2.出会い(1)
「お嬢様、そろそろこちらの手紙も目を通してください!」
男爵家で、侍女のアルマはティアナに口うるさく言った。勿論、普通の貴族に仕える者ならば、そのような口ぶりでそのような態度に出ることは望ましくない。だが、ティアナはそれを許していた。
ティアナの目の前には、どん、と様々な封筒が山積みになる。仕方がない、とそれの一番上に手を伸ばすものの、ティアナは封筒の中身をつまんで半分ほど封筒から出すと、結局見ないでそのまま封筒に押し込んで、ぽい、ともとに戻した。
アルマは「もう!」と怒る。
「だってぇ~、面倒くさい……」
「ですが、皆様お嬢様とお会いしたくてお手紙をくださっているんですよ?」
「要らないわ。そんな、聖女を娶りたいっていう形ばかりの話でしょ。なーにが婚約者候補よ。お父様にも再三怒っておかなきゃ!」
「えぇ……? そこは、旦那様も怒られる立場なんですか……?」
日々、男爵家に届くティアナ宛ての手紙のほとんどは、よくわからない貴族からのデートの誘いやら夜会の誘いだ。それらは、彼女が聖女になってから突然来るようになったものたちばかりで「いかにも」なものばかり。
ティアナには婚約者がいない。それを知った貴族たちは、聖女を自分の家門に入れてしまおうと躍起になっているに違いない。勿論、ティアナにはそんなつもりはこれっぽっちもないが。
聖女が得ている神託は、この王国では最重要視されている。実際、ティアナも「あ、これ、王命より重たいかも」と思うような神託を得ることもあるので、それには納得をしていた。たとえば、干ばつの危機があるので、どこの地域は備えるようにだとか。あるいは、家畜に流行り病が発生するので、飲み水を川の水ではなく井戸水にしろだとか。果ては隣国との同盟についてと来たものだ。そして、それらはほぼ正しい。
この場合の「ほぼ」というのは、それが正しかったのかどうかが立証はされないものが時に交じっているからだ。そういったものを除けば、完全に神託は「正しい」のだ。だからこそ、この国で聖女はもてはやされ、時に王の上なのではないかと揶揄されるような存在と言える。
「でも、別にわたしと結婚したからって、そんなに家門にいい影響があるわけじゃないのにねぇ」
ソファで横になるティアナに、アルマは「お嬢様!」と声をかけた。そう。ティアナは基本的に自分の部屋ではだらしない。
「そろそろ訓練のお時間ではありませんか」
「あっ、そうね。確かにそうだわ。着替えるから、手伝って」
そう言ってティアナは慌てて起き上がる。アルマは「はい」と言って、衣類を手早く持ってきた。
「やっぱりねぇ、たまには動かないとね」
彼女は乗馬でもするのかと思われる動きやすいパンツスタイルに着替える。それから、壁際に置いてある木剣を手にした。それを室内でぶんぶんと振って「うん」と頷く。何が「うん」なのかはアルマにはわからないが、わざわざそれを尋ねるほどのことでもない。そう。ティアナは「いつも通り」なのだ。
「それにしても、宝剣を歴代の聖女は使っていなかったようだけど、いったいどうやって神託を得る像まで行ってたのかしら? わたしのように、剣の使い方を知ってもいなかったでしょうし……」
ぶつぶつとつぶやく独り言は、既にアルマの耳には届かない。アルマはティアナが脱いだドレスを片付けに消えてしまった。
日々、ティアナは剣の訓練に日々励んでいる。そんな彼女が聖女になって、何故か神殿から宝剣を渡された時「何を切るんですか?」と神官長に尋ねた。すると、神官長は「さあ」と間抜けな返事をしたものだ。
「あの祈りの間では何が起きているのか、聖女は誰にも言ってはいけません。ですから、これを何かに使っているのか使っていないのか、それすらわからないのです」
なんてどうしようもない話だ、とティアナは思ったが、宝剣の使い道はすぐにわかった。例の白い浮遊物たちを、その剣では切ることが出来る。それ以外の武器を内緒で持ち込んだけれど、どれもこれも駄目だった。
(とはいえ、以前の聖女は使ってなさそうなのよねぇ)
誰かに使ってもらえていないことは、宝剣を見ればティアナにもわかった。鞘から抜かれなくなってどれほどの時間が経過したのか。最初に抜く時の手ごたえで「こりゃ駄目だ」と思った。
そして、なんとか鞘から抜けば、形は剣であったが形だけ。鉄ではない滑らかな陶器のような模造剣。模造とすらいえないだろう。人一人傷つけることが出来ない剣の形をしたもの。だが、それは人を切れないが、あの「白い球体」を切れる。そういう「もの」なのだ。




