番99:新たな魔物2
「こんにちわ」
「おう、頼まれていた物は出来ているぞ。それと何故かは知らんが嬢ちゃんから依頼を受けたっていう家具屋からも布団が届いていたから、とりあえずは預かってあるぜ」
どうやら魔具屋さん以外の部品は揃っているようですね。後はご主人待ちですか。
「せっかくですから炬燵に入れる環境を整えておきましょうか。丁度今日は気温が低めですし、良いプレゼンになるでしょう」
部屋を暖めておき、冷蔵庫で飲み物を冷やしておきます。もちろん、かき氷の準備もです。場所は……工房だと広すぎますからここでいいでしょう。
売り場のスペースの荷物を隅に移動させ、ガラムさん所有の魔具ストーブを全て運び込みます。
売り場に置かれたストーブの数は10個。
「し、仕方ないだろ、寒さには弱いんだからよ」
「別に何も言っていませんよ?」
そりゃ、多いなとは思いましたが。
ストーブを弱モードで動かし、部屋全体が温まってきた頃、魔具屋のご主人がやってきました。
「どうやらお待たせしてしまったようですね」
そう言って取り出したのは、試作品の発熱魔具です。
「フジノ様の言葉通り、魔力石を付け替えが出来るように取り付けし、約65度と約55度の2段階の温度が設定できるようにしました。計算上は65度で1ヶ月と少し持つはずです。魔力石の残量が少なくなると自動的に55度に切り替えされます。ただ、この辺りの部分はもう少し詰めて設計し直さないと、値段の方が高くなってしまいますが」
さすが趣味で色々製作していただけの事はあります。希望通りの物が作られたようですね。
早速ガラムさんが魔具をテーブルに取り付け作業に入ります。とは言っても、すでに組み立ての終わっているテーブル部分に発熱魔具を固定し、安全の為のカバーを取り付けるだけです。
すぐに取り付け作業は終わり、これで魔具炬燵は完成しました。
先に届いていたラグを床に敷き、その上に魔具炬燵を設置、そしてその上から炬燵布団をかけます。最後に天板を載せ、設置完了です。
「これで魔具を作動させてしばらく待てば、準備完了です。この間に飲み物を用意しましょう」
あらかじめ冷やしておいた飲み物をグラスに入れて炬燵の上に配置します。みかんが無いのが残念ですね。
ある程度時間が過ぎたあたりで炬燵の中に手を入れ、温まっているのを確認します。
「そろそろ大丈夫みたいですね。あ、ラグの上では靴を脱いでくださいね」
言いながら靴を脱ぎ、一番乗りで炬燵に足を入れます。
……ああ、久しぶりのこの感覚。
「な、なんだ? 中が暖かいぞ」
「これがコタツ、ですか」
ふふ、驚いていますね。
「靴を脱いだのは、こういう使い方も出来るからです」
そう言ってラグに寝転び、炬燵に身体を潜り込ませます。炬燵布団を肩までかけ、出ているのは手と頭のみの状態です。
「なるほど、確かに靴を履いて入っていると、寝転ぶのには抵抗がありますからね」
納得したように言いつつ、ご主人もいそいそと炬燵に潜り込みます。
ガラムさんは何も言わずにすでに潜り込んでいました。
「ふむ……、どうやら私には些か小さいようですね」
炬燵の中でお互いの足がぶつかります。それを上手くずらして潜り込むのも炬燵の醍醐味です。
しかしながら、どうやらご主人には炬燵のサイズ自体が小さかったようで、肩まで潜り込むと足が少し出るようでした。
……どうせわたしとガラムさんは小さいですよ。これでもわたし達には十分な大きさなんです。
「実際に販売する時にはもう一回り大きなテーブルにした方がよさそうですね。家具屋の方にも幾つかのサイズを作って頂くようにお願いしたほうがいいようですね」
その辺りはご主人にお任せしますよ。わたしは自分の分があればいいですから。
「しかしこれは……よく考えられていますね。下半身は温まりながらもテーブル上で作業はできますし、手が冷えればコタツに入れれば温まります。寒くなれば身体全体で潜り込めば温まることもできますね」
さすが商売人、色々考察をしているようです。
「そして暖めた部屋で、コタツで暖まりながら飲む冷えた飲み物。意外ですが、暖まった身体に沁み渡るようです。……これは確かにコタツから出たくなくなりますね。フジノ様が魔力があると言ったのも頷けます。なるほど、冬の魔物ですか。上手く言った物ですね」
どうやらご主人は炬燵がわかる人のようです。それに対してやけに静かなガラムさんは……?
