16.『私たちは、歩く。』
「――といってもまぁ、私がやることはこの屋敷から出るだけなんだけどね」
私はロルフの手を引きながら、真っ直ぐに屋敷の出口に向かった。
ちなみになぜ手を引いているのかというと、ロルフのリクエストだ。
「……ロルフって、母性に飢えてたりする?」
「なぜそのように?」
「だって、手を引かれたいって言うから……」
「あぁ、それは――まぁ、謎にしておきましょうか」
そう適当にはぐらかされてしまう。
まぁそれで満たされるのならば、手を引くくらいいくらでもしよう。
私だってロルフの手を引いて嫌な気などしない――というか、手を握れて嬉しいに決まっているのだから。
「しかし、大丈夫でしょうか……」
「ん、なにが?」
「ジュベール伯爵は老猾な人物。この場を切り抜けて、我々に牙を剥かないとも限らないのでは?」
「あぁ、それなら大丈夫。だって――」
今頃大広間で糾弾されている頃だろう。
普通であれば隠されてしまうような証拠であろうと、今回は入念な裏取りをしている上に、執行団の計画は今日まで外に全く漏れていない。
それに大広間には――、
「信頼出来る団長様がいるもの」
「そう、ですか」
さぁ、大詰めだ。
目の前の扉。これを開けば、待つのは自由な人生。
私にとっては日常に戻るだけだけど、ロルフにとっては人生の再スタート。
いや、私にとっても、人生の再スタートだ。
これからの日常には、たくさんの幸せが待ち受けているのだから。
人生の混ぜっこを、一番大きな現実を、ロルフと共に在れるなんて幸せが過ぎる。
そんな門出となる扉を開けようとした時――。
「――待て、ロルフ! 何処へ行くつもりか!?」
聞き覚えのない声が、ロルフを呼び止める。
振り向くとそこには、横に図体の広くて脂ぎった女性が、息を切らして立っていた。
「――すみません。私の居るべきは、ここではなかったようですので」
「馬鹿が! 許されると思っておるのか!? 貴様の父親の……いや! 貴様の生まれ育った故郷が無くなる覚悟は出来ておるのだろうな!?」
「そんなことにはならないわ。ここだけの話、ジュベール伯爵家が失脚するのは決まっちゃってるから……ごめんなさい、この家はもうおしまいなの」
「ふざけるな! 貴様! その目障りな赤髪、ディアナじゃな! ノコノコと現れよって、そんなに妾が憎いか! 悔しいか!」
あまりの言い分に目も当てられなくなって、私が口を挟むと、そう言い返される。
私がこの人に向ける感情は――憎しみとは違う。
悔しい……わけでもない。
私がこの人に言いたいことはただひとつ――、
「あなた誰?」
「――――ッ」
至極真っ当な、そんな疑問のみだった。
そのたった5文字を耳にしたその人は、絶望とも憎悪とも取れないような複雑な顔を見せて、その場にへたりこんでしまった。
私が投げた問への回答は得られそうもなかったので、そこで私の興味も失せた。
こんなことをしている場合ではない。
早くこの場から立ち去り、あの町に帰るのだ。
「さぁ行きましょう、ロルフ」
「――あぁ。行こう、ディアナ」
私が左手を差し出すと、それに応えて右手で私の左手を取るロルフ。
堪えきれなくなった分の笑顔だけを交わし、2人でその扉を開く。
射した光は、まだ見ぬ明日を祝福しているようだった。
「っていうか、やっと堅苦しい敬語やめてくれたね?」
「――もう、伯爵家の息子『ロルフ・ヒルパート』じゃなくなっちゃったからね」
「でも私、デキる男! って雰囲気の前のロルフも好きかも」
「そうですか? デキる男ってわけでもないですが……照れますね」
「味を占めるな。ねぇロルフ、あなたは――」
「愛しています、ディアナ」
「そっか、ふふ――」
私たちは、歩く。
帰るべき家に向かって。
徒歩だとちょっと遠いけれど。
一人だと退屈な道でも、二人ならば笑い合って歩けるから。
私たちは、歩く。
日々を、慎ましく。
だけど、本気で。
いつか歩き疲れて、立ち止まるその日まで。
私たちは、歩く。
■
『――そんなこと、いっちゃいけないんだよ。おともだちは、みんなのおともだちなんだから』
『だって、わらわは、わらわはぁ……』
『ねぇ、おどりましょ!』
――――――。
――――フ。
――ルフ。
「ロルフってば! 起きろ! 今日が何の日か忘れたのかぁ!!」
「――っは、おはよう」
懐かしい夢を見た。
若い頃には毎日のように思い出していた古い記憶だ。
いつしかそれが必要なくなってからは、思い返すこともなくなっていた、そんな夢だ。
「おはようじゃないわよ……幸せそうな顔しながら寝てて、全然起きないんだもの。全くどんな夢を見ていたんだか……」
「幸せな夢さ」
「それはなによりだけどさ……」
今日は、幸せな日だ。
毎日が幸せだけど、特に幸せな日だ。
そんな日に寝坊した私は……まぁなんだ、ダメなやつかもしれない。
「困った人ねー。あなたの誕生日もお構いなしでぐーすか寝てるんだものねー」
「ねー」
「あら、エルマから手紙が返ってきてるわ」
こんな日には、決まって行く場所がある。
全ての始まりの場所――というわけではないが、全てが変わるきっかけになった場所だ。
「さぁ、レストランに行きましょう、ロルフ、アイラ」
「あぁ」
「うん!」
私は今、幸せだ。
願わくば、この幸せをいつまでも分かち合えますように。
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