14.『確かな熱』
その違和感には、すぐに気付いた。
まず、襲撃者とは言うものの、誰ひとりとして死人が出ていない。
そればかりか、静かすぎる。
剣を交える音も、斬られた者の悲鳴も聞こえない。
一滴の血すら、どこにもこびりついていない。
「どういうことだ……?」
ロミルダの部屋は、屋敷の入口からは遠い位置にある。
単純に、襲撃者がここまでたどり着いていないだけだろうか。
だとするならば、玄関付近では阿鼻叫喚となっているに違いない。
警戒は怠れないが、早急に向かう必要がありそうだ。
そう思い至り、私は走り出した――その時。
廊下の角から、先ほど別れたはずのロミルダと、その従者が現れた。
私は剣を納める。
「ロミルダ様。どうかなさいましたか?」
「おお、ロルフ。それがな、抜け道が塞がれておったのよ。なんと周到なことか……!」
「抜け道が……? なるほど、敵には全て知られていると考えた方がよさそうですね。わかりました、私がお守りしましょう」
これは、緻密に計画を練って実行された襲撃だということか。
そればかりか、きっと内通者がいるな。
ともかく、ロミルダを殺されたらヒルパートの立場も危うい。
文字通り、命を賭けてでも守り抜かなければ。
――と、3つ目の角を曲がった時。
「――っ、誰だ!」
そこには、見知らぬ装衣に身を包んだ男が剣を腰に下げて立っていた。
どこかの兵士に見えるが、その制服には全く見覚えがない。
もしかしたら、金を積めばなんでもするような私兵の者かもしれない。
男は私を見据えると、その口を開いた。
「ロルフ・ヒルパート殿とロミルダ・ジュベール殿だな。一緒に来てもらいたい」
「……承りかねるな。どこの手の者だ?」
「君たちに拒否権はない。我々は王国直属執行団、『紅剣』の者だ。ジュベール伯爵家に令状が出ている」
そういって一枚の紙切れを見せてくる男。
なるほど、よく出来たものだ。
よく見てみれば男の肩には王国の紋様が乗っているし、一見はかなりそれっぽくできている。
だが。
「『紅剣』なんて聞いたことがないな」
「無理もない。先日新設されたばかりだからな。疑う気持ちもわかるが、とにかく大広間に来てくれ。ジュベール伯爵家の者や『紅剣』団長もそこにおられる」
「ロルフ! そな頓馬の言うことを聞くでない! すぐにここから去るのじゃ!」
「ロミルダ殿。此度の令状はジュベール伯爵に出されたものだ。処罰を受けるのは彼一人だろうが、抵抗するならばその限りではない」
そう説き伏され、言葉を詰まらせるロミルダ。
この男の言葉が真か偽かは置いておいて、あんなに人の多かったはずのジュベール伯爵家なのに、人の声ひとつしない。既に制圧されていると見ていいだろう。
「ロミルダ様。今はこの男の言う通りにしましょう。命まで取る気はないようです」
「ご協力感謝する」
「ぐっ……くそ、仕方あるまいな」
話を聞けば、どうやらこの男は私を助けに来たらしい。
というと少し語弊があるが、事の真相はこうだ。
ヒルパート伯爵家の弱みを握り、掌握するジュベール伯爵家の手口。
それが昨今の王国精神に反するようで、その制裁こそが新設された王国直属執行団『紅剣』の最初の仕事に選ばれた。
こんな手口は貴族間では当然のように行われたいたものだが、なるほど改革とは名ばかりではなかったようだ。
もしかしたら、『貴族』という括りがなくなる日もそう遠くないかもしれない。
「ヒルパート伯爵家には悪いようにはしない。安心してくれ」
「しかし、私はロミルダ様と――っ!?」
表向きにはロミルダと婚約している私だ。
すぐ真後ろに本人がいる手前、手放しで喜ぶこともはばかられる。
そんな葛藤を頭の中で繰り広げている時――。
廊下の角からこそーっとこちらを覗く、仮面の女――正確に言うならば、仮面をつけた赤髪の女性の存在に気付いた。
思考が止まる。
同時に、歩調も止まる。
突然立ち止まった私を不審に思ったロミルダに、声をかけられる。
「ロルフ、どうした? やはり逃げるか? そうじゃ、そうしよう。父上への処罰といえど、やはり妾の立場も危うくなる。ならばここから逃げ出すのが一番……」
「……ディアナ、嬢」
「どうした? ロルフ殿、早く大広間まで……」
私のほんの小さな呟きを聞きつけたのか、その仮面の女性はギクリと肩を跳ねさせ、キョロキョロと周りを見渡し始めた。
一体何をしているのだろう。
しばらくその様子を窺っていると、彼女はやがて意を決したように走り寄ってくる。
突如現れた謎の仮面に、私以外の3人は呆気に取られる。
まぁ、私は別の意味で呆然としていたが。
「誰だ――!?」
立ち塞がる兵士の横を器用にすり抜ける仮面の女性。
彼女の狙いは、目的は、一目散に駆け寄ったのは――私の左手だった。
柔らかいその右手は、確かな熱を持って私の心まで奪い去る。
その手に引かれるまま5、6歩ほど走ったところで彼女は立ち止まると、思い立ったようにその素顔を覆っていた仮面を左手でめくりあげ――、
「ごめんなさい。ロルフ、貰ってくわ」
呆然とそれを見ていた3人に向かって、そう宣言した。
その眩しい瞳は、その華やかな笑顔は、私が狂おしいほど空想していたものだった。




