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解任社長、怪異を解体す。――あー、あの男来ちゃったの?それじゃもうダメだね。あの怪異、たぶん死ぬ  作者:
File No.1-02 住人 帆置知彦――脱走から籠城まで

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第10話 有識者会議を招集する

「どうしたものかな、これは」


 世間では祠破壊請負人のように言われている帆置知彦だが、さすがにこの状況で祠の爆破や解体は選択肢には入らない。


「〈きみ〉たちにもなにか考えや、理由があるとは思うんですが……具体的に何を考えてるのかまではわからないんですよねぇ……」


 困り顔で呟く白河ミユキ。


「理由か」


 帆置知彦は、ポケットからスマホを取り出し〈霊コム〉を起動した。


◇◇◇


【写真を撮影する】を選び、祠の中のエムサ・バル・ネコと、その周囲の〈きみ〉〈しろみ〉のにらみ合いの様子を収めて入力フィールドに添付した。


「有識者会議を招集。現在静影荘敷地内の祠で発生している怪異立てこもり案件への対応について意見を募りたい」


 音声入力をすると、テキストの表示が始まった。


――――――――――――――――――――――――――――――――


有識者会議報告書


案件名:静影荘敷地内祠における〈怪異立てこもり案件〉対応協議

参加者:

副官レフテナント

保存修復師コンサバター

黒帽子ブラックハット


1.基礎情報(『副官レフテナント』『保存修復師コンサバター』提供)


対象物件:エムサ・バル・ネコ像

起源:中東バシュマール王国。古来より宝物庫や船舶に安置される守護像・縁起物。

当該個体は1990年代、東京で開催された「バシュマール王家の秘宝展」に出展された国宝級遺物であり、通称ナサーフ・ネカトゥ(監視する猫)と呼称される。

数あるエムサ・バル・ネコ像の中でも歴史・美術・魔術的価値が特に高い。

返還準備中に窃盗事件が発生し、長らく行方不明となっていたが、後年、京都市内の幽霊屋敷にて怪異化した状態で発見・確保された。


2.専門的見解


保存修復師コンサバター』の見解:

 エムサ・バル・ネコの本質は「番獣」であり、静影荘の納戸に来たことで本来の“宝を守る”機能を再起動させた可能性が高い。


黒帽子ブラックハット』の見解:

 盗難時、窃盗グループが番獣の抵抗を防ぐために封印を施した形跡がある。現在もその残滓が残存していると思われる。


3.解析結果(『副官レフテナント』提供)


映像データ解析の結果、対象像の周囲に投網状の封印残滓を確認。


4.結論および対応方針


分析結果を総合すると、当該エムサ・バル・ネコ像は過去の封印残滓により、いわば「漁網に引っかかった猫」(『黒帽子ブラックハット』談)状態となっている。

〈きみ〉群体はこれに同情し、祠内部にて残滓の除去作業を行っているものと推定される。


推奨対応策:

〈きみ〉との協調を図りつつ封印残滓の完全除去を実施することで、平和的な事態収拾が見込まれる。


――――――――――――――――――――――――――――――――


「なるほど」


〈霊街〉の有識者たちの提言を踏まえて再度観察してみると、確かに祠の中には〈きみ〉が十匹ほど入りこみ、エムサ・バル・ネコから何かを取り除こうとしている様子が見て取れた。

 祠を包囲していた〈しろみ〉たちも一部は事情を悟ったのか祠の中に入り込んでいた。


「状況が見えてきた」


 有識者たちの見解を白河ミユキに伝える。


「封印残滓、ですか?」


 白河ミユキは考え込むような様子で祠に目をやる。


「帆置さんには見えているんですか?」

「いや、僕の中の怪異たちがそう言っているというだけで見えてはいないね。なにか方法はあるかい?」


〈霊コム〉を通じて相談すると、〈霊街〉のまとめ役を務める怪異『副官レフテナント』からメッセージが表示された。


【『保存修復師コンサバター』のシャドウライトで対応可能。スマートフォンのライトを対象に向けて照射を】

「わかった」


 指示に従いスマホのライトで祠を照らす。

 ライトの色が、わずかに紫がかった青色となり、そして人には見えない波長に変わる。

 祠の中にあった、見えないものが照らし出された。


「これ、ですか」


 白河ミユキが小さく呟く。

 粘りつくような、蜘蛛の巣にも似た封印残滓がネコ像の身体に絡みついていた。

 それを引き剥がそうとしていた〈きみ〉〈しろみ〉たちも巻き取られてしまったらしい。


 キュ?

 きゅきゅ??

 キューッ!

 きゅきゅーっ!


 悲鳴のような声をあげていた。


「ミイラ取りがミイラというやつか」


 絵面はコミカルだが、二次災害が発生している。

 白河ミユキも状況を把握したらしい。「わかりました」と言うと、ポケットからメモ帳とペンを取り出す。

 素早く、精密な筆致で鍵のイラストを描いて引き剥がした。


「これをあの像に貼り付けて」


 きゅっ!


