談したいことがありまして」


 そこから本題に入り、怪異火災に遭った店舗から新店舗への電気製品の移設をしたいことを説明した。


「電気工事士の資格なら、僕も持っているんですが、事業者登録をしていないもので。エアコンの移設作業を博通堂さんにお願いできないかと」

「お急ぎ?」

「立ち退き自体は今月末まででいいそうですが、店舗の営業再開を考えるとなる早で、ということになります」

「うーん、現場の仕事は今はルナちゃんに任せているのだけれど、入れ違いで旅行に行っているのよね。帰りは再来週の予定で」

「そうでしたか」

「でも、ルナちゃんがいないと困るのって、事業者登録の問題だけよね? それなら、ホーキくんをアルバイトとしてうちで雇う形にすれば問題ないんじゃないかしら」

「なるほど、その手がありましたか」

「ええ、日雇い扱いで書類はこちらで用意するわ」

「助かります」

「お給金は歩合で、そちらが八のこちらが二でどうかしら。こちらの車や機材も使ってもらっていいわ。見積もりもそちらで出してもらっていいけれど、提出前に一応チェックさせてちょうだい」

「わかりました。その方向で調整してみます」


 電話を切り、久堂柚巴に情報を共有する。


「その博通堂というのはどういう業者なの?」

「昭和あたりのアンティーク家電をメインに扱う古道具屋だ。相模大野にある。本業ではないが扱う商品の関係で電気工事の事業者登録をしている」


 そんな説明をしていると『副官レフテナント』が声を飛ばして来た。


(警告。素性不明、推定二級相当の怪異が接近)

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