3 謎の留学生
「ユリアナ嬢が隣国に留学したそうだ」
ユリアナに【自由宣言】をした翌週、父から突然そう告げられたトルスティ。父の表情は険しい。
「え? ユリアナが留学? 俺は何も聞いてませんよ」
驚いたトルスティがそう言うと「私も今日いきなり王宮でカーッパ伯爵から言われたんだ。『留学を考えている』という相談ならまだしも『昨日、出発した』と。完全なる事後報告でな」
苦々しく話す父。
「イソマキ侯爵家の嫁になるユリアナ嬢を、我が家に何の相談もなく隣国に行かせるとはどういう了見か、とカーッパ伯爵に詰め寄ったら『娘はお宅のトルスティ君から、学生時代は自由に過ごそうと提案されたそうでして。言葉通り好きにさせてもらっただけですよ』とせせら笑われた。お前は一体、どういうつもりでそんな無責任な事を言ったんだ?」
父はトルスティを睨み付ける。
「あ、えっと。『自由』っていうのは留学するとかしないとかではなく、婚約者以外の女の子と仲良くしたいなーという俺の願望を言ったつもりだったんですけど……ユリアナは大きな意味で捉えたんですね。いわゆる解釈違いですね」
「お前は……」
父は頭を抱えながら言った。
「ユリアナ嬢のどこに不満がある? お前みたいなパッとしない男には勿体ないくらい素敵な令嬢じゃないか? マクシミリアン殿下やアードルフ君に影響されたか? だが、あの2人はお前とは全然違うハイスペックイケメンだろうが! 勘違いするな! このバカチンが!」
「そ、そこまで言うことないでしょう!? 俺だって婚約者以外の女の子と楽しく過ごしてみたいんだ!」
「堂々と主張するな! お前は私にそっくりで冴えないんだよ! だったらせめて私を見倣って誠実であれば、ユリアナ嬢に見限られることも無かっただろうに!」
「見限られる?」
「そうとしか考えられないだろう? 我が家の許しも得ずに勝手に隣国へ行ったんだぞ。カーッパ伯爵もユリアナ嬢本人も、お前のことを見限ったのに違いない」
「えー? 父上、どうしましょう?!」
トルスティは焦った。政略だからこそ、自分とユリアナの結婚は絶対だと思っていたのだ。
「知るか! ボケ!」
その日、夕食の席でトルスティの食事だけがテーブルに並べられなかった。悲しかった。
翌日、気落ちしたトルスティが学園に行くと、更に思いがけない事態が待ち受けていた。
「隣国からの交換留学生ジュリアナさんです」
クラス担任が顔を引き攣らせながら紹介したその女子生徒は、何処からどう見てもユリアナだった。ただ、美しい蜂蜜色だった髪を派手なピンクゴールドに染めてはいるが……。
静まり返る教室。勇気ある一人の男子生徒が手を挙げた。
「先生。その方はユリアナ嬢ではありませんか?」
「いいえ、違います。ユリアナさんとの交換留学生ジュリアナさんです」
担任は設定を貫くつもりのようだ。
「そ、そうですか……」
質問した男子生徒も、追及はマズいと判断したのだろう。引き下がった。教室は何とも言えない微妙な空気に包まれた。
「ハローエブリワン。ジュリアナです。平民なので姓はありません。皆さん、仲良くしてくださいね。よろしくお願いします」
どう見ても優雅な貴族令嬢にしか見えない彼女が、平然と「平民だ」と言い切る。ある意味、凄い。クラスメイト達は呆気にとられた。トルスティもだ。
「それではジュリアナさん。席に着いてください。イソマキさんの隣の席が空いています」
「はい」
「イソマキさん。貴方をジュリアナさんのお世話係に指名します。この国に不慣れなジュリアナさんに親切にしてあげてください」
担任の言葉に驚くトルスティ。
「はぇ? 俺がお世話係ですか?」
ジュリアナはトルスティに向かって「よろしくお願いしますね」と声を掛けると、しれっとトルスティの隣の席に座った。
⦅何これ何これ何これ~?!⦆
トルスティは訳がわからなくなり、頭を抱えた。
その日から、留学生ジュリアナはお世話係トルスティにくっ付いて回り、片時も離れなくなった。それどころか、油断するとすぐにトルスティの腕にその細い腕を絡めてくる始末だ。「や、やめてくれ」と、顔を赤くしたトルスティが焦って腕を振りほどくと「あら? もしかして婚約者のユリアナ様に操を立てていらっしゃるの? あんなつまらない女の事なんて忘れて私と楽しみましょうよ♡」と顔を寄せて来る。
「ユリアナのことを悪く言うな! 彼女は清楚で淑やかな素晴らしい女性だ!」
思わず言ってから気付く。
⦅いや、ユリアナ本人に何を言ってるんだ、俺は?!⦆
隙あらばいイチャつこうとするジュリアナと、あたふたドタバタ回避しようとするトルスティは、程なく学園中の注目の的となった。