 白河ミユキが差し出したメモを受け取った〈しろみ〉が祠に飛び込む。

 そのままぽふんと体当たりをするように、エムサ・バル・ネコの額にメモを貼り付けた。

 自分で施した封印でなくても、鍵のイラストで外すことができるらしい。エムサ・バル・ネコの全身に絡みついた封印残滓の糸が焼き切られるように光を放ち、消え去っていく。

 次いで、像そのものの意匠として巻き付いていたミイラ風の包帯がほどけ落ち、黒曜石の体が光を放って姿を変えていく。

 やがて姿を現したのは、ゆるんで残った包帯をマフラーのように首に引っ掛けた、ふわりとした毛並みの黒猫だった。


「えっ?」


 目を丸くする白河ミユキ。

 一方、黒猫エムサ・バル・ネコは、ストレッチでもするように伸びをし、ぶるぶると体を振ったあと、どこかとぼけた調子で「にゃあ」と鳴き、すぐにまた元の像の姿に戻っていった。

 かと思うとまたガタガタゴトゴトと動き出し、祠の扉に体当たりをし始める。


 キュ!

 きゅっ!


〈きみ〉と〈しろみ〉が扉を開けると、エムサ・バル・ネコはガタガタと動いて白河ミユキの前にやってきて動きを止めた。


「戻ってくれるの?」


 白河ミユキはしゃがみこんで問いかける。

 エムサ・バル・ネコ像は返事をしない。

 代わりに集まってきた〈きみ〉たちが、嬉しそうな声でキュッキュッと鳴き騒いでいた。

 スマホに新しいメッセージが表示される。


――――――――――――――――――――――――――――――――


副官レフテナント』『保存修復師コンサバター』による追加情報


 ナサーフ・ネカトゥ

 バシュマール王家所有のエムサ・バル・ネコ像。聖遺物。

 別名“夜歩く獣”。昼間は彫像として宝物庫などに安置され、夜間は番猫として不寝番やネズミ捕りなどを行う。

 窃盗グループの封印により喪われていた変身機能が戻り、一時的に猫の姿に戻ったが、本来は夜間に活動する聖遺物のため彫像の形態に戻った。

 夜間になれば再び猫の形態に変身するものと思われる。


――――――――――――――――――――――――――――――――


「だそうだよ」

「夜にまた様子を見てみましょうか」


 大人しくなったエムサ・バル・ネコ像を納戸に戻し、日没のあとにまた納戸の扉を開けてみると、包帯マフラーを首に巻いた黒猫がすっと姿を現して、納戸の外へ脱走していった。


「また逃げてしまったな」

「たぶん、パトロールだと思います」


 笑って言った白河ミユキはエムサ・バル・ネコを追いかける代わりに納戸の扉を閉め、ロックし直した。

 白河ミユキの言葉通り、静影荘とその周辺をパトロール範囲と認識したらしいエムサ・バル・ネコは、静影荘の内外や本館のベランダ、離れの屋根などを中心に動き回ったり、丸くなったりしながら夜を過ごし、朝には元の彫像の姿に戻って、知彦の部屋のベランダに立っていた。


「もしかすると、これは、毎晩外に出して、毎朝納戸に戻さないといけないのか?」


 封印残滓を取り除いた結果、納戸の中に入れっぱなしというわけには行かなくなった。


「収納ケースごと私の部屋に移しておきます。危険な怪異でもないようですから」


 そうして、昼間は彫像、夜間は放し飼いという状態になったエムサ・バル・ネコだが、本来的には中東バシュマール王国の宝物であるため、事故でもあるとまずい。


 ――手を打っておくか。


 帆置知彦がそう判断をして数日後。


「バシュマール王国からエムサ・バル・ネコ像の扱いの委任状が届いたんですが」


 不思議そうな顔で白河ミユキがそう報告をしてきた。


「そりゃ良かった」


 帆置知彦は知らない顔でやり過ごす。

 窓の外では黒猫姿のエムサ・バル・ネコが夜風に包帯をなびかせている。

 所有権者であるバシュマール国王によると「そこが気に入ったならそこにいるのがいいだろう」とのことである。


「外遊がてら、そのうち様子を見に行くことにしよう」


 バシュマール国王がそんな発言をしていたのが、現状一番の懸念材料かも知れない。


――――――――――――――――――――――――――――

〈File No.1-02 住人 帆置知彦――脱走から籠城まで〉終了

〈File No.1-03 日雇い 帆置知彦――移転から炎上まで〉に続く

――――――――――――――――――――――――――――

ここまでお読みいただきありがとうございます。


次回からは〈File No.1-03 日雇い 帆置知彦――移転から炎上まで〉をお送りします。

第六話で発生した怪異性火災の決着編となります。


面白かった、面白そうだと感じていただけましたら

★での評価・ブックマークをしていただけますと作品の健康寿命が延びますので是非とも。


それでは引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
おもしれーですねぇ、この小説。怪異が認知されているところが特に。隠されてないんでしたら、何かしらの国家ぐるみな妖怪もいるんでしょうかねぇ…
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