肩まで炬燵に潜り込んで、冷えた飲み物を寝転んだまま飲んでいました。行儀が悪いですね。
と思っていたら、いきなり起きあがりました。
「なあ、魔具屋さんよ。次のはいつできる?」
「え? あ、そうですね。今回の改良点があるのでそれを修正しながらだと3週間と言ったところでしょうか」
「改良点って、値段が高くなるってやつか。値段が高くてもいいから同じものだとどれくらいだ?」
「全く同じものでいいのなら……そうですね、3日程でしょうか」
「ならそれでいいから作ってくれ。嬢ちゃん、この布団とラグはすぐにできるのか?」
「は? え、そうですね。材料があれば出来るんじゃないでしょうか? お店の人に聞いてみないとわかりませんけど」
「ならこの後にでも同じものを作ってもらうように聞いてみてくれ。テーブル部分は……チッ、木材が足りないな。こんなことなら余分に材料を仕入れておくんだったぜ」
ふふふ、どうやら予想以上に気に入ったようですね。
「そんなに気に入ったのなら、この試作品はガラムさんに譲りましょうか?」
「なに? 本当か? 聞いたぞ? 今更取り止めとか言わないよな?」
ガラムさん、必死すぎでしょう……。ここにまた一人、炬燵の魔力に魅入られた人が生まれたようです。恐るべし、炬燵。
「言いませんから、落ち着いてください。その代わりと言ってはなんですが、今回の炬燵より1サイズ大き目のテーブルで作って欲しいんです。どうやら今のサイズでは大人の人だと小さいようですからね」
「なんだ、そのくらいなら構わないぞ。ただ木材の仕入れが必要だから、5日ほど必要になるが」
「構いませんよ。ご主人の方も同じものを1つ作ってもらえますか?」
「わかりました。出来たものはここに届ければいいので?」
「ええ、ガラムさんに渡しておいてください」
「わかりました」
どうやら本格的に寒くなる前に、我が家に炬燵が設置されそうです。
「それでは仕上げにかき氷を食べましょうか。ガラムさん、準備をお願いします」
「む、俺が準備するのか?」
「あたりまえじゃないですか。かき氷機や食器なんかはガラムさんじゃないと場所がわからないんですよ?」
「……仕方ないな」
そう言うと、渋々と言った風でガラムさんは店の奥へと消えていきます。その姿を見て、わたしとご主人は顔を見合わせて噴き出してしまいました。
「どうやら体験さえして頂ければ、需要は高そうですね」
「まあ、靴を脱いで、というのに戸惑いはあるでしょうが、慣れればどうってことはありませんからね。ただ、炬燵で寝ると風邪をひきやすくなりますから、そのあたりの注意は促しておいた方がいいでしょうね」
「なるほど、確かに身体が暖まると眠たくなりますからね。このままうとうととしてしまいそうです」
ガラムさんが戻って来るまでの間、わたしとご主人は炬燵の注意点やテーブル炬燵や掘り炬燵など、炬燵談議に花を咲かせました。
「外は寒いのに暖かくした部屋で炬燵に入りながらかき氷を食べる。寒い日に冷たい物を食べるのがこんなに美味しく感じるとは……」
「ええ、意外な組み合わせですがいけますねぇ」
どうやらこのささやかな贅沢は、どこの世界でも受け入れられるようです。
しばらくして、風の噂にガラムさんがかき氷を食べ過ぎてお腹を壊したとか、炬燵で寝てしまって風邪をひいたとか聞きました。
ちなみに魔具炬燵は家に来た王子が炬燵を体験、その後に魔具屋さんに注文し、貴族や出入りの商人たちへと徐々にその魔手を伸ばしていっているそうです。魔具屋さんと炬燵作りで提携している家具屋さんでは嬉しい悲鳴を上げていると、噂で聞きました。いずれは手軽な暖房器具として国中に広まることでしょう。
「にゃ、にゃ」
もぞもぞと炬燵に潜り込んできたエルの相手をしながら思います。新しい冬の魔物がこの国を蹂躙する日もそう遠くないだろう、と。
人を引き込む冬の魔物でした。